英雄伝承~森人の章1~ 落ちこぼれと言われて追放された私、いつの間にか英雄になっていました

大田シンヤ

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奴隷編

第53話

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 フラテと共に里を出る日――。その日には大勢の魔人族が私を見送りに来てくれた。
 最初は警戒されたが、日々を過ごす内に私を一族の一人として認めてくれたようだ。

「何か辛いことがあったら、ここに戻ってきても良いのよ」

「ありがとう。リタ。恩があるのに世話になり続けてしまって……」

「そんなことないわ。あなたはもう私の子供のようなものだもの」

 リタが涙ぐみながら手を握って来る。
 別れの時に涙を流してくれる人がいる。それが少し嬉しかった。
 周囲には様々な反応があった。
 一緒に遊んだことのある子供たちはリタと同じように悲しい表情をしており、女たちは悲しそうな、それでいて旅立ちを祝福しているような気がする。そして、男たちは――何故か一番残念そうな表情をしていた。

「……あまり交流がなかったはずなのに、何で彼等は号泣しているんだ?」

「気にしなくて良いのよ。あの馬鹿共は。うん、お願いだから気にしないで」

「そ、そう……」

 首を傾げていると手を掴んでいたリタが気迫のある顔を近づけてくる。
 さっきまで泣いていたのに、今は怒っているように見える。何故だ。

「あのエロ馬鹿共め」

「原因は森人にあると思うけど、見る方も見る方よ」

「全く……露出している足がそんなに見たいのかしら」

 小さく女たちが呟く声が聞こえる。
 露出?この格好のことだろうか。何か可笑しいかな。動きを重視した結果なのだが。
 そう考えて自分の格好を見直す。
 リタから貰った丈を切った衣装に加え、灰色の外套に怪物の骨を使って作ってくれた胸当て。腰には同じく骨でできた細剣レイピアがあった。
 この剣、砂漠で彷徨って死んだ者が持っていたらしく、保管されていた所を私が貰ったのだ。

「私の格好可笑しい?」

「いいえ、とても立派よ。誇らしいわ」

 賞賛の言葉に思わず照れる。
 このやり取りなんか親子みたいだ。

「もうそろそろ良いか? 砂嵐が酷くなる前に辿り着きたいんだが……」

「分かった。では、皆さん。これまでありがとう。この恩は母の名に懸けて忘れない。必ず、返しに来る」

「そればっかりねぇ。もう」

 今から向かうのはロンディウム大陸、ではなくブリュド大陸だ。
 いくら剣遊流を習得したとはいえ、大自然に人間が抗えることもなし。フラテたちが使える経路ではロンディウム大陸には戻れないらしい。
 砂塵都市の連中を頼ることは論外。なので、今から遠回りにはなるが頼りになる者たちの所へ行くようだ。
 地下を流れる水脈に乗って半日移動、そこからずっと徒歩という移動手段だ。
 頭を下げて船に乗り込む。

「リタ、ありがとう! あなたには何度感謝を告げても足りない程のものを貰った! 少しの間だけだが、あなたは――母親のような存在だったよ!!」

「ッ――」

 離れていく岸辺でリタが大粒の涙を流す姿が見える。
 全員の姿が見えてなくなる頃、静かにフラテは口を開く。

「リタは……十年前に子供を無くしている」

「…………」

「その様子だと気付いていたな?」

「あぁ、彼女は隠していたようだが、家には子供用の玩具が幾つかあった。それに私を見る眼が、少しな」

「……そうか」

 生活している中で見つけた。家の奥に隠された玩具。
 そして、包み込んでくれるような母性とも言うべき優しさ。子供を攫われた海人族の母親たちと似た雰囲気。それらから、何となくではあるが、彼女は何かしらの理由で夫と子供を亡くした母親ではないかと考えていた。

