恋愛ツーリスト

日向の翼

文字の大きさ
7 / 7

第7稿

しおりを挟む
自転車で撥ねられた子の友達が冷めた顔で俺に言った。自分の友達がこんな目に遭ったっていうのに、こいつらゲームとかバーチャルなものに囲まれて育ってるから、現実の痛みに直面すると痛さの想像が出来なくなっているのかも。俺らの世代よりも感性が退化しているのか、それとも自分さえ良ければ他人はどうでもいいのか。こいつらそもそもこの子の友達じゃねえのかよ。今日びのガキに触れて世界の歪みが目の前にあるようで、怖いとさえ思った。俺はそこに居合わせた大人として、何か言ってやりたくなった。
「お前ら、良く聞け。自分の友達がケガしたんだからもっといたわってやれ」
「いたわるってどういう意味」
「やさしくしてやれって事。もし、こいつが頭でも強く打っていたら、死んでたかもしんないんだぞ」
「大丈夫だよお兄さん」
「お前らさあ、人間って案外もろいんだぞ。それにお前らが死んだら、お前らのお父さん、お母さんを泣かせる事になるそ。今のうちから、自分の事をもっと大切にしろよ」
「そうだぞ、勇太」
「お前もだろ」
ははっ
「笑い事じゃねえぞ。お前ら」
俺は流れでガキ共にこんな話をしてしまった。ちょっとおせっかいな大人を演じてしまった。
「でも、お兄さんいい事言うね」
「勇太の事、おぶって、運んでくれてるし」
「いいんだよ」
「ありがとうお兄さん。ところでさ、彼女いんの」
「バーカ。何をケガ人がませた事言ってんだ」
まあ、それ程、こいつら、悪い人間には育ってないか。こういう事も言えるんだから。
 校門まで行くと、先生方が、校門に立っていた。こういうのって俺がガキだった時から、見られる風景だ。もちろん、もっと以前からもきっと同じ。スーツを着た若い大人の男におぶされてるこの学校の児童。すぐに先生方が俺の方に寄って来る。
「その子の親御さんですか?」
女の先生が俺を視界に入れてはそう言って来た。それは、俺が二十歳ぐらいで子供を作らないとありえない話なんですけど、先生。それとも俺、もっとオッサンに見えますか?
「いえ、たまたま、この男の子が私の目の前で自転車に跳ねられたものですから、その状況でほっとける大人は最低だと思いまして」
「そうですか。すみません。ウチの児童が」
「あっやっぱり、小学校は生徒じゃなく児童っていうんですね」
「はいぃ?」
素直に“はい”じゃなくて何でこの場面でそんな言い方で質問返しをするんですか先生。
「先生、この人、凄くいい人だよ。この人を彼氏にすれば?」
はははっ。男の先生もクスクスと笑い、居合わせた子供は大爆笑。
「何言ってんのあんた達。早く教室に入りなさい。もう授業始まるわよ」
年はアラフォーくらいか。たぶん。子供達の間では格好の話のネタになってるんじゃないか。子供達には、独身のオバサンは可笑しくも映るのか。この人。年いった割りには奇麗だけど、今の言い方。ヒステリーっぽいところが婚期を逃した理由っすか?そのやり取りを見てふと思ってしまった。それでも俺を見て少し恥じらいを見せ、
「今日はありがとうございました。この子の親御さんにも伝えて置きますので、お名前と連絡先を聞いて置きたいのですが、よろしいですか」
「いえ、そんなあ。ただの通りすがりですから。連絡先を教えたら、見返りを求めてるみたいで何かやらしい感じがするんで。(ここで時計に目をやる)おっもうこんな時間だ。俺、会社に行かないと上司にドヤされるんでこれで失礼します」
「あっちょっと…」
「おじさん。ありがとう。あっお兄さんだ」
「どっちでもいいよ。そんな事より、車やバイクだけじゃなく、自転車にも気を付けるんだぞ」
「分かったよ。今日はありがとう」
「おう」
俺はその子とそんな会話をし、気分良く学校を出て、ダッシュで駅に向かい何とか会社の出社時間に間に合った。早めにウチを出た筈だったが、大人の男らしい事をしたので、まあしょうがない。今日は午前中から何かと上司が絡んで来たが、何でも上司にワザと仰ぎ、上司に花を持たせては、ゴマをすった。内心、俺って最低とか思いながらもこれは大人の社交術って事で。でも午後は、いい事をしたからなのか、その日の外回りは事の他いい感触ばかりだった。すぐに見積もりを出してくれと言ってくれたクライアントもいて先週の同じ曜日とはえらい違いだった。神仏というのが、もしいるならば、俺の行ないをどこかで見てくれていて、それでご褒美にちょっと力を貸してくれたんじゃないって思うくらい一日を通してまさにグッデイだった。
