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信頼していたのに
誠一が参考書を買いたいと言っていたからいつもより早めに家を出て、塾の最寄り駅で合流した。
「あれ、いつものとこじゃないの?」
いつも行く本屋とは別の方向に誠一が歩き出し、慌ててその後を追いかける。
「新しくできたとこがあるんだよ」
「へー、そうなんだ」
「品揃えいいみたいでさ」
「それは楽しみだな。僕も買おうかな」
「そうすればいいよ」
普段歩くことのない知らない道を歩いているから新鮮だ。しかし、遠いな。駅からだいぶ離れた気がする。
「まだ着かないの?結構遠くない?」
戻る時間も考えたらそろそろ着かないと間に合わない気がする。裏道なのか人気もなくて少し気味が悪い。
「着くわけないじゃん。本屋なんてないんだから」
時計を見ていた僕が顔を上げると体に何かを押し当てられた。バチバチという音を聞いたのを最後に僕はそこで意識を失った。
「そろそろ起きろ」
頬に痛みを感じて目を開けた。見知らぬ天井が見える。まだ意識はぼんやりとしていて状況が飲み込めない。体を動かそうとした僕は腕を上げた状態で拘束されていることに気付く。徐々に覚醒し始め、腕を思いっきり引っ張ったけれど手首が痛くなるだけでビクともしない。足も同じく拘束されていて動かせない。
「驚いた?」
誠一の声が聞こえた。
「なんだよ、これ?」
「拘束しないとさ、強いって聞いたから」
「どういう事?」
乾いてうまく動かせない口を必死に動かす。
「何回襲われても返り討ちにするんだろ?そんな風に見えないのな」
「なぜ、それを?」
「これから来る人が教えてくれた」
「これから来る人?」
「片桐さん。知ってるだろ?」
その名前を聞いて血の気が引いた。僕が嫌な目に合わされるようになった元凶の男がここに来るだと?
「お前と番になりたいんだって。よかったな?あんな大企業の御曹司と番になれるなんてさ」
「番?本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ。俺は気に入らないけどね」
「気に入らない?」
「だって嫌いだし。Ωのくせに俺より上にいるとか腹立たしい。そんなに頑張ってどうすんの?Ωなんだから出世なんて望めないのにさ?」
「そんな事はないだろ。薬があるから日常生活は何の問題もないし」
「そう思ってるのはお前だけだよ。世の中αがトップに立つようにできてるんだから」
「そんな事……」
「まぁ、どうでもいいけど。番になってくれたら俺の前から消えるんだし」
「そんなに僕の事嫌いだったのか?」
「うん、嫌い。片桐さんに言われてお前の信用を勝ち取るためにずっと演技してただけだから」
「そうか……そうだったんだな」
「番になったらその人にしか発情しなくなるんだってな。お前はもう彼氏を受け入れられなくなるわけだ」
「須藤には何もしてないよな?」
「さぁ?俺はしてないけど」
「危害を加えたら絶対に許さない」
「威勢はいいんだな。まぁそれももうなくなるだろうけど」
誠一が手に注射を持って恐ろしいほどに冷たい瞳で僕を見据えた。
「何する気だ?」
「発情を促す薬。これがあったほうがやりやすいんだって」
「やめろ」
「ついでに孕ませてもらえば?」
「誠一、やめろって」
「これってどれくらいで効いてくるんだろうな。お前のフェロモンにやられんの嫌だな」
おもむろにスマホを取り出して画面を見つめ操作し始めた。何をしているか分からない。
「よかった、もうすぐ着くって。じゃあ刺していいや」
腕を掴まれて少しでも抵抗しようと必死に動かす。
「おとなしくしろよ。イライラする。そうだ、あれつけんの忘れてた」
何かを取りに行くために一旦その場を離れた。何とかこの繋がれているものは取れないのか。引っ張ってもガシャンという音が鳴るだけでどうにもならない。繋がれているものに肌が擦れてしまったようで痛みを感じる。
戻ってきた誠一に猿ぐつわのようなものをつけられて喋ることができなくなってしまった。
「うるさかったんだよな」
そう言う誠一の声はどこまでも冷たい。心の中が冷たくなっていく。信頼していた誠一にこんな事をされるというのはよりダメージが大きい。
その時インターホンが鳴る音がした。
「来た。開いてますよー」
誠一が笑いを噛み殺しながら言った。もう絶望しかない。ごめん、須藤。優しく笑う須藤の顔が脳裏に浮かんだ。
「マジで開いてる。普通確認しない?」
ドアが開いて聞こえてきたのは須藤の声だった。どうして?
「ン――ッン――ッ」
「お前……どうして!?」
「あさひさん、こいつよろしく。りと」
須藤の顔が見えて思わず涙腺が緩む。その後にドンという大きな音がした。猿ぐつわを外してもらって口を動かせるようになった。
「チッ、これの鍵は?」
「誰が教えるか。いっ……痛いっ」
何が起きているのか分からないが、誠一の喚く声が聞こえた。
「うーん、これ以上絞めても大丈夫なのー?」
どこかで聞いた事のある声の主がこの場に似つかわしくないのんびりとした口調で話しかけている。
「気絶させたほうがいいかなー」
「気絶させたら鍵分からなくなるだろ」
「あぁ、そうだよね。ねぇ、早くしてくれる?」
「痛いって……。そこの……机」
「机?あった」
ガチャガチャという音がしたあとに腕を拘束されていたものが外された。続けて足も自由になった。
「りと」
抱き起こされて思いっきり抱きしめられ、目に溜まっていた涙が零れ落ちた。
「何かされた?」
首を横に振った。まだ注射は打たれていないから拘束されただけだ。
「腕と足見せて」
頷いて腕から見せた。赤くなっていて皮がめくれていた。足も同じようになっている。
「あさひさん、そいつ警察に引き渡して」
「何もしてねーよ」
「俺の大事な恋人を拉致して怪我させといて何もしてないだと?これ、そいつにつけといて」
あさひさんと呼んでいる人に手錠を投げた。その人の顔を見て驚く。須藤の家庭教師をしている人だった。
「人遣い荒いなー。よいしょっと」
手を後ろに回して手際よく手錠をかけた。そんなにすぐできるものなのか……?
「一応病院連れて行こうと思うんだけど」
「そうだね。そうした方がいい」
「須藤、警察沙汰にはしたくないんだが。まだ何をされたというわけではないし」
「はぁ?襲われかけてたのに?」
「未遂だし……」
「俺は未遂であったとしても許せないけど」
「拓海くん、落ちついて。りと君、一応警察には通報したほうがいいと思うよ。そうしたら親御さんにも連絡がいくしね」
「親ってなんだよ」
「ほら、知られたくないみたいだし。被害届を出せって言ってるわけじゃないし、ね?」
「でも……」
「別に逮捕されるわけじゃないし。指導してもらうだけ。知り合いの刑事に連絡してもいいし」
「知り合いの刑事……?」
「あさひさんの父親って警察のお偉いさんなんだよ。それで知り合いが多いの」
「なるほど、そうなんだ」
「僕から事情を説明してもいいし」
誠一の方を見たけれど俯いていて表情は分からない。
「分かりました。お願いします」
頭を下げたところでドアが開いて人が入ってきた。
「なんだ、お前ら」
それはこの世で1番聞きたくない声だった。もう二度と会うことはないと思っていた人物。
「あんた誰?」
「お前こそなんだよ。海堂から離れろ」
思わず須藤の後ろに隠れた。姿を見られるのも嫌だった。
「りと、こいつ誰?」
「卒業生だよ。この人のお陰で散々な目にあってきた」
「へー。りとちょっと離れるから」
そう言うと素早い動きで男の前に移動し、顔面めがけてハイキックをした。きれいに決まって男は倒れ込んだ。
「一発じゃ済まないんだけど。こんくらいで気失うなよ」
いや、それだけきれいに入ったらダウンするだろう。
「増えた。この子も手錠かけておくか」
慌てることなく手錠をかけた。
「この子は何しに来たの?」
「その辺に転がってる注射を僕に刺してヒートを起こしているところを襲う計画だったそうです。番にしたかったとも言っていたっけ」
この男には何の情も持ち合わせていないから警察に突き出すことに躊躇はない。
「急に饒舌になるね。そんなに嫌なんだ、この子」
「そうですね。二度と会いたくないと思っていたので」
「この子も一緒に突き出すか。注射と言っていたよね。証拠は一応袋に入れておくか」
写真を撮った後、鞄の中からジップロックを取り出して、手袋まで嵌めて注射を手に取り中に入れた。
「あれ、ここにそのまま置いておいた方がよかったかな。まぁいいか」
