愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

面会

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「山神…。お前もか…」

アクリル板の向こうにいる男が『やれやれ』というように、ため息を吐いた。

八嶋やしま ひびき

オレの腐れ縁。

小学校からの幼なじみ。


先ほどオレが冗談で問うた内容を、警察からも聴かれたらしい。

『あの15人を殺したのはお前か?』

と。


「オレは超能力者か…。檻の中だぞ」

『医師が非科学的なことを言うんじゃない』と冷めた視線を向けてくる。

……これは余程しつこく聴かれたんだな。


謎の大量不審死。

15人の男達が亡くなったのだが、死亡時刻がほぼ同じだったのだ。

だが、彼らは一ヶ所に纏まっていた訳ではない。

『バラバラの場所』で、『同時』に亡くなった。

『血圧が急降下し、ショック状態に陥ったような状態』で亡くなっており、まるで失血死したような遺体だという。

もちろん解剖も行われたが、外傷はなく、体内からは細菌やウイルス、薬物も検出されず、心臓や肺など臓器にも損傷や疾患は見られなかったらしい。

近くにいた人間も検査したらしいが、やはり異常はなかったようだ。


おそらく警察も途方に暮れた筈だ。

この『異常な現象』に『現実的な原因』が欲しいのだ。


全員がこの男の周辺にいた人物だったから、僅かでも手がかりを求めて、コイツに話を聴きに来たのだろう。



「まぁ、確かに。足を引っ張ることしか能がない『目の上のたんこぶ』を絵に描いたようなヤツらではあったが…」

歳の離れた従兄弟。その息子。

叔父。

その他、親戚達。

その顧客達。

金を稼ぐ能力に秀でたこの男にたかる『ハエ』のような男達。

『性』を弄び、娯楽にした異常者達。



「あんなに邪魔だと思っていたのに、ここまでキレイに一掃されてしまうと…逆にどうしたらいいか分からなくなるものだな」

珍しく心の内を明かす男。

子どもの頃でさえ見せたことのないくらい、無垢な表情に見える。


「さんざん尻拭いさせられてきたんだろう?お前なら真っ当な商売だけで充分稼げたはずだ」

「……生まれる家は選べないものだ」

『仕方ない』と自嘲する姿を見て、歯痒くなる。
全てを捨てて、1人でも生きられただろうに。

疑う事を知らない、人がいい父親。
それをコイツは捨てられなかったのだろう。

現に『優良な会社』を一つ、その父親に任せている。実際はコイツの部下が動かしているようだが…。



「ただ。ヤツらが『何者か』に憎まれ、殺されたと仮定して…だ。オレが死んでいない理由がわからん」

「あぁ」

「あのメンバーなら、確実に『裏』絡みのはずだ。名目上はオレがトップだから、普通に狙うとしたら『オレを最初に殺す』だろう」

コイツが全く否定しなかったから、詩音や彩人、凛を始めとする、社員や『奴隷』、拉致してきた被害者たちに強いていた全てのド変態行為はコイツ1人が命じた事になっていた。

だが、オレが内部に入り込んで調べてみたら、ほとんどはコイツの叔父の仕業だったのだ。
『クソイベント』もその一つ。

もちろん、コイツ自身の変態趣味も多かったが…。


「なんでお前が全部かぶったんだ」

「……お前が、オレを見てくれるなら、なんでも良かった」

『現に、こうして面会に来てくれているだろう?』と笑った。

「オレは、お前のことが好きなんだよ」

ストレートな言葉。

おそらくこれは『コイツの本当の気持ち』だ。


オレは答えを出せていない。

正直『大嫌い』だと思っていたこともある。

コイツは他人が大切にしているものを壊すからだ。

だが、それは、

『オレの気をひくため』。

親友の柚木ゆぎから知らされた理由に、

コイツを放っておけない、と思った。



「なぁ、もうすぐ出所だろう? ここを出たらどうするんだ?」

「そうだな…。賠償は『裏』関連の不動産を全て売却して済んでいるし…。せいぜい『あの家』に尻尾を振って生きるとするさ。『表の会社』はお気に召していただけたようだからな」

『あの家』というのは海堂家のことだ。

コイツの会社に探偵として、海堂家の次男が潜入していたそうだ。社員の1人が監禁しちまったらしいから、その怒りに触れたのだろう。

この男が消したはずの証拠を、どうやったか全て手に入れて警察の手に渡したらしい。


「自由にならないのか? お前を『縛っていたもの』は全部なくなったんだろう? 一人になるのが嫌なら、オレが一緒にいてやるぞ。うち、部屋余ってるから住んでもいいし」


「……オレを家に入れる意味、分かって言ってるのか」

「だから一緒に住もうって話だろ」

「そうじゃない」

「?」

「お前を食うと言っている」

食う?


ハァ、と八嶋はため息を吐く。

「……相変わらず自分のことに関しては病的に鈍いヤツだな。オレが、お前の尻の穴に、つっ…」

「待った!さすがに分かった!っていうか、…お前まだ勃つの?…オレで?」

「お前は勃たないのか?」

「オレは若い頃から元々あんまり…って、バカやろう、こんな場所で言わせんな」



「……なぁ、オレが死んだら、お前は嬉しいか?」

八嶋はポツリと呟くように問うた。


「バカなこと言うな。オレが側にいたら、お前が『死にたい』と言ったって死なせてやるものか」

オレは医師だ。
心臓マッサージだろうと、人工呼吸だろうと、完璧にやってやる。
『失血』したなら輸血するし、『窒息』だったら最悪の場合は喉に穴を開けてでも、お前を助けてみせる。


「……心強いな。お前のそういうとこ、大好きだよ」

眩しいものを見たような顔だ。

そんな目で見られると、なんだか照れる。


「その代わり、あらかじめいろんな『やり方』を教えておくから、オレが先に死にかけた時は逆に頼むな」

オレ達は同い年だ。
どちらが先に死ぬか分からない。

「ああ。オレもお前を死なせない」

これで孤独死は免れそうだ。


海砂みさはどうした?」

「海砂ちゃん?なんで彼女の話になるんだ?元気にしてると思うが…」

突然、話が変わった。
そういえばひと月ほど店に行ってないな。

「……いや。何でもない」

歯切れが悪い。変なヤツ。


「ちなみに、オレの家には自然豊かな庭がある」

「…あぁ」

「お前の大嫌いな虫が、わんさか出る」

「……庭は砂利か人工芝に。家は穴という穴を塞ぐよう、壁床水回り全部リノベーションしておけ」

八嶋の表情が、『人間らしく』なった気がする。


「和風建築だから人工芝は合うかなぁ…。砂利は部分的に敷いてあるぞ。まぁ、家の方は任せろ。準備万端で、待っててやる」


オレは、『コイツが言いかけた言葉』をすっかり忘れて、同居の準備を始めたのだった。
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