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第21話 採用

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 午後からやって来たのは真理ちゃんともう1人、女性で30代の人だった。真理ちゃんの志望動機は立派だったと言っておこう。それに、教習所でも受付だけでなく事務処理も勿論行っていて、簿記1級も取得している。ハキハキと受答えする真理ちゃんにタカシさんも好印象を持ったようだ。

 で、30代の女性の方だが……

「だから~、私を~、美熟女として売り出して欲しいの~」

 タカシさんとの面接で志望動機を聞かれて出た答えがコレだった。今回の募集は事務員募集ですけど? 
 奥にいる私にも聞こえる声で話す女性にタカシさんが説明をしている。

「今回は事務員の募集であってタレントさんの募集では無いんです。タレントオーディションもまた開催しますのでその時に改めてお越しください。本日はお引き取りください」

 おお、きっぱりと言った。こういう所はやっぱり社長さんだなと感心してしまった。

 しかしそれを聞いた女性がキレる。

「フンッ! 何よ! お高くとまって! ヤヨイなんかより私の方が演技も妖艶さも上なのにっ! 見てなさい、私を雇わなかった事をいつか必ず後悔させてやるからっ!! 私の名前は水無月飛香みなづきあすかよっ! いつかヤヨイなんかよりも有名になって見せるんだからっ!!」

 そう捨て台詞を吐いて出ていった。うーん、大丈夫か、この女性…… 私の中で危険信号が点るが魔力は覚えたしまだ何も考えてはないようなので取り敢えずは放置する事にした。世の中には色々な人がいるものだと思ったよ。

 奥から出てタカシさんの元に向かう。

「最後に凄い方が面接に来ましたね。まあ、実害は無いようなので暫くは様子見しておきます。しかし事務員募集にあんな方も来られるとは……」

 私がタカシさんにそう声をかけると、タカシさんも苦笑しながら返事をした。

「ああ、タケフミさん。まあ、たまにですがあんな方もおられますよ。それよりも今回は有難うございました。採用する人は2週間前に面接した若い男性の香山信吾こうやましんごさんと、今日の東郷公人とうごうこうとさん、それに相馬真理そうままりさんの3人で決まりました。3人に採用の連絡を明日します。これでこの事務所も本格的に本部として動かせるようになります」

「地方都市であるココを本部にするのは何か意味があるのですか?」

 私は前々から思っていた事をタカシさんに聞いてみた。

「ああ、そうか。タケフミさんはご存知ないですよね。弥生は元々ここの地元テレビ局で撮影されていたドラマに出て脚光を浴びたんです。とてもいいドラマだったので再放送された時に関東地区全域で放送されて、弥生の知名度が一気に跳ね上がりました。有名になり東京に進出したんですが、地元で受けた恩と初心を忘れない為に、弥生が事務所本部をこの生まれ育った地元にしたいと言ったので、立ち上げた際に弥生の実家を事務所登録したんです」

 律儀な弥生らしい話を聞けたな。子供の頃のままに変わっては無いらしい弥生のエピソードに私は安心した。

「なるほど、そういう訳だったんですね。それでタカシさんは社長としてコチラに居るんですね」

「そうなんです。東京の事務所は私の妹夫婦にまかせてます。妹の主人は私が独立前に勤めていた芸能事務所で部長をしていた方なんですよ。いわば元上司なんですけど気さくな方でして。そう言えば、この街出身なのでタケフミさんもご存知かも知れませんね。相川智あいかわさとるというんですけど、知ってますか?」

 何と相川先輩か。中学時代にお世話になった先輩の名前を聞いて私は驚いた。

「知ってます。私の一つ上の先輩ですね。いや懐かしい名前が出てきたな」

 私が驚いてそう言えば、タカシさんが

「おお、そうなんですね。また東京に行った時に機会を作りますから会いましょう。妹にも連絡を入れておきますから」
 
 そう言って会う機会を作ってくれる事になった。そして、最後にタカシさんからサプライズ発表があった。

「それと昨夜、弥生から報告があったんですけど深野涼子さんからサインは貰える事になったからとの事です。2冊ともって言ってましたよ。ただ、まだ地方ロケから戻ってないので戻ってきたら直ぐにサインしてくれるって話でした」

 私のテンションは爆上がりしたのは言うまでもない。今ならば私一人で世界中の核兵器を使用不可能に出来るだろう。世界平和の為にそうするべきか? そんな私の内心を知らずにタカシさんが呑気に言葉を続けた。

「深野さんはウチの事務所の大恩人なんです。弥生一人で看板を背負っていたんですが、元いた事務所と折り合いが悪くなって個人事務所を立ち上げても良かったのに、当時まだ最小と言っても良かったウチの事務所に移籍して下さって。それに、娘さんもウチの事務所から芸能デビューされたんですよ。まだ18歳ですが親が深野さんだとは公表してないので誰も気がついてないんですけどね」

 何だって!! 深野涼子さんの娘さんが!! 知らなかった。だが私はその娘さんの名前を教えて貰うのを拒否した。自分自身で見つけたいと思ったからだ。
 まだまだ駆け出しでエキストラや深夜番組にちょこっとだけ出ているそうだがタカシさんがひいき目なしに見てこれからドンドン有名になっていくだろうという逸材だそうだ。

 私の楽しみがまた一つ増えたようだ。必ず深野さんの娘さんを(テレビで)見つけてみせる!! 

 私は心に新たな目標を持って今後の事をタカシさんと相談する事になった。

 タカシさんからの新たな依頼は事務所の男性ヴォーカルグループの護衛依頼だった。

「コンドルスターというリーダーとサブリーダーが最年長ですがまだ16歳で一番下の子が13歳なんですよ。全部で5人ですが、最近になってファンからの過激なタッチに悩まされているんです。それこそ下半身を触ってくるようなファンも居るらしくて…… なんとかそういうファンから守って貰えないかと思いまして」

 なるほど…… まだまだ子供だという年齢の男子の下半身に手を伸ばすとは…… ファンとは遠くから応援するものだというのは既に古い考えなのかも知れないが、それでもその行為が行き過ぎだとは私でも分かる。

「分かりました。実際にそのグループに会って話を聞いてみたいのですが大丈夫でしょうか?」

「はい。明後日、彼らがコチラにライブの打合せにやって来ますのでその時に顔合わせしてもらいます」

 その話の後に私はタカシさんに東郷さんについてタケシから聞いた話をした。東郷さんに私の事情を打ち明けて色々と相談に乗って貰いたい事を伝えると、タカシさんも賛成してくれた。そして明日になるが東郷さんの都合が良ければ、私と会う時間を取ってもらうと言ってくれたのだ。

 こうして話はまとまり、また新たな依頼が決まった私は勉強の為に急いで本屋に向かうのであった。
 実際に護衛対象のヴォーカルグループに会った時に一般的に知られているだろう事を知っておく為に雑誌を買って読んでおこうと思ったのだ。
 ランドールの時は急だったので予備知識を入れる時間が無かったが、今回はまだ時間があるので付け焼き刃にはなるだろうが最低限、失礼の無いようにしておこうと考えたのだ。

 ちょっとは私も成長したと思う。
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