あさひさんにさっき起きた事を細かく話した。たぶん凄い人だと思うんだけど、おっとりとした空気感が漂っていて何だか気が抜けてしまう。
電話をかけ始めた。相手は知り合いだという刑事の人らしく、僕が言ったことを説明している。
「大丈夫だからな」
「うん。よくここが分かったな」
「アプリ入れてたおかげ。逐一チェックしてるから」
「そうか。助かった。本当にありがとう」
「りとのことは俺が守るから」
「ありがとう」
その後駆けつけた警察官によって二人は連れて行かれた。残った警察官に話をして、擦り傷だったけれど病院に連れて行くと言う須藤とあさひさんと共に部屋を後にした。
「もう暗くなってる」
「親父に連絡したから救急で診てもらえるって」
「こんなちょっとの傷なんだから申し訳ないよ。診てもらわなくても大丈夫だって」
「スタンガンで気絶させられたんだろう?念のため検査してもらった方がいいって」
「普通に歩いてるし。何ともないよ」
「ダメだ」
「いや、本当に大丈夫だって」
「じゃあ俺の家に来て」
「何言ってるんだよ」
「心配だから帰ってほしくない」
「急に行ったら迷惑だろう」
「全然平気だよ。りとならいつでも大歓迎だって」
「拓海くんは心配性だねー」
「普通だよ。誰でも心配するだろ」
「それもそうか。じゃあ僕はここで失礼するね」
駅について改札をくぐる。反対方面だというあさひさんとはここで別れることになった。
「あさひさん、今日はありがとう」
「ありがとうございました」
「いやいや何もしてないよ。じゃあね」
頭を下げて見送った。あさひさんがいてくれてとてもありがたかった。
「ほら、行くぞ」
「お父さんに連絡したほうがいいんじゃないか?僕も親に連絡しないと」
「もう電車来るし、とりあえず俺の家に着いてからな」
「うん」
ずっと手を握ってもらった。肉体的なダメージはないけれど、精神的にダメージを受けている気がする。
「りと」
「ん?」
「好きだよ」
「なっ、こんなところで何を言い出すんだ」
「言いたくなって」
僕の方を見て優しく微笑む須藤を見て、冷えていた心の中が暖かくなるのを感じた。須藤がただ一言好きだと言ってくれただけで、僕はこんなにも喜びを感じるのか。いつの間にか僕は須藤のことが前よりも好きになっている。
「ありがとう」
恥ずかしかったけれど、ちゃんとお礼を言いたかった。須藤は少し驚いた顔をした後に、また優しく笑った。
「あれ、いつものとこじゃないの?」
いつも行く本屋とは別の方向に誠一が歩き出し、慌ててその後を追いかける。
「新しくできたとこがあるんだよ」
「へー、そうなんだ」
「品揃えいいみたいでさ」
「それは楽しみだな。僕も買おうかな」
「そうすればいいよ」
普段歩くことのない知らない道を歩いているから新鮮だ。しかし、遠いな。駅からだいぶ離れた気がする。
「まだ着かないの?結構遠くない?」
戻る時間も考えたらそろそろ着かないと間に合わない気がする。裏道なのか人気もなくて少し気味が悪い。
「着くわけないじゃん。本屋なんてないんだから」
時計を見ていた僕が顔を上げると体に何かを押し当てられた。バチバチという音を聞いたのを最後に僕はそこで意識を失った。
「そろそろ起きろ」
頬に痛みを感じて目を開けた。見知らぬ天井が見える。まだ意識はぼんやりとしていて状況が飲み込めない。体を動かそうとした僕は腕を上げた状態で拘束されていることに気付く。徐々に覚醒し始め、腕を思いっきり引っ張ったけれど手首が痛くなるだけでビクともしない。足も同じく拘束されていて動かせない。
「驚いた?」
誠一の声が聞こえた。
「なんだよ、これ?」
「拘束しないとさ、強いって聞いたから」
「どういう事?」
乾いてうまく動かせない口を必死に動かす。
「何回襲われても返り討ちにするんだろ?そんな風に見えないのな」
「なぜ、それを?」
「これから来る人が教えてくれた」
「これから来る人?」
「片桐さん。知ってるだろ?」
その名前を聞いて血の気が引いた。僕が嫌な目に合わされるようになった元凶の男がここに来るだと?
