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第一四章 ヨコ道のキセイ中
ヨコ道のキセイ中(05)
しおりを挟む「――そもそもよ、明人には一体全体何があったのよ」
明里はアイスを頬張りながら、語気を荒らげてメアリと葵に問う。メアリも横になったままアイスを頬張り、明里のことは見向きもせずに漫画雑誌を広げていた。
「どうでもいいでショー。Oh,キューサイじゃない」
「そんな分厚い雑誌どこに入れて持ち歩いてるのよ」
意外とアニメヲタクなメアリは、暇さえあれば漫画本や雑誌を読み漁っていた。基本的に軽装で布面積の狭い洋服を着るメアリだが、雑誌と斧だけはどこに隠し持ってるのかいつも不思議だった。
「どうでも良くない。同じチームである以上、私たちは知るべきよ」
「ワォ、ウチキリじゃない」
「明里は知っているはずでは?」
葵も無事に漬物の仕込みを終え、エプロンを脱いでから畳の上に座ってアイスの封を開けた。だが、棒とは逆側を開けてしまい、どうして取り出すか困っていた。
「私が知ってるのは天音さんとの関係だけ、どうして明人が種子になったのか、その細かい経緯は知らないのよ」
種子とは、天音の後継者となる、本殿の次の当主を孕むため、その種を提供する人物と明里は解釈している。
性交渉の場となる植樹之儀は、天音が当主として強い力を維持するためとも謳っているが、明里はその効果は疑っている。
――要は早くに子孫を確保したいだけでしょ……
「とにかく、お姉さんの依子さんだってこの前初めて存在を知ったし……葵は1年以上付き合いがあるんだよね、何か知らないの?」
「私が知ってるのは当主になってからだ。あまり過去を聞いたことはないし、強いて言うならばアイツが種子に任命されたその場には同席していた」
「へぇー、今とは違うの?」
「あの時のアイツは……怖かった」
葵は、過去を思い出して顔をしかめる。あまり思い出したくない明人の姿があるようだ。
「だが、矢剣殿が教育して今の明人になった。私が植人になって明人に調教されたのはその後だ」
「調教って……」
間違ってはいないかもしれないが――
「じゃあ、その怖かった明人は良く知らないわけね」
葵はコクン頷いて、ついでにアイスを1口舐める。
「でも、コワいアキトなんてドキドキしちゃう。それこそキニナル」
「なに? メアリも知らないの?」
「私が知ってるのはアキトの昔のオンナ――最初のオンナしか知らないワ」
「それって、米野さんのこと?」
実は、明人の行き先については、明里は個人的に調査していた。仕事の合間を縫って、本殿で働くヒトたちに聞き回っていたのだ。
結果、得られたのは明人が毎年お墓参りに行ってること、それが明人と天音と同じ学校に通っていた生徒のお墓だということだった。
「名字まで知らないワよ、でもアキトの女は後にも先にもソイツだけ」
「天音さんはカウントしないのね」
「ワタシは認めナイ」
メアリは不満げにアイスを食べ尽くした。かくいう明里も、天音と明人が恋人同士なんていうピュアな関係であるとは思っていなかった。
「ポイントは、その米野さんってヒトにありそうね」
時系列に沿って明人に何が起きたかを探る。
だが、明里は考えてみたが、考えたところで答えは出なかった。やはり情報が足りなさすぎた。
「どうしたもんかなあ……」
明里はアイスを食べ終わり、3人とも黙って場が静まり返る。
外ではアブラゼミが鳴き、各々が物思いに耽けて寂しい時間が流れた。
***
どれだけの時間目をつむり、手を合わせていただろう。明人から声が掛かったのは唐突だった。
「要は済んだ。帰るぞ」
明人は、いつの間にか支度を終えて帰ろうとしている。真由乃は慌てて呼び止めた。
「待ってください。わたしの用が……」
明人は実に不満げな表情で真由乃を睨んだ。そもそも「なんでここにいるんだ」と口には出さずに訴え掛けていた。
「それが、明人さんのお、お母様から頼まれて」
「母さんが?」
「はい、これを一緒に届けろって……」
真由乃が渡したのは、お中元の入った紙袋だった。中には届け先が書かれたメモもある。
「ちっ……嫌がらせか」
「あ、ちょ、あきとさーん」
明人は、またしても不満げに、紙袋を持って足早に去っていく。その後ろを真由乃は慌てて追いかけた。
その行き先は、とある中学校だった。
「いやいや、いつもいつもお世話になっております」
校舎に入ってすぐ、早速案内されたのは校長室だった。快適で、どこか懐かしい匂いが充満するその部屋で、校長先生は額をハンカチで拭いながら頭を何度も下げていた。
対する明人は戸惑いながら常に低姿勢で応じていた。隣の真由乃もテンションを合わせる他なかった。
「お母様から聞いておりますよ、わざわざすみませんねえ。あ、どうぞどうぞ、お掛けになってください」
「いえ、すぐ戻るので」
「そうですかそうですか、それはそれは……それで天音さんもお元気ですか?」
校長先生は、常にニヤニヤしながら明人の様子を窺う。本殿の現当主が通っていた学校ということもあり、校長先生は植人の存在を知る数少ない人物だった。
そして、植人の社会的地位はそこそこ高いところにあるらしい。何歳も年下の明人に、絶対に丁寧語を絶やさなかった。
「そちらのお嬢さんは……?」
「あ、環日です。すみません突然」
「わび、わび……ああ! 環日! 四家の! これ失礼を」
「そんな失礼だなんて」
初めて会ったのだから知らなくて当然である。むしろ、知られていたほうが真由乃にとってはプレッシャーだ。
「では、そろそろ失礼します」
空気を読んでか、明人は短時間で去ろうと会話を切った。校長先生も満更ではなさそうに出口へと誘った。
「ありがとうございました。またまた機会がありましたらぜひ」
「はい、失礼しました」
「失礼しましたー」
「(犯罪者が……っ)」
「え?」
真由乃は、去り際に校長先生が小声で囁いたのを聞き逃さなかった。改めて振り返ると、校長先生は笑顔のままだった。
「あの、今なんて――」
「真由乃、行くぞ」
「あうっ」
明人に無理やり手を引っ張られ校長室を去る。校長室は笑顔で手を振り続けていた。
真由乃の聞き間違いだったのだろうか――
校長先生の笑顔の裏に、真由乃は恐ろしく歪んだ気持ちを感じ取っていた。
「明人さん、明人さん?」
そして明人はと言うと、真由乃の腕を掴んだまま早歩きで放そうとしない。真由乃の声も聞こえていないようだった。
「明人さんってば!」
真由乃は、少し強引に立ち止まってみた。
明人は、「はっ」と気付かされたように立ち止まって、真由乃の腕を放した。
「明人さん、様子が変ですよ?」
「すまん」
「それに、謝ってばっかりです」
「……すまん」
「もー、らしくないです」
らしくない明人を前に落ち込んでいると、明人も黙り込んでしまった。
2人とも動かずに話し出すタイミングを見失っていると、そんな2人に構うことなく2人の女性が通り過ぎる。
『ねえ、今日の米野さん、どこに居たか知ってる?』
『体育倉庫でしょ? 勝手にうろつかれて困るわよね』
先生であろう2人の会話だったが、真由乃はまたしても聞き逃さなかった。そそくさと離れていく女性たちを、真由乃は条件反射的に追いかけていた。
「おい、真由乃っ――」
米野――墓石に刻まれた名前と同じ
真由乃は、明人の静止を無視して女性たちの前に立ち塞がる。
「ああ、あの!」
目を丸く見開いて立ち止まる女性たち――だが、真由乃も怯む訳にはいかない。
「教えてください。今の話」
当然、女性たちに意味が分かるわけもない。警戒心を最大限に高めるが、真由乃はまっすぐな目を2人に向ける。
「親戚なんです、米野さんの……」
女性たちは、少しは合点がいったようで、警戒心を解いてくれる。後ろの明人は、頭を抱えて諦めていた。
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