「その、何だ……次を見つけることはしなかったのか?」

「俺もそう言おうと思ったよ。だけど、あいつの悲しみっぷりを見て何も言えなくなっちまった。それからずるずると十年だ」

 大切な人を失うという感覚。それは分かる。だが、胴励ませば良いかは分からなかった。
 私ができたのは、彼女の心の隙間を埋めることだけ。

「私は代わりにはなれたかな」

「馬鹿か。なれるはずがねぇだろ。それはお前にとっても、あいつにとっても良い結果にならねぇよ。でも――」

 一呼吸おいてフラテはこれまで水面を見ていた視線を私に向けた。

「あいつが少し前向きに慣れたのは事実だ。これまでのあいつはずっと暗かったが、お前が来てから変わったからな」

「それなら、良かった」

 代わりにはなれなかった。だけど、それで良かったのだとフラテは言ってくれた。
 その言葉に私は気分が軽くなる。

「次に会いに来る時は、お土産を忘れないようにするよ」

「そうしておけ。なんなら、食い物が嬉しいな。この大陸で食糧を探すのは大変なんだぞ?」

「あぁ、身を以て知っているさ。だけど、ここに来るまでに腐りそうだ」

 二人で軽口を叩き合う。
 思えばフラテとも気軽に話せるようになった。最初はあんなに私を警戒していたのに。
 これも一年半ほど生活した影響だろうか。それとも、リタのおかげだろう。
 ゆっくりと会話をしながら地下水脈を船で下っていく。
 途中で蝙蝠と人の顔が合体した怪物や巨大昆虫を見かけたが、フラテのおかげで何事もなく進めた。
 蝙蝠と人の頭がくっついた怪物は水晶の明かりを消して静かに、巨大昆虫には好物の肉を近くに放り投げて気を逸らしたり、その手際の良さは流石地元民と言える程だった。
 そうして半日ほど進んだ後、今度は地上に出て砂漠を剣遊流の歩法で進んでいく。
 灼熱の太陽が降り注ぎ、肌を焼いてくる。

「外套はしっかり身に纏え、フードも外すなよ。水も我慢するな。定期的に摂取しておけ。それと――」

「あぁ、分かっている。あなたの指示には絶対に従う」

「なら良い」

 この砂漠を歩く前にフラテが出して来た条件。
 それは、どんな状況であろうと自分の指示に従うことだった。
 ベリス大陸からブリュド大陸まで続く砂の海で最も怖いものは怪物ではない。環境そのもの。
 素人が歩くだけでは同じ所をグルグルと回るだけ、地面があるように見えても地面ではなかった。と聞かされている。
 この環境が初めてである私は素直にその条件を承諾した。

「目的地まではどれくらいなの?」

「丸三日歩く距離だな」

「私がフラテを抱えて走れば速くなる、か?」

「止めろ止めろ。素人に任せる何て俺はしたくねぇ」

「ふふっ冗談だ」

「怖い冗談だなっと――リボルヴィア、頭を下げろ」

「何?」

 歩いていると突如としてフラテが体を伏せる。
 指示には従うと承諾したため、私も素早くフラテに倣う。
 フラテが何を見ているのか、視線の先を追ってみるとそこには鋭い歯が並んだ二足歩行の肉食蜥蜴の群れがいた。

「あれは強いのか?」

「強くは無いな。ただ、あの数は異様だな。何処かの馬鹿が卵でも盗んだか?」

「……この辺りに人がいるのか?」

「あぁ、偶に命知らずの馬鹿共が出て来るんだよ。そう言う奴等は必ず問題を起こすからな。警戒していたんだが……見張りには報告なかったぞ。となると反対側から来た奴等か?」

 反対側、それはつまりブリュド大陸の方から来たということだろうか。

「里は大丈夫なのか?」

「問題ない。あいつらが里に向かっても辿り着く前に別の怪物の住処とぶつかる。同士討ちを派手にしてくれるさ。まぁ、今回はそんなことはないだろうが」

「どういう意味だ?」

「頭を上げるなっての」

 言葉の意味が気になり、体を乗り出すとフラテに注意される。

「ごめん。見つかったら厄介だったな」

「いや、別に見つかっても良い」

「?」

 意味が分からず、首を傾げる。
 問いを投げようとするが、その前にフラテの警告が飛んだ。

「来るぞ。ピッタリ地面に伏せておけよ!!」

 訳も分からずにフラテの言葉通りに従う。
 その瞬間、視界にあった肉食蜥蜴の首が飛んだ。

「何が起こった――?」

「ベリスとブリュド大陸の砂漠地帯でよく見られるかまいたちだよ」

 私の疑問にフラテが答える。
 風切り音と共に肉食蜥蜴が切り刻まれていく。数百はいた群れが数秒もしない内に全てが風によって殺された。
 怪物たちが無残な死体になって暫くした後、フラテはようやく立ち上がる。

「これがこの砂漠が危険な理由の一つだ。慣れていないといつの間にか頭がなくなっている」

「かまいたち、だったか。自然現象なのか?」

「俺はそう思っているよ。誰もこの現象を解明したことが無いから断言しないけどな」

 そう口にしてフラテは歩き出す。私もピッタリとその背中を追った。
 かまいたち、あれは恐ろしい。私ではそれが来ることすら掴めなかった。地面に伏せていたあの時、私の上では無数のかまいたちが飛んでいたのだろう。
 もし、私一人でここを歩いていたらと考えるとゾッとする。
 この砂漠地帯で最も恐ろしいのは怪物ではなく、環境だ。
 その言葉の意味を身を以て体験した気がした。

 絶対にフラテの言葉には従おう。
 それがこの場での最善だと考えて歩いていく。
 そして、丸三日かけて私たちは砂漠を歩き続け、ようやく目的地へと辿り着いた。

「着いたぞ。ここがだ」

 デレディオスの故郷。
 異種族の中で優れた戦闘能力を持ち、階級の緋が作られる要因ともなった種族。
 闘人族の里に私は初めて訪れた。
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