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第〇二章 オワらない依存
オワらない依存(06)
しおりを挟む放課後、当たり前のように保健室へと向かうと、ちょうど入口の前で一人の女の子に出くわした。
活発で可愛らしい女の子だ。
真由乃が何の気無しに先を譲ると、扉に手をかけた女の子は、頬を赤らめながらチラチラと真由乃の顔を覗き込んでくる。
「……? どうしたの?」
不思議そうに真由乃が突っ立っていると、女の子は耐えきれず扉から手を離してしまう。
「あの、今日はどうぞ! わたしは、明日のお昼、とかに来ようかなあ」
「……? あ、ありがとう」
よく分からないが譲り返されてしまう。
女の子は恥ずかしそうに走り去っていった。
体調は大丈夫だろうか。
真由乃自身、体調が悪くないのに保健室に来ているので申し訳無い気持ちだった。とは言え、居なくなっては仕方無いので、お言葉に甘えて保健室に入る。
爽やかな空気、落ち着く香り――
今回の事件以降、放課後にお邪魔するのが日課になっていた。
明人も放課後は、大体決まって保健室に居る。植人についての話もできるし、部活をやっていない真由乃にとっては、息抜きに最適な場所だった。
「ん~ きもちいー」
「……また来たのか」
明人がカーテン奥から不機嫌な顔を覗く。また小説を読んでいたらしい。
「邪魔しちゃいました?」
「そうだ。集中できない。それに、他にも色々と都合が悪い」
「そう言えばさっき入口で会った女の子、明人さんに用事だったんですかね」
「……気にするな」
柳先生は、いないらしい。
真由乃は、診察に使う丸椅子にチョコンと座り、クルクルと回転して保健室を見回した。
「……この前の種人、なにか分かりました?」
真由乃にとっては自らトラウマに踏み込む、勇気ある質問だった。
ただし、最近は吐き気も落ち着いている。少し慣れたのかもしれない。
「あんまり焦るなよ」
明人は真由乃の前向きな気持ちを汲み、話し始めた。
「種人は最初の被害者の恋人だったそうだ。捜索願は出ていないし、学校もただの休みだと思っていたそうだ」
数日間、1人の女の子が居なくなっても、親も学校もクラスメイトも何も思わなかった。その間に種人は成長し、校舎にまでツタを伸ばしてきていた。
あのまま伸び続ければ校舎が倒壊する恐れもあった。
「もうひとり――俺らを襲った女も被害者の男の恋人だ。種人では無かったが本体に操られていた。俺らに襲ってくるよりも前、既に心臓はツタで潰されていたらしい」
「もう、手遅れだったんですね」
ホテルを出た直後――
あの時が、恵梨華がヒトとしての意識を保っていた最期だったのかもしれない。
「自身の体液を吸収させ、極度の薬物依存状態に陥らすことで対象を操る、珍しいタイプの種人だ」
「あの硬い殻――金属はどうして?」
「正確には銀を含む貴金属を好んで摂取し、体を大きくしていたようだ。あの地下室の環境に影響されたか……理由は分からんが、成長するために自分のところへ運ばせていたんだろう」
「どうしてそんな面倒なこと……」
被害者の2人に恨みがあるなら2人ともすぐに殺せばよかった。
「怪物――種人になる前の女は、たびたび男に関係を強要されていたそうだ」
「そんな、そんなのって――」
「周りの話だと女も積極的に受けていたそうだ。あるいはそう教え込まれたか――いずれにしろ、知り合いの少ない女にとってその男はかけがえのない、ただ唯一の拠所だったのかもしれないな」
それ無くしては生きていけない。
自分を繋ぎとめる最後の支え――
ダメと分かっていても止められない。
生きるための本能が、それを繰り返させる。
そんなのあってはいけない。
全てが無くなっても、自分を保てるようにならなきゃダメだ。
そう思いつつ、真由乃も自信は無かった。
膝の上で拳を握りしめ、苦しそうな表情を浮かべる。
「同じ気持ちを味わせたかったか、羨ましかったか……いずれにしろ、ツマらない話だ」
「そうですか……」
保健室を静寂が包む。明人は再び小説に集中し出した。
窓からは夕日が差し込み、オレンジ色に照らされた室内が寂しさを増長させる。
ふと時計を見ると、そこそこに時間が経過していた。
「そうだ、おばあちゃんにご飯の支度手伝えって言われてたんだった」
真由乃は、慌てて帰る準備をする。
「じゃあ明人さん、また!」
明人は無言で「しっしっ」と手を振った。
保健室を出て階段を降りると、親友の明里に出会う。
「まゆのん! まさかまた保健室に――」
恨みにしろ、憧れにしろ、怪物は恵梨華に目を付け、貴金属を届けさせた。
支えを失った怪物は新たな拠所を求めた。
結局、依存から抜け出すことは難しいのだろう。
明里は、真由乃の肩を掴んで体を大きく揺さぶる。
「何もされてない?! ねえ、まゆのん!」
「う~ 大丈夫だよ~」
真由乃の頭がグラングラン揺れる。
ヒトは誰しも、何かに依存しているのかもしれない。
――私は何に依存しているだろう。
――明里? おばあちゃん? それとも……
「もー自分の体は大事にしてよねー 私は真由乃がいないと生きていけないんだからー」
ギュッと体を抱きしめてくる明里――
あるいはヒトは、何かに依存しないと生きていけないのかもしれない。
「あははー 苦しいよあかりんー」
真由乃は、苦笑いでその場をごまかした。
******
「――これ、やるよ」
「え……?」
リボンに包まれた小さな箱――
「誕生日だろ、今日」
「……うん」
どうしたらいいか分からない。
他人から何かを貰うなんて初めてだった。
「……あけろよ」
「――う、うん」
リボンをそっと解き、そっと箱を開く。
「これ……」
箱の中からは、小さな銀のネックレスが現れる。
ハートの形を象っていた。
「……だいじにしろよ、結構いいヤツだから」
涙がこみ上げる。
1滴は溢れて、頬を伝う。
「な、泣くなよ! 気に入らなかったか?」
フルフルと首を横に振る。
「……もらって、くれるか?」
必死に涙を拭う。袖口が涙で染みる。
「――うんっ!」
怪物と成り果てた女の顔には、自然と笑みが零れていた。
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