愛を請うひと

くろねこや

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本編

7 拘束

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3月の第3金曜日のことだった。

年度末の繁忙期はんぼうき。技術部スタッフ、営業部ともに遅くまで家に帰れない日々が続いていた。そんななか、同僚が納品した商品の説明書に誤字が見つかり、社員総出で訂正シールを貼ることになってしまった。


明日土曜日は妻の誕生日だ。オレが一日息子と過ごし、妻に友人と遊びに行く時間をプレゼントする約束だ。


『駅に23時』

忙しいからと、時間を遅くしてもらったものの、このままでは社員全員帰れず明日の朝までかかってしまいそうだ。

『申し訳ない。今夜は会えそうにないので、来週にしてもらえませんか?』

男からの返信はなかった。


土曜日の朝5時ごろ、納品物を載せた最後のトラックを見送り、解散した。

駅に男が待っているかと思ったが、いなかった。


無事帰宅し、少しだけ眠る。
アラームで起きてすぐ妻に誕生日プレゼントを渡し、帰りが遅くなったことを謝ると、さっそく妻は友人と出かけて行った。

睡眠不足でかなり眠いが、息子と久しぶりに2人きりで過ごせた。

洗濯機を回す間に朝ごはんを一緒に食べる。

絵本を読み聞かせし、昼ごはんを食べさせてから公園に連れて行き、砂場や遊具で遊ばせる。

やっぱり息子の笑顔を見ると嬉しい。
帰りに予約していたケーキとオードブルを買って、背中の保冷リュックにしまう。ぐずる息子を抱き上げ、アパートに帰った。


遊び疲れたのか寝てしまった息子をベッドに寝かせていると、玄関からカギを開ける音が聞こえた。

「お帰り、早かったね…」

玄関に向けた笑顔が引きる。
ドアを開けたのは妻ではなかった。

あの男が部屋に入ってきたのだ。

合鍵をいつの間に作られたのか。
背筋がゾクリとした。

「約束を果たしてもらいに来た」

男に玄関の方へ引き寄せられ、抱きしめられると、そのまま激しく唇を貪られた。

むちゅ、くちゅ、ぐちゅ、

掴まれた手首はアザができそうなほど痛む。

酸欠で瞼の裏がチカチカする。

(息子が起きてきたら…、アズもそろそろ帰ってくる)

激しく抵抗するが、オレの両手は男の右手に一纏ひとまとめに拘束され、左手は後頭部を掴んで離さない。

舌を噛んで、血の味がしても男は解放してくれない。

カチャカチャ、ガチャ

恐れていたことが起きた。

「鍵が空いて………?!何してんのよ!!!!」

妻が帰ってきてしまった。

怒鳴り声にも動じず、男はオレを妻の前で貪り続ける。

「離れなさいよ!!!」

妻が男に掴みかかり、ようやく解放された。
オレは立っていられず、膝から崩れ落ちた。

「仕事仕事って帰ってこないで!!浮気してたんじゃない!!」

しかも寄りによって私の誕生日に……、男なんかと……、
妻は泣いていた。

浮気だと決めつけられたオレはショックで動けない。

妻は手早く荷造りすると、オレに弁解の余地も与えず、寝ぼけたままの息子を連れて出て行ってしまった。

我に返り慌てて後を追おうとすると、男が後ろからオレを押さえつけた。

「離せ!!追いかけないと!!」

暴れても、肘を男に打ち付けても、手を離してくれない。それどころか、強く抱きしめて離さない。

「……なんで家まで来たんだ…!」

理不尽に涙がこぼれる。
確かに、週に一度の約束を破ったオレが悪いのは分かっている。

それでも…。

「オマエが、息子と、公園にいて、手を繋いで帰るのを見た」

男は無表情だった。

「オレには愛をくれないのに、オレとの約束を破って、オマエは息子を抱き上げて、愛しそうに見て……」

カチャンと手首に冷たいものを嵌められる。
それは、手錠だった。

「オマエはオレのものだ」
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