種まくモノ、植えるヒト

蒔望輝(まきのぞみ)

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第一一章 オきザりの記憶

オきザりの記憶(07)

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「――くそっ! どこにやったんだ!」

 ユウコに別れを告げられた後、辰次は気持ちを切り替えて急いで家に帰った。玄関から和室まで無言で突っ走り、一直線に目的の「金庫」へと向かう。

「ないっ、ないぞっ」

 押し入れの奥深くに眠る小型の金庫は見つけられるも、肝心の鍵の在処が思い出せない。何年前に鍵を閉めたかもあやふやだった。
 大きな物音をしきりに鳴らし、その騒がしい様子を見兼ねたのか、妻が部屋の入口に立つのが分かる。

「あなた」

「なんだ!」

 辰次は厳しい口調を荒げながらも、妻には構うことなく探し物を続けた。妻も始めは気を遣って黙っていたが、やがてしびれを切らして口を開く。

「辰次さん、お話しが――」

「後にしろ! 今はそれどころじゃない!」

 それどころではない。
 鍵が見つからないと、早く「アレ」を処分しないと――

「はぁ、くそっ……」

「ねえ、あなた」

 いつもは引くはずの妻が、今日は引かなかった。
 入り口に佇んだまま、冷たい口を開くが、辰次には全く気にならなかった。

「あなた、他の女性と遊んでいますよね」

「あぁ、くそっ! それがどうした!」

 妻の言葉など、まるで耳に届かない。
 今は鍵を探すのに必死で、妻の問いが当然であるかの如く言葉を返す。

「――あった」

 こうして探し物に集中したお陰か、ようやく金庫の鍵を見つける。急いで金庫の前で座り、錆びて入りづらい鍵穴にガチャガチャと捻じ込んでいく。

「は、ははっ、はははっ……」

 見つけた、やっと見つけられた――
 いつ見ても美しい『タネ』

 『原種』と呼ばれるそのタネは、植器を持たない辰次でも手が止まってしまうほど不思議な魅力を放つ。


 ――ダメだ、ダメだ。見惚れている場合では無い


 早急に処分しなくてはならない。
 鍵を探し当てた時点で幾分気持ちは落ち着いてた。
 無事に原種の存在も確認できて、辰次は初めて妻の「異変」に気づいた。

「うん?」

 妻は呆然と前を向きながら、手を後ろに何かを握っていた。その何かの先端が、妻の背中から僅かにはみ出て銀色に光る。

「……もう、終わりにさせてください」




 ***




 本殿での2日目の夜――
 真由乃たちは、再び大広間に集められていた。

「Hm……、早くに家に帰りたいワ」

 メアリは、いい加減疲れた様子で大きな欠伸を掻いた。特に仕事があったわけでもないのに――確かに真由乃も疲れ切っていた。真由乃に限らず、本殿の敷地内に漂う独特な空気のせいで常に全員の気が張っていた。

「パーッと羽を伸ばしたいワ」

「なら、この後明人ん家でどう?」

「いいワね、これで楽しみができた」

「勝手に決めるな」

 明里も植人に囲まれた慣れない環境で疲れ切っており、冗談半分・本気半分の提案だった。以降は、誰も口を利かない沈黙の時間が続き、やがて奥から音を立てずに天音が姿を現す。

「みなさん、お待たせしました」

「まったくだ」

 質実剛健な雁慈も呆れて体勢を崩すところだった。とはいえ、天音も楽をしていたわけではなく、目元を腫れさせて正面に立った。昨晩からまともな睡眠が取れていないと伺える。

「時間がかかりましたが、今後の方針が決まりました」

「動くのか?」

「はい、こちらから仕掛けます」

 天音のハッキリとした答えに、珍しく明人が生唾を飲む。それまで広間の端で正座を貫いていた隼も、今日初めて体勢を崩すのを見せた。

「依然、彼らの正体や目的は判明しません、予想もつきません。しかし、このまま待ち構えていても埒が明きません」

「ダレが動くのよ」

「この場のみなさんにお願いします」

「はっ!」

「そ、総力戦だね」

 植人でも強い力を持つ四家、それに明人が指導してきたこれまた強力な植人たちを加え、正しく総力戦で敵を出迎える。天音の言葉にも今回の本気が垣間見えた。

「みなさんには今まで通り仕事をこなしていただきながら、少し芝居・・を打ってもらいます」

「「芝居?」」

 思わず明里と声が合った。
 天音は深く頷いて、真っ直ぐ前を見据える。

「これ以上、彼らの好きにはさせません――」




 ***




「やめろ! おい、おまえ!」

 女がワナワナと体を震わせながら、銀色の包丁を両手で構え、ゆっくりと男に近づいていく。
 男は後ずさりながら、声を荒げて女を威嚇する。

「なんだ! 何が目的なんだ!」

「もう限界なのよ!」

 女も負けじと声を張る。それは、男が聞いたことのないボリュームらしい。

「今までどれだけ尽くしてきたと思っているの?! 身勝手なあなたのために、どれだけの時間を費やしてきたと思っているの?!」

「そ、それがどうしたっ」

「長い、長い時間――耐えて耐えて、必死に堪えた先に見返りは何もない。耐えられると思うの?」

 涙を流し、鼻水を垂らし、確かに包丁を握る両手が、ボコボコと形を変えようとする。仮にも植人関係者である男は、すぐにその異変に気付いた。

「あなたは、今まで一度だって私を見なかったわ! 出会ってから、一度も!」

「こいつっ!」

 女の言葉には耳も貸さず、男は慌てて近くのゴルフクラブを手に取った。女も武器を持ったことに反応して本能的に男へと襲い掛かる。

「あなたはっ、あな゛た゛はっ゛――」

「う゛っ……」

 男がゴルフクラブを振るうも、既に半分種人と化している女の頭は頑丈で、ゴルフクラブを曲げて返す。そして、女の体に任せて包丁が進み、男の腹部へと真っ直ぐに突き刺さった。
 そのまま、抱き合ったまま2人は倒れ込んだ。

「うーっ! うーっ゛!」

「こんっのっ、はなっ、せっ……」

 男は自身の腹部から包丁を抜くと最後の抵抗を見せる。女の首に目掛けて包丁を突き返した。包丁が抜けた男の腹部からは、ドバドバと黒い血が溢れ出す。

「うっ、あー、うっ……」

「ぐあっ!」

 とっくに焦点が合っていない女は、男が突き刺す包丁から逃げようと体を反って天を仰ぐ。男は逃がさまいと、深く包丁を突き刺し、中身を抉るように動かした。
 そして、首の根元から飴玉大の『タネ』を取り出す。同時に、女の体は勢いよく男の上に倒れ込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 タネはコロコロと転がり、血まみれの床を進む。
 そして、男も限界だった。
 血の勢いは収まらず、血の温かさに反して体が冷え込んでくる。頭がボーっと遠のいていき、やがて景色が白く包まれる――
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