愛を請うひと

くろねこや

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本編

23 覚悟

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「凛。オレを詩音しおんと呼んで。……オレを愛して」

ベッドの上。男は向かい合うようにオレを膝へ乗せている。オレの目をすがるように見つめ、『拒絶されたなら命を失ってしまう』とでもいうように切なげに眉を寄せている。



こんなに『オレという存在』を誰かに求められた事はなかった。



……情けない話だが、元妻にさえここまで望まれてはいなかったと思う。

会社の新年会で社長に苦手な酒を飲まされて意識を失い、目覚めると知らない女性が隣にいたのだ。それがアズだった。
『子どもができた』と告白され、そのまま結婚することになった。

両親を失ってから『家族』というものに憧れがあったのだろう。初めて彼女に『おかえりなさい』と迎えられた時、涙がこぼれた。



彼がオレを求めるのも、もしかすると『同じ』なのかもしれない。

『それ』は、なくても生きていけるが、『足りない』『欠けている』という感覚が付き纏い、どんなに楽しい時間を過ごしても、どこか虚しい。

ーーーー自分だけを見て、愛してくれる存在が欲しい。



(全く、ただのおっさんにはハードルが高すぎるって…)

オレから家族と仕事を奪った男。
コイツと出会わなければ、今も妻子と暮らしていただろう。社長の異常性に気づかないまま、あの会社で働いて。息子が大人になっていくのを支え、寄り添いながら妻と共に歳を重ねていく未来。



だけど、

「詩音」

オレは正常・・な状態で、初めて彼の名前を呼んだ。

男はびくりと恐れるようにオレを見る。




『オマエなんかいなければ……!!!』

全てを失ったあの日。
オレが感情に任せて放ってしまった言葉。

『クソイベント』の後、ようやく熱が下がり目を開いた瞬間だった。
顔色が悪く、泣きそうに歪む彼の表情を見て『かつての過ち』を思い出したのだ。

母親に存在を否定された彼にとって、その言葉はどれだけ酷い刃物であっただろう。




これが『ストックホルム症候群しょうこうぐん』というやつだろうか。
誘拐された者が、犯人に同情したり、親愛の情を抱いたりするという。

生き残るために彼に『共感』しているだけ?

彼の事情を知ってしまったから?

数えきれないほど身体を重ねたから?

暴行を受けても守ろうとしてくれるから?

この異常な状況に狂ってしまったから?



もちろん『男なのに同じ男に抱かれる』というのは屈辱を感じるし、羞恥心は常にある。

だが、それでもいつの間にか、彼に抱かれると安心できる身体になってしまった。

彼の『ミルク』を飲み込むと腹の中がジンと熱くなり、後ろにも欲しくなる。

脚を開かされ彼を迎え入れると、逞しい身体と匂いに包み込まれ、呼吸が荒くなる。

奥まで腹いっぱい注がれて満たされる。

他の男に抱かれながらも、直前までナカにいた、この男のことを考えると耐えられた。

どんなに汚いものを身体に入れられても、彼の『マーキング独占欲』を受けると元に戻れる気がした。




首輪を付けられ、足枷で鎖に繋がれたオレと、


暴力が当たり前の環境で、『親友を守りたい』と社長に縛られている詩音。










「詩音」


オレは覚悟を決めた。


「愛してる」






「!!!」

それは、初めて見る表情だった。

不安でいっぱいだった男の顔が、見たことのない笑顔に変わっていく。

「凛!愛してる!愛してる!」

ずっと一緒にいて、と
オレを抱きしめ、子どものように笑う。











オレは決めた。



この男を裏切る覚悟を。
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