翌日はそうでもなかったけど、昼のランチを上司と食べに行き、そこで何気なく、昨日、子供を偶然助けたって話しをしたら、思わぬ事に、そんな事があったんじゃ、それを利用しない手はない。じゃあその学校に営業に行って来いと言われてしまった。ウチは旅行会社。学校などの法人もたぶんにあらず、お客様だ。社会科見学から、修学旅行まで。大抵ウチみたいな中小企業より、大手を選択するから。行っても断られるのがほとんどだが、上司は俺の偶然の出会いに期待した。正直言って、昨日の事を話さないで置けば良かったと後悔した。何気ない世間から、勢いでその話をしたばっかりに。俺は自分を良く見せる為にああいう行動を取ったわけでもない。人として流れに乗じて大人の行動を取ったまでだ。決して見返りを求めての行動ではない。そんな事が頭によぎりつつも、一サラリーマンである俺は、上司の命令には逆らえる筈もなく、放課後を見計らってアポを取りつけた。この業界、率先垂範が好まれるし。日本のビジネスパーソンは、電話の前でも平身低頭。目の前にお客様がいないのに、ペコペコ頭を下げる。他でもなく俺もそれを無意識にやっている。自分では気が付かなくても皆、ペコペコマンだ。こんなんでいいのかといつも自問自答しています。生き方が不器用な奴は真面目さが裏目に出る事もある。生活を楽しむ才能。仕事は妥協しないが、その根っこにやさしさ、義理堅さが顔を覗かせる。それも大切な人間の資質だ。
“私、○○旅行の野呂と申します。実は昨日、おたくの児童を助けた者なんですが。って何か恩着せがましいのは山々ですが、是非会ってお話を聞いて頂きたくお電話したのですが”
とは間違っても言わず、余計な事は一切言わないでアポを取った。小学校の放課後って教師は以外と暇な時ってあると思います。中学や高校は部活とかあるから、顧問の先生は大変だ。小学校ならあっても課外授業。そこまでは忙しくはないと思う。誤解があるといけないから、ここで言う暇な人ってのは、時間に余裕がある人って事。旅行会社でいう閑散期はあまり、客も取れない。閑話休題もありえるので、こういうふって湧いた事も何気に助かる。仕事してるなって意味で。今、まさにその時。世に言う閑散期に入っているので。
 アポを取ってあるので、すぐに会議室に通されて、ここで出されたお茶をすすりながら、頭で営業のシュミレーションをしながら待つ。話を聞いてくれるという先生を待っていると、ガラガラ。昨日見た顔が。アラフォーの女教師が。あと一人はお初にお目にかかる俺とタメくらいに見えるこれも女の先生だ。
「あら、あなたは昨日の」
「その節はどうも」
「あなた、旅行会社にお勤めでしたの」
「はい、昨日私が上司に何気なく、子供を助けたって言ったら、じゃあ、営業に行って来いと言われまして、すいません。そういうつもりはその時はなかったのですが、私も一会社員でして」
「ちょうど良かった。紹介します。彼女は昨日の男の子の担任で、相沢和香先生です。ちなみに私は沢野と申します」
「どうも、相沢と申します。この度は、ウチのクラスの男の子がお世話になりまして」
相沢和香、うーんどこかで聞いた事ある名だな。声もなんとなく。
「いえ、そんなただの通りすがりで終わるつもりでした。私、野呂と言います。こちら名刺になっておりますので、どうぞお見知りおきを」
名刺を渡す。こっちも。名刺を両手で受け取り、
「頂戴いたします。相沢様でいらっしゃいますね」
と声に出して言った。
「野呂、瞬次さん?」
「はい、子供の頃はのろのろしてんなって良くからかわれたもんです。でも今は、名前を覚え易いって言って貰えます」
これ、いつもの営業トーク。結構場が和む。
「面白い方ですね。野呂さんて」
「恐縮です」
もう一人の彼女は、ずっと俺の顔を見てる。会話に入って来ない。俺は、二人とも同じ空気を感じてもらいたいから早くビジネスの話しをしようという風に話しを切り替えた。
「すいません。余りお時間を取らせたくないんで、早速本題に、入らせてもらって宜しいでしょうか?」
「ええ、どうぞお掛けになって。それからお話を聞きましょう。ちょっと相沢さんも、どうしたの?野呂さん。フリーズしてるわよ」
俺も彼女をお互いをじっと見ていた。恐れ入りますが、差し支えなければというフレーズを挟みながら会話を進める。部外者の先生に促され、その後のプレゼンはスムーズに進んだけど。
ここの学校は、毎年、色んな旅行会社の話を全部聞いた上で交渉に当たっていくという。だから、少しはチャンス有だなと思えた。女が脚を組む時は、男にこっちに来ないでという合図。また意図的に男の反応を見て組み替える仕草をする時は、誘惑してる時もあるのでご注意を。この人は違うけど。そして顎をこちらに突き出してるような仕草は、俺は何者にも恐れはしないぞという強い印象を与える。
「そうですね」「違いますか」「当たってるでしょう」
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

処理中です...