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2章 雑貨屋でバイトはじめました
木苺は傷みやすい
しおりを挟む「じゃあ、ケントさん!いってらっしゃい!」
「朝飯ありがとうな!でも明日からは無理しないで大