愛を請うひと

くろねこや

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その後の話

探偵

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「本当にお世話になりました」


オレと詩音の休みが合った、次の土曜日。

2人で佐久間さんの探偵事務所を訪れていた。


佐久間さんの他に、2人のスタッフも動いてくれていたらしいが、今日は休みとのことだった。


依頼料はいつの間にか詩音が払ってしまっていたから、今日の手土産はオレに買わせてもらった。

探偵の3人と、刑事さんに。
好みが分からないので無難に、甘いもの、しょっぱいものを2箱ずつ。車の中や、移動中でも食べられそうなものにした。


「すみません。かえってお時間をいただいてしまって…」

謝るオレに、佐久間さんは穏やかに笑い、首を振った。


「刑事さんのお怪我はいかがですか?」

電話で『大丈夫』だとは聞いていた。

「本当にかすめただけなので大丈夫ですよ。一応縫いはしましたが、もう現場に復帰しています。ご安心ください」

…大丈夫なんだろうか、それ。

抜糸はしたのか、医療費は、とか気になることはあったが、あまりしつこく聞くのも悪い気がして、申し訳なく思いながらも感謝の気持ちだけ伝えてもらうことにした。



「報酬についてですが、いくら『詩音へのお礼』と言われましても、やはりもう少し受け取っていただけないでしょうか?」


オレ達は2人で話し合った。

佐久間さんが元同僚の手を借りてくれたお陰で、スムーズに解決できた上、葛谷の罪をかなり重く出来そうなのだ。


しかも、予約してもらったホテル。

あの部屋を週末に予約すると、宿泊費だけで支払った報酬を使い切ってしまう筈だと分かった。

ヤツが以前『薬』を使って若い男女を犯したのが、あのホテルだったらしい。
その刑期を終えて出所したばかりなのに、全く同じ場所で起こした事件。

『反省していない』とみなされ、裁判で心証を損なうだろうという話だ。


最初の調査から無料にして貰った上、オレ達に3人も付いていてくれた。

人件費も含めて考えれば、かなりの赤字になってしまうのではないだろうか。


ざっと計算して、不足分を封筒に入れてきた。


「受け取れません。これは私怨しえんなのです。私が個人的に『葛谷のような男を許すことができない』だけなので、お気になさらないでください」

「私怨…、個人的…ですか?」


佐久間さんは曖昧に微笑んだ。

深くは訊いて欲しくないのだろう。


「それと、弊社スタッフの1人が『“りんちゃん”こと、凛さんにも借りがある』と申しておりまして。また、もう1人のスタッフからは『デートを楽しめましたので報酬は不要です』と伝言を受けました」


『りんちゃん』?

『デート』?


“ちゃん付け”で呼ばれていたのは、『奴隷』として囚われていた頃。『借り』とはなんだろう? 何かの『貸し』を作った覚えはないが…。

デートは…。そういえば、ショッピングモールの紳士服売り場、バス用品の店、インテリアの店で、オレ達の他にもう1組、男性同士のカップルがいたことを思い出す。

1人は明るい雰囲気の綺麗な男。
もう1人は無表情の人形みたいな男。

妙に目を引く整い過ぎた二人連れが、確かにずっと側にいた。


「……まあ、その…。今回のご依頼については我々にも事情があるということで。お気になさらないでください」


そう、佐久間さんは苦笑いして話を終わらせてしまった。






「彩人に聞いたんだ。19年前、彩人の母親はストーカーに駅のホームから突き落とされて殺されたって」

アパートに帰ると、
詩音が突然、衝撃的な話を始めた。

「佐久間さんの奥さんと、腹の中の子も、同じ男の手で、同じように殺されたらしい」


19年前…。オレが両親を亡くした年だ。

ある日突然、交通事故で父さんと母さんの命を同時に奪われた。『神様なんていない』と絶望したあの頃、ミサト先生が本当の親みたいな優しさと厳しさで側にいてくれなければ、立ち直ることは出来なかったはずだ。


妊娠していた奥さんを、頭のおかしな男に突然奪われる。
それはどれほどの喪失感。
悲しみ、怒りだろう。
想像もできない。


そして彩人。唯一の肉親である母親を亡くしているとは聞いていたが…。


そういえば、その年。
中学へ入学する少し前だ。

『連続ホーム突き落とし殺人事件』というニュースを毎日毎日テレビでやっていた。チャンネルを変えてもやっていた。

最初の被害者がストーカー被害に遭っていたとか、2人目と3人目の被害者が出産間近の妊婦だったとか、その遺族の1人が刑事だとか、加害者の精神鑑定を行うとか、そういったニュースだった。

カメラのフラッシュを大量に浴びせられ、質問責めにされる遺族を見た母さんが、『辛い思いをした人に、こんなにカメラを向けるなんて』と、テレビに向かって手を合わせていたのを思い出した。

その『遺族の刑事』というのが佐久間さんだったのだろう。


その年の夏ごろ、『裁判中の被告人が拘置所内で死亡した』とテレビが騒いでいた。


そうか。

決着がつかないまま、怒りをぶつける相手がこの世からいなくなってしまったのか。


永遠に晴れることがないのだろう、

頭がおかしいとしか思えない、理不尽で身勝手な男への怨み。


だから、『私怨』なのか。



「佐久間さんが、彩人の母親の骨も奥さんと一緒の墓で預かってくれてたそうだ」

彩人には身寄りがないから、誰かが遺骨を預からないと無縁仏として処理されてしまうのだろう。他の遺骨と混ぜられてしまえば、後から墓を作ることができない。

「母親を火葬した時、一緒に骨を拾って、ずっと手を繋いでくれてた男がいたって。彩人も佐久間さんのことを最近思い出したらしい」

同じ被害者の遺族として、放っておけなかったのかもしれない。

「優しい人なんだな」

「ああ。そうだな」

生まれてこられなかった『我が子』のことを想っていたのかもしれない。


今は会えない息子、きょうの顔が頭に浮かんだ。
大きくなっただろうな。
彼も、優しく育ってくれているだろうか。





「買い物中、近くにいたカップルが探偵?」

「ああ。『ナツ』と『シン』だ」


『ナツ』…。

『クソイベント』で『なっちゃん』と呼ばれていたのは、オレのすぐ左隣で拘束されていた綺麗な人だ。快感や痛みに啼きながらも、どこか冷めた目をしていた。

そうか、あの人が。

『シン』にわざと似合わない服を当てて、楽しそうに笑っていたかと思えば、真剣に似合う服を選び始める。

結局、全ての清算を『シン』にされてしまって怒っていた。


一方、『シン』という男は無表情。まるで人形のように見えるほどだ。なのに、『ナツ』が近くに寄る時だけは印象が変わった。彼を見るたび愛おしそうに目を細めるのだ。

怒る『ナツ』に口付けて、結局最後は仲直りしていたようだった。


オレ達の依頼によって、2人にも『デート』の時間を作れたなら、何よりだ。





オレにとっての詩音。

そして、ミサト先生。


または『ナツ』と『シン』のように。


側で支えてくれる人が、佐久間さんにもいるのだろうか。

あぁ、もしかすると。
今回協力してくれた刑事さんは、その1人なのかもしれない。


いつか、彼の心が晴れますように。

心からそう願う。
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