「お前と番になりたいんだって。よかったな?あんな大企業の御曹司と番になれるなんてさ」
「番?本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ。俺は気に入らないけどね」
「気に入らない?」
「だって嫌いだし。Ωのくせに俺より上にいるとか腹立たしい。そんなに頑張ってどうすんの?Ωなんだから出世なんて望めないのにさ?」
「そんな事はないだろ。薬があるから日常生活は何の問題もないし」
「そう思ってるのはお前だけだよ。世の中αがトップに立つようにできてるんだから」
「そんな事……」
「まぁ、どうでもいいけど。番になってくれたら俺の前から消えるんだし」
「そんなに僕の事嫌いだったのか?」
「うん、嫌い。片桐さんに言われてお前の信用を勝ち取るためにずっと演技してただけだから」
「そうか……そうだったんだな」
「番になったらその人にしか発情しなくなるんだってな。お前はもう彼氏を受け入れられなくなるわけだ」
「須藤には何もしてないよな?」
「さぁ?俺はしてないけど」
「危害を加えたら絶対に許さない」
「威勢はいいんだな。まぁそれももうなくなるだろうけど」
誠一が手に注射を持って恐ろしいほどに冷たい瞳で僕を見据えた。
「何する気だ?」
「発情を促す薬。これがあったほうがやりやすいんだって」
「やめろ」
「ついでに孕ませてもらえば?」
「誠一、やめろって」
「これってどれくらいで効いてくるんだろうな。お前のフェロモンにやられんの嫌だな」
おもむろにスマホを取り出して画面を見つめ操作し始めた。何をしているか分からない。
「よかった、もうすぐ着くって。じゃあ刺していいや」
腕を掴まれて少しでも抵抗しようと必死に動かす。
「おとなしくしろよ。イライラする。そうだ、あれつけんの忘れてた」
何かを取りに行くために一旦その場を離れた。何とかこの繋がれているものは取れないのか。引っ張ってもガシャンという音が鳴るだけでどうにもならない。繋がれているものに肌が擦れてしまったようで痛みを感じる。
戻ってきた誠一に猿ぐつわのようなものをつけられて喋ることができなくなってしまった。
「うるさかったんだよな」
そう言う誠一の声はどこまでも冷たい。心の中が冷たくなっていく。信頼していた誠一にこんな事をされるというのはよりダメージが大きい。
その時インターホンが鳴る音がした。
「来た。開いてますよー」
誠一が笑いを噛み殺しながら言った。もう絶望しかない。ごめん、須藤。優しく笑う須藤の顔が脳裏に浮かんだ。
「マジで開いてる。普通確認しない?」
ドアが開いて聞こえてきたのは須藤の声だった。どうして?
「ン――ッン――ッ」
「お前……どうして!?」
「あさひさん、こいつよろしく。りと」
須藤の顔が見えて思わず涙腺が緩む。その後にドンという大きな音がした。猿ぐつわを外してもらって口を動かせるようになった。
「チッ、これの鍵は?」
「誰が教えるか。いっ……痛いっ」
何が起きているのか分からないが、誠一の喚く声が聞こえた。
「うーん、これ以上絞めても大丈夫なのー?」
どこかで聞いた事のある声の主がこの場に似つかわしくないのんびりとした口調で話しかけている。
「気絶させたほうがいいかなー」
「気絶させたら鍵分からなくなるだろ」
「あぁ、そうだよね。ねぇ、早くしてくれる?」
「痛いって……。そこの……机」
「机?あった」
ガチャガチャという音がしたあとに腕を拘束されていたものが外された。続けて足も自由になった。
「りと」
抱き起こされて思いっきり抱きしめられ、目に溜まっていた涙が零れ落ちた。
「何かされた?」
首を横に振った。まだ注射は打たれていないから拘束されただけだ。
「腕と足見せて」
頷いて腕から見せた。赤くなっていて皮がめくれていた。足も同じようになっている。
「あさひさん、そいつ警察に引き渡して」
「何もしてねーよ」
「俺の大事な恋人を拉致して怪我させといて何もしてないだと?これ、そいつにつけといて」
あさひさんと呼んでいる人に手錠を投げた。その人の顔を見て驚く。須藤の家庭教師をしている人だった。
「人遣い荒いなー。よいしょっと」
手を後ろに回して手際よく手錠をかけた。そんなにすぐできるものなのか……?
