132 / 194
第一六章 光をサす陰
光をサす陰(06)
しおりを挟む葉柴明人の教育を終え、矢剣隼はいつの間にか「最強の植人」と称されていた。その肩書きに、隼は微塵も興味が無かった。
イノチを授かったときから、武芸の才能に恵まれていたらしい。植人になるために産まれてきたと――その才能は本殿からも重宝され、明人が種子となる前は、当然のように種子候補として扱われてきた。
だからといって、行く行くは当主となる亜御堂天音には、全くと言っていいほど興味が無かった。
隼は、対象を問わず、基本的にヒトやモノに執着がない。昔から何事にも関心を持てず、その性格があらゆる武術には好転したのかもしれない。
そんな隼でも、例外はあった。
葉柴依子――彼女の『美しさ』だけは本物である。
年齢が近いからとか、一緒に稽古する機会が多かったからとか、そんな安易な理由ではない。本当に美しいモノは、趣味や興味という次元を超えて視線を集める。
隼にとっては、真っ白な砂漠に咲く一輪の花――ある意味で、隼も葉柴の『毒』に冒されていたのかもしれない。
天音にも、依子の弟と仲が良いことを知り、初めて興味が沸いた。それほど隼の目には、依子しか写っていなかった。
しばらくして、依子は消息を絶った。
そしてすぐに、本殿の大広間で、初めて弟の明人を見掛けることになる。
明人もまた、依子と同じ美しさを備えていた。
「――良かったのか、隼」
「何がでしょう父上」
明人の廻廊窟行きが決まり、その日の本殿からの帰り道で、珍しく父に心配された。
「種子のことだ。いくら天音様の提案であろうと、葉柴が相応しくないと、我こそが相応しいとは思わないのか」
「……興味がありません」
久し振りの父との会話でもあった。そのためか、思わず本音が漏れてしまっていた。
「そうか……」
「それに、葉柴は本当に相応しくないでしょうか」
「確かに、隼は長女の実力を買っていたな。だがしかし、その弟となってはあまりに非力ではないか」
「はい。非力です。非力なだけなんです」
隼は、力強く言葉を続けた。
もはや、独り言になっていた。
「力強さなど、飾りでしかありません。人間の本質は、美しさにこそ表れます。葉柴は、美しさの点では追随を許しません。植人が色濃く残していくべきは、その洗練された美しさにこそあると思っています」
つまりは、植人の繁栄を願うのであれば、明人こそ種子に相応しいと、隼は今日さっき、明人に会って考えを変えていた。
「そうか、だがヤツは戻ってこらんだろう」
「そうですね。ただ、戻ってきたときには、全力で相手したいと思います」
依子が居なくなり、隼は焦りを感じていた。だが、明人に会ってからは楽しみな気持ちが増していた。
廻廊窟から帰ってくる保証など微塵もない。そう思いながらも、「帰ってこい」「帰ってきてみろ」と、内心ワクワクが止まらなかった。生まれてから初めて抱いた感情かもしれなかった。
そして1ヶ月後、隼の期待通り、明人との再開を果たすことができた。本殿で見た1ヶ月振りの明人は、ヒドく荒んでいた。だが、美しい。
間もなくして、隼は明人の指導役に任命された。
「分別をわきまえろ」
「……だれだお前」
指導役として初めて対面した明人は、酷く心が荒んでいた。望んでもいない植人を強制的にやらされ、日々周囲から冷めた視線を向けられ、粛々と働きながらも隅に追いやられているのだから無理もなかった。
「葉柴明人、今日からお前に植人としての心得を指導する」
「必要ない」
確かに、明人は誰にも教わることなく、既に何体もの種人を始末していた。これは異例なケースで、戦闘面においてはセンスの塊であった。
問題は――
「教えるのは心得だ。植人として、己とどう向き合っていくか――」
「必要ない。より、必要ないだろ」
「なら聞くが、なぜ闘う? 葉柴明人――」
なぜ闘うのか――
なぜ種人を狩るのか――
それは、隼自身が、1番分からなかった。
それは、植人によって答えは変わるであろう。それしか分からない。
