英雄伝承~森人の章1~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になっていました

大田シンヤ

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放浪編

第25話

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 デレディオスと旅を始めて半年――。
 奴隷にされた森人族の情報を集め、見つけた森人族の奴隷を解放したり、修行を行ったりしながらロンディウム大陸の中央地方へとようやく足を踏み入れていた。

 中央地方は一言で言ってしまえば穏やかだ。
 というかその一言が全てを現している。
 緑豊かな土地。穏やかな動物たち。道中には山賊もいなければ、兵士崩れが襲ってくることもない。
 のんびりしていても怪物が襲ってくることもなく、出てくるのは精々黒級こくきゅうのみ。
 困ることと言えば、修行相手である怪物の強さが一気に弱くなったことぐらいだ。
 デレディオス曰く、この辺りは国も大きく、貴族に使える兵士や雇われている戦士も多いので各地を巡回して危険な人物や怪物は定期的に狩られるから、寝ずの見張りをせずとも寝られるぐらい安心らしい。
 とは言え、修行相手が少なくなったのも事実。
 私の修行は怪物を狩ることがなくなり、剣技の反復練習の時間が増えた。

 怪物共を毎日相手にし、修行を行った結果、私は弟子になって暫くして翠級すいきゅうの階級をデレディオスから貰った。
 そして、更なる剣技の向上としてデレディオスから素振りの課題を出された。突きの素振りのみを千本。これを毎日旅が始まる前の朝方と夕暮れ時に行うこと。
 それを今、私は行っていた。

「フッ! ハァ!!」

 闇雲に剣を振るうなと言われている。
 敵が目の前にいることを想像しろ。
 四足獣の怪物であればどこを突くのか。自分より大きな敵ならばどこを狙うか。逆に自分より小さな敵ならば――それを考えながら一本一本全力で行え。
 それがデレディオスの言葉だ。

 何故、突きの素振りのみなのかというと――。
 森人族という種族、そして子供ながらの小さな背丈、性差による筋力の劣り。それらを考慮した結果だとデレディオスが判断したからだ。

 森人族は非力だ。その中でも女で子供の私が剣を振るうのにはかなり苦労する。
 これまで剣の重量と遠心力で敵を斬りつけていたが、それでは体力も使うし、速度が殺される。
 前回のキャニスを相手にした時のように多対一で囲まれでもしたら予備動作の大きい剣技は役には立たない。かと言って遠心力が乗っていない剣技では弾かれてしまう。
 だからこそ、予備動作の少ない突き技を中心に剣技を組み立てることにしたのだ。

 突き技が中心、とまではいかなかったが、今までも多用して来た技だ。
 骨や防御の隙間を狙えば簡単に突き刺すことができ、自慢の速度が乗れば一撃必殺だって狙えるから反対はしなかった。

「九百九十八、九百九十九、せぇぇんッ!!」

 デレディオスが寝ている横で朝の課題を終える。
 体中は汗だくで、腕には熱が籠っている。
 太陽が昇り切る前から毎回この素振りは始まる。
 正直言ってかなり厳しい。
 終わる頃には体力が尽きかけているし、息はし辛いし、この後は朝食を取るために森に出かけなければならないし、その後は旅が始まり、道中には森人族の情報収集とデレディオスの修行がある。
 最近では食事の方法や睡眠時間、呼吸の仕方まで指摘され初めて精神的にも疲れが出ている。
 それでも、毎日怪物かクソ野郎としか戦っていなかった私にとって、デレディオスに従って積み重ねるこの時間は、自分が剣士という階段を少しずつ登っていることが実感できていて、嬉しかった。




 朝食を食べて終わり、街に向かって歩く。
 次に目指しているのは、ルクリア王国の道中にあるトルト国の港町だ。一つ前に聞いた村ではそこで勇者が海人族と交戦し、撃退したとの噂がある街だ。
 ここも交易が盛んなので森人族が売りつけられているかもしれない。そうデレディオスが口にしたので向かっている。

「デレディオス……聞きたいことがあるんだけど、あの噂についてどう思う?」

「それは、海人族が港町を襲ったと言う話か?」

 歩きながらデレディオスに問いかける。
 海人族は知性豊かでおおらかな性格をしている種族だと聞いている。それが何故只人族の港町を襲ったのか個人的に気になっていた。

「んん~そうだなぁ。見てから判断するか」

「何だそれ」

 思わず半目になってデレディオスを睨みつける。
 それでも私に剣を教える立場の人間か。少しは心に来る蘊蓄うんちくを垂れてみろっての。

「何だその目は、我が海人族について語るとでも?」

「別に構わないけど……気にならないのかなぁと思っただけだ」

「そうは言ってもな。お主の目的は森人族を探すことだろう。気にするのは森人族だけで良いのではないか?」

「それは、そうだけど……何かあったら嫌だし」

 まぁ、そうなんだけど。そうなんだけど!
 今から行く街は海人族と只人族が争っている可能性があるのだ。
 もしかしたら、どちらとも戦う可能性だってある。そしたら捜索処じゃない。そんな不安はないのか。

