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CHAPTER_01 魔法学は苦難の道のり ~don't through the thorny road~
(01)悪魔の囁き ~temptation~
しおりを挟む静かな部屋で向かい合った机――
窓からは、夕日が差し込んでいる。
「悪いけど、このままだと……」
向かいに座った担任の先生は、歯切れが悪そうだ。
それもそのはず、この状況は先生だって不本意じゃない。
田舎町出身の少年ムーヴは、地元では有名なほど成績優秀で芸術にも長けていた。
親の後押しもあり、世界一難関と言われる国立魔法学中央学園の受験に挑戦することにした。
地方では、魔法学が浸透していないところはまだまだ多い。
ムーヴは、血眼になって勉強した。大好きな絵描きも我慢し、毎日夜遅くまで魔法について勉強した。
そしてギリギリの点数で掴んだ入学キップ――
セントラルの学費は決して安くない。
魔法省直轄の特進生を除いては――
それでも母親は涙をハンカチで拭きながら、満面の笑顔で見送ってくれた。
それなのに――
一般クラスでは、ままある入学ギャップ――
いくら難しい座学を攻略しようが、魔法が使えなくては意味が無い。魔法の才能が無ければ実技の成績はままならない。
それは、ムーヴも例外ではない。
「……なにが、ダメですか?」
「座学は悪くないけど、もう少しね。それからやっぱり実技がね……」
要は全部だ。
入学当初は緊張感で頑張れた。しかし、学校に慣れてくれば、受験で一度燃え尽きた脳は、勉強を強く拒む。
「とにかく、次の試験は頑張ってね……」
頑張る、何をだろう。
留年と高い学費を前に、今さら何を頑張ればいいのだろう。
「……むりだよ」
面談を終え、ムーヴは廊下に出る。
人とすれ違うたびに視線を感じる。
勝手に感じているだけで、実は自分のことなんて誰も見ていないのかもしれない。
そう信じたい。
<あいつ留年だって>
<才能が無いんだよ>
<かわいそう>
「――やめろっ!」
ムーヴは、両手で耳を閉じる。
それでも脳に直接響いてくる噂声――
気分が悪くなり、吐き気を催してしまう。
「やめ、て……」
廊下が歪む、先が見えない。
何メートルも続いて見える。
フラフラになりながら必死に歩く。
どこにもない、出口を探して――
「もう、いやだ……」
暗い廊下の中で、ふと光が差し込む場所を見つける。ムーヴは、一筋の希望を求めてその場所に逃げこんだ。
「はぁ、はぁ……ここは――」
――美術室だ。
去年までは美術部員として足繁く通った部屋、それが今では補習に追われている幽霊部員。
壁に立てかけられたパレットに、木や絵の具の匂い、校内で唯一落ち着く空間だった。
しばらく部屋中を眺めていると、部屋の後ろに人影に気付く。
「やあ!」
「――っ?!」
同じ学年だろうか、背丈は同じくらいの赤髪の少年――
顔は、壁側を向いていたので見えなかった。
「び、びっくりしたあ……」
少年が見据える壁には、昨年受賞した美術作品がずらりと横に並ぶ。
「……これ、きみの作品?」
「う、うん……」
「すごい、才能にあふれているね」
大きな太陽と照らされる広原――
その絵の下には、受賞時に貰ったアクリル製のシンプルなトロフィーも飾ってある。
今のムーヴにとっては、過去の栄光に過ぎない。
「こんなに才能があるのに、どうしてだろうね」
「……君も知ってるの?」
馬鹿にされている気分だ。
周りには敵しかいない。
少年は、無視して話を続けた。
「絵が描けても魔法、魔法……この学園で魔法が使えない者には人権が無い。ただ搾取される。それだけ」
「……そんなの、分かってる」
「分かってないよ」
呆れる少年に、ムーヴは少しイラっとする。
「君じゃない、特進生のことさ」
少年は、後ろを向いたまま両手を広げた。その両手にはロッドが握られている。
ロッドの周りには、青く光る魔法陣が現れる。
魔法により、ロッドは手人形へと姿を変えた。
左手にはキレイな制服を着た女の子の人形、右手にはボロボロな男の子の人形――
「一般生が必死になって特訓に励んでいることを彼らは知らない。興味もない。魔法が他人よりも使えるだけで、呑気に学園生活を楽しんでいる」
男の子は白い棒を両手に持ち、何度も素振りしている。
女の子は、優雅に紅茶を飲んでいる。
「彼らは自分たちの給料が、一般生の学費から出ていることを分かってない。一般生の苦労を何も分かってない」
男の子は、疲れてきている。
女の子は、満足したのかウトウト眠そうにする。
「彼らは、何も悩むことなく卒業し、就職する」
女の子はいなくなり、男の子はついぞ両手をついて膝から落ち込んでしまう。
「その一方で、一般生の1割以上が努力虚しくこの学園を志し半ばで去っていく。卒業しても就職できない子を含めればもっといるね」
いつの間にか、男の子も見えなくなってしまった。
「それで、君はどうするの?」
「それは……」
簡単に辞められるなら辞めていた。
「いいんじゃない? こんな学校、やめてもさ」
何度も辞めようと考えた。その度に見送ってくれた母親の笑顔が頭に浮かぶ。
今まで払った学費を、簡単な気持ちで無下にはできない。
「やめるの? やめないの?」
「だからそれは――」
「やめられないの?」
「ぐっ……」
結局、いつも答えが出なかった。
どうしたら良いか分からない日々が続く。
毎日が息苦しい。
「ぼくはっ……どう、すれば――」
「変えればいいんだよ」
少年は、再び右手を上げる。
指の隙間から赤黒い光が漏れる。血管が透き通っているような淡い光――
ムーヴは少年の右手から目を離せない。
少年は振り返り、右手を差し出した。
「変える……」
「そう、キミが変えるんだ。この学園を、このオカシイ世の中を――」
ムーヴは少年の顔を見上げる。
彼の顔は、仮面で覆われていた。
白銀色の仮面で、片方の目元から血の涙のような真紅の模様が垂れている。
「ボクが、変える……?」
少年が右手を広げる。
「この絵が君にしか描けないように、これは君にしかできない」
手のひらの上には、半透明で赤黒く輝いた石が乗っている。まるで、生き物の鮮血をそのままダイヤモンドの形に固めたような、不思議な魅力――
「できるかい?」
「ボクが、変える……」
ムーヴは、覚悟を決めた。
少年の手からゆっくりと石を取り上げた――
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