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第一三章 不タシかな燃ゆるイノチ
不タシかな燃ゆるイノチ(03)
しおりを挟む春歌の大きく開かれた口からは、何が飛び出してくるか想像できなかった。出来ないからこそ、雁慈は早めの対処を選択した。
「――弾けろっ!」
残り僅かな体力を削り、豪傑が繰り出す強烈な一撃――通常であれば木槌がぶつかった途端に体を木っ端微塵にする威力だが、春歌に先手を越されてしまう。
『『アア゛アア゛ァァァアア゛アア゛アア゛ァァ――』』
それは『歌』とも聞き取れなくはない絶叫――脳天を突き刺す甲高い声が辺りに響き渡り、耳を抑えずにはいられない。
雁慈も例外ではなく、気を逸らされて小さくなった木槌は、簡単に触手に受け止められてしまう。
「南剛、無理をするな」
「分かっている!」
2発目を繰り出したくても、鼓膜が今にも破れそうで距離を取らざるを得なくなった。これでは、雁慈の木槌は射程圏外のままだ。
代わりに隼が遠距離から矢を放ち攻撃を続ける。だが、その矢でさえ歌声の振動で方向を失い、的外れな地面に刺さってしまう。
「はっ、随分歌が上手だな」
『ハルカはとても歌が大好きなんだ。ハルカにとっては食後の運動になるけど、聞いてあげてほしい』
「矢剣っ! ここで決めるぞ」
雁慈も隼も、長い戦闘で疲弊を隠しきれなかった。それは相手も同じはず――
隼は、雁慈の合図に応えて勢い良く地面を蹴った。同時に、雁慈は木槌を外側に向けて体ごと回転させる。
「ハルカ、サユリ、下がって」
依子はいち早く危険を察知して前に出る。慌てて盾となる氷を張っていくが、雁慈は構うことなく回転を続け、木槌もどんどん大きさを増す。
「はっ!! 我が剛槌の本気――防げるものなら防いでみよっ!」
十分に回転し、十分過ぎるほど大きくなって威力を増した木槌が、雁慈の手元を離れて敵に襲い掛かる。
「ハルカ、ごめんなさいっ」
激しく回転して迫る木槌に、依子が張った氷は悉く割られるも、木槌の勢いは衰えを見せない。手元を離れてから、ほぼそのままで春歌の前に迫る。
『――だいじょうぶだよ、ヨリコちゃん』
その巨大な木槌を前にしても、春歌は怯むことなく口を大きく構えた。そして、口の奥底から「粘液」を逆流させて一気に放出する。
「はっ、化け物め……」
既に植器が手元を離れた雁慈には、状況を見守ることしかできない。その姿は、豪傑とはおよそ呼べない不安げな表情だ。
その不安通り、春歌の体内から吐き出された粘液は、強烈な酸で煙を立てながら正面の木槌を見る見る溶かしていく。
酸でポッカリと穴が空き、当然威力も失ったその奥には――
「あぶないっ!」
隼が強烈な一撃を構えていた。
小由里が咄嗟にサポートに入り、黒く変色させた目で一直線に炎を突刺そうとする。しかし、隼の矢は細い炎如きでは止まらない。
『――ごめんなさいですっ』
だが、隼自体はガラ空きだった。
宙に浮き、矢を放った直後で身動きは取れない。その周囲を春歌の触手が囲んでいた。
どの触手も口を膨らませ、何かを吐き出さんばかりに喉を詰まらせていた。
『少し溶けると思いますっ』
少しどころではない、春歌本体の口から吐き出された「酸」は、恐らく1本1本の触手からも吐き出されるもので、今まさに吐き出そうとしている。
隼は、10本以上はある触手に囲まれていて、一斉に酸を浴びたのでは、きっと原型は無くなるだろう。もちろん雁慈には手出しの手段がない。
「ダメだったか」
隼は、あくまで冷静に呟いた。
春歌に向かっていた矢を爆発させた。
その爆風で自身の体を後ろに吹き飛ばし、見事酸の攻撃を避けることに成功する。
的を外した酸は大量に地面へと降り注ぎ、「ジューッ」と音を出して表面を溶かす。謝れば済む量では、決して無かった。
雁慈は植器を失い、隼も手数が軒並み封じられていく。疲労も蓄積され、絶体絶命の危機に違いなかったが、春歌の触手を含め、相手も明らかに動きが鈍っていた――
***
『――真由乃さーん! 聞こえますかーっ』
何もできない自分
わたしは、この光景を知っている。
『真由乃さーん』
担架に運ばれながら、医療機器から鳴る電子音に合わせて、看護師から何度も自分の名前を呼ばれ続けていた。声は聞こえているのに、返事をすることができない、瞼も僅かにしか開けられず、反応することができない。
それは、呼吸器のせいや怪我のせいだけでは無かった。
――助けられなかった
悔やんでも悔やんでも、悔しくて仕方が無くて、自分を呼ぶ声に応えられなかった。
真由乃には、どうすることも出来なくて……
『今までずーーっと逃げてきたんですよね?』
――そう、わたしはずっと逃げてきた。
だからこそ、最後まで逃げないって決めた。
もう逃げないって決めたのに……
『今さらですよ? 身勝手すぎるでしょ』
植物が締め付ける力は増す一方――
メアリも、葵も、明里も――真由乃以外は植物に捕まったまま首をぐったりさせ、既に気を失っているように見えた。
廊下の奥で壁に寄り掛かる明人は、かろうじて意識を保っていた。
『ヒトって都合よく救えないの』
「あっ、あうっ、あぐぅっ……」
『……もういいよ。おとなしく見てて?』
殺す勢いで植物は締め付けを強くする。
奥の明人にも植物が巻き付いていく。
――わたしは、また救えない
「い、あ゛っ……」
自分の無力さが悔しい――
精一杯の力で手を伸ばしても、決して手は届かない。
涙を流すだけで、何もできない。
そんな自分に、奥にいる明人は――
笑った。
――大丈夫、ゆっくりでいい
明人は、優しく、微笑んでくれた。
明人は、いつも優しく声を掛けてくれた。いつだって真由乃のことを励ましてくれた。
明人だけじゃない。メアリも、葵も、明里も――
祖母だって、いつも優しく真由乃のことを支えてくれた。逃げ続けてきた真由乃に叱ることなく、優しく教えてくれた。
わたしは、その期待に応えられているだろうか。
――ううん、応えないと
今からでも遅くない。きっと明人は、そう言ってくれた。
もう逃げない。そう決めたんだ。
――思い出せ、わたしは……
過去と、向き合うんだ――
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