「何かあったら嫌とは。我に負けて自信がなくなったか? 来るかも分からん未来に怯えるなど人生で最も愚かな時間の使い方だぞ」

「っそんなことない! 少し気になっているだけだ!!」

「ガハハハ!! そうか。ならば良し!」

 豪快に笑いながらデレディオスは前へと進む。
 その背中を見ながら、私はデレディオスの言葉を思い出す。
 自信がなくなったか。そう言われて私は言葉を詰まらせた。
 一体どうしたんだ。私らしくない。私に勝てる奴なんて里にもセルシアにもいなかったじゃないか。獣人族の里で捕まった時だってこんな思考になったことはなかった。

「デレディオスみたいな奴がいたらって無意識に考えていたのか――?」

 弱気になるなと自分を叱咤する。
 この弱さを克服しよう。いつか彼奴を倒して。そう決意して私はデレディオスの横に並んだ。

「ん?」

 追いついた所でデレディオスの足が止まる。
 張り合おうとした時に足を止められ、気が削がれてしまう。止まるのなら予め言って欲しいものだ。

「何で止まるの?」

「ふむ、リボルヴィアよ。面白いものを見つけたぞ」

 私の質問に答えろよ。
 そんなことを思いながら、デレディオスと同じ方向へと視線を向ける。しかし、見えるものはない。
 凹凸のある地面があるだけだ。

「何もないけど……」

「何だ。見えんのか? あぁ、そうか。小さいから見えんのか。どれ――」

「ちょ――!?」

 大きな掌に鷲掴みされて上に掲げられる。
 物のような扱いに腹が立つ。恩があるから何をしても許されると思うなよ。この野郎。

「あれは――」

 掲げられ、視線が高くなったことで盛り上がった地面の先が目に入る。
 大きな川の辺で幾人かの影があった。

「あれは海人族と只人族……もしかして、争っている?」

「その通りだ。どれ、我らも参戦しようではないか」

「え、何で?」

「無論、面白そうだからだ」

 そんな理由で争いに突っ込むな。
 そう言いたくなるが、デレディオスはすでに駆け出していた。私を抱えて。
 巨体からは想像もできないほどの速度で走る。地面を陥没させることなく、重力を感じさせない足取りで駆けている。
 その速度は私の最高瞬間速度よりも速い。

「どっちの味方をするんだ!?」

「フハハハハ! 目は節穴かリボルヴィアよ。あの只人は人攫いだぞ。海人族に味方をするに決まっておろうが!!」

 人攫いという言葉を聞いて体の中から熱が湧き出てくる。
 森人族を攫った者たちとは別人で、関係のない者たちだろう。だが、関係ない。人攫いはクソだ。クズだ。
 こんな奴等が存在しているから母様と離れることになったし、あんなことにもなった。そんな八つ当たりのような怒りが出てくる。

「デレディオス、投げろ」

「ほう、着地には気を付けるのだ、ぞ!!」

 笑みを浮かべたデレディオスに投げ飛ばされる。
 風圧で眼が開けられなくなるが、無駄に体を動かしたりはしない。デレディオスが闇雲に私を投げ飛ばすはずがない。
 真っすぐに剣を掲げる。
 百メートル以上離れていた距離は一気に縮まり、数秒で川辺へと到達した。

「へ?」

 間抜けが面をした男の顔面に剣が突き刺さる。
 遠くから子供が飛んでくるなど誰も考えてもいなかったのだろう。姿を現した私を見て、誰もが動きを止めていた。

「森人族? な、何で空から」

「フン!!」

「ギャアアアッ!?」

 近くにいた別の人攫いの男の股座に剣を突き立てる。
 慈悲?そんなものはない。
 ようやく只人族の男たちが私を敵と認識し、向かって来るが、その後ろからデレディオスが蹴りを入れた。

「ガハハハハ! 弱い奴しか狙わん人攫いの根性なし共よ。この我がその日和った根性を叩き直してやろう!!」

「何だぁテメェはぁ!!?」

 そこからはもう蹂躙だった。
 男たちが足の剣を斬られ、貫かれ、殴られ、吹き飛ばされる。
 私たちが来るまでは海人族一人を相手に優勢だったが、今は最早相手は戦意すら消えていた。
 それでも私たちは容赦しない。
 最後の一人までキッチリ叩きのめし、海人族を助け出した。
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