「一応病院連れて行こうと思うんだけど」
「そうだね。そうした方がいい」
「須藤、警察沙汰にはしたくないんだが。まだ何をされたというわけではないし」
「はぁ?襲われかけてたのに?」
「未遂だし……」
「俺は未遂であったとしても許せないけど」
「拓海くん、落ちついて。りと君、一応警察には通報したほうがいいと思うよ。そうしたら親御さんにも連絡がいくしね」
「親ってなんだよ」
「ほら、知られたくないみたいだし。被害届を出せって言ってるわけじゃないし、ね?」
「でも……」
「別に逮捕されるわけじゃないし。指導してもらうだけ。知り合いの刑事に連絡してもいいし」
「知り合いの刑事……?」
「あさひさんの父親って警察のお偉いさんなんだよ。それで知り合いが多いの」
「なるほど、そうなんだ」
「僕から事情を説明してもいいし」
誠一の方を見たけれど俯いていて表情は分からない。
「分かりました。お願いします」
頭を下げたところでドアが開いて人が入ってきた。
「なんだ、お前ら」
それはこの世で1番聞きたくない声だった。もう二度と会うことはないと思っていた人物。
「あんた誰?」
「お前こそなんだよ。海堂から離れろ」
思わず須藤の後ろに隠れた。姿を見られるのも嫌だった。
「りと、こいつ誰?」
「卒業生だよ。この人のお陰で散々な目にあってきた」
「へー。りとちょっと離れるから」
そう言うと素早い動きで男の前に移動し、顔面めがけてハイキックをした。きれいに決まって男は倒れ込んだ。
「一発じゃ済まないんだけど。こんくらいで気失うなよ」
いや、それだけきれいに入ったらダウンするだろう。
「増えた。この子も手錠かけておくか」
慌てることなく手錠をかけた。
「この子は何しに来たの?」
「その辺に転がってる注射を僕に刺してヒートを起こしているところを襲う計画だったそうです。番にしたかったとも言っていたっけ」
この男には何の情も持ち合わせていないから警察に突き出すことに躊躇はない。
「急に饒舌になるね。そんなに嫌なんだ、この子」
「そうですね。二度と会いたくないと思っていたので」
「この子も一緒に突き出すか。注射と言っていたよね。証拠は一応袋に入れておくか」
写真を撮った後、鞄の中からジップロックを取り出して、手袋まで嵌めて注射を手に取り中に入れた。
「あれ、ここにそのまま置いておいた方がよかったかな。まぁいいか」
あさひさんにさっき起きた事を細かく話した。たぶん凄い人だと思うんだけど、おっとりとした空気感が漂っていて何だか気が抜けてしまう。
電話をかけ始めた。相手は知り合いだという刑事の人らしく、僕が言ったことを説明している。
「大丈夫だからな」
「うん。よくここが分かったな」
「アプリ入れてたおかげ。逐一チェックしてるから」
「そうか。助かった。本当にありがとう」
「りとのことは俺が守るから」
「ありがとう」
その後駆けつけた警察官によって二人は連れて行かれた。残った警察官に話をして、擦り傷だったけれど病院に連れて行くと言う須藤とあさひさんと共に部屋を後にした。
「もう暗くなってる」
「親父に連絡したから救急で診てもらえるって」
「こんなちょっとの傷なんだから申し訳ないよ。診てもらわなくても大丈夫だって」
「スタンガンで気絶させられたんだろう?念のため検査してもらった方がいいって」
「普通に歩いてるし。何ともないよ」
「ダメだ」
「いや、本当に大丈夫だって」
「じゃあ俺の家に来て」
「何言ってるんだよ」
「心配だから帰ってほしくない」
「急に行ったら迷惑だろう」
「全然平気だよ。りとならいつでも大歓迎だって」
「拓海くんは心配性だねー」
「普通だよ。誰でも心配するだろ」
「それもそうか。じゃあ僕はここで失礼するね」
駅について改札をくぐる。反対方面だというあさひさんとはここで別れることになった。
「あさひさん、今日はありがとう」
「ありがとうございました」
「いやいや何もしてないよ。じゃあね」
頭を下げて見送った。あさひさんがいてくれてとてもありがたかった。
「ほら、行くぞ」
「お父さんに連絡したほうがいいんじゃないか?僕も親に連絡しないと」
「もう電車来るし、とりあえず俺の家に着いてからな」
「うん」
ずっと手を握ってもらった。肉体的なダメージはないけれど、精神的にダメージを受けている気がする。
「りと」
「ん?」
「好きだよ」
「なっ、こんなところで何を言い出すんだ」
「言いたくなって」
僕の方を見て優しく微笑む須藤を見て、冷えていた心の中が暖かくなるのを感じた。須藤がただ一言好きだと言ってくれただけで、僕はこんなにも喜びを感じるのか。いつの間にか僕は須藤のことが前よりも好きになっている。
「ありがとう」
恥ずかしかったけれど、ちゃんとお礼を言いたかった。須藤は少し驚いた顔をした後に、また優しく笑った。
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