そして、分からないからこそ、闘う理由を見失ったときに、どうなってしまうかを、隼は1番理解していた。
「答えが出るまで指導は続ける。以上だ」
明人の指導役となり、隼にとっては安心した側面が大きかった。まるで生きながらえた感じ、生きる理由を与えられた心地である。
明人の指導役を終えたとき、また全てが元通りだ。
何の為に闘い、何の為に生きるのか――
また空っぽな人生が待っている。
***
「世のため? ヒトのため? 違う。キミは全く興味がない。興味を持つことができない。それはキミが生まれ持った性質なんだ」
目の前で悠然と構える白髪の青年は、隼の空っぽな心を見透かすように話を続ける。
「だがキミは闘うことしか知らない。それしか教わっていないからだ。
キミの本質は空白、『空虚』そのものだ。ゼロがイチや二に変わることはない。せいぜい外から持ってきた数字を足すだけだ。だが、本質がゼロのキミは、周りに興味を持てないから、足すモノも見つからない。そして、ようやく見つけたイチも、すぐにどこかへと去っていき、キミは再びゼロに戻る。そうして、再び当てもない数字探しへと旅立つ」
「それが本質なら、そう生きていくしかない」
「キミのその考えが間違いなんだ!」
目の前の、『虚無』のタネが白く光り輝く――
隼は、その存在も不確かなタネを、青年の手から思わず掴み取ってしまった。
「探す必要なんてない。何も無い世界を生きればいい。生きて、楽しんで、堪能すればいい!
ゼロの世界は、むしろ人類の憧れ、到達点でもある」
「ゼロ……」
「キミは、その世界への切符を、今掴んでいる」
隼がタネを握り込むと、その存在は増々分からなくなった。だが、なぜか心が満たされていく気がした。
「選択するのはキミだ。でも、いつか見てみたいな。キミの世界――」
イツキを為していた植物は、元の蔦の形状に戻り、シュルシュルと地面に戻っていく。そして、何事もなかったように、道場には元の静けさが戻った。
「虚無……」
植人として処分し続けたタネが、今手の中にある――はずだった。
白髪の青年に心をほだされた訳では無い。今でも周囲の警戒は怠らず、常に攻撃の準備はできていた。だが――
「ゼロの、世界……」
隼は、握り込んだままの右手を、まじまじと見つめて立ち尽くした。
***
――ピンポーン
葉柴家の呼び鈴が鳴る。
周囲からは敬遠されがちの葉柴家だが、仮にも四家である家は、来客は少なく無かった。
だが、モニターホンの映像は真っ暗で、右上に小さい赤字で「コシヨウチユウ」と表示されている。
別室の監視カメラの映像を確認するが、同じく真っ暗な画面で故障していた。
そこで、再び呼び鈴が鳴る。
「はーい」
葉柴家の雇われ使用人として勤めて初めての出来事だった。もう帰ろうとしていた頃合いだが、大事なお客さんだったらと、使用人は渋々玄関に向かった。
当然、覗き穴も真っ暗で、使用人は一気に警戒心を高める。
「すみませーん、モニターが故障しているようでして、大変失礼ですが、お名前とご要件をお伺いして宜しいですかー?」
扉の向こうからは返事がなかった。
だが、確実に誰かがいる気配はあった。
「あのー」
「ちっ、めんどくせえな」
突如聞こえる舌打ちと野太い声――
そこからはあっという間だった。
「ひっ゛!」
大きな衝撃とともに、ドアノブが内側に飛び出して、扉には円形の穴がカッポリと空く。穴からは、穴と同じサイズの太い腕が飛び出して、この時点で使用人は尻餅をついた。
筋肉質で力強い腕は、扉をガッシリと掴み、鍵など存在しなかったように、無理やりに抉じ開けてしまう。
扉の奥からは、日焼けした肌に、入れ墨が彫られた鋭い顔、そして筋肉隆々な肉体の男が怪しく微笑んで現れた。
「よお、葉柴明人のお宅で間違いねえか?」
葉柴家の使用人として勤めて幾年――
女は、声も出せず、立ち上がることも出来ずに体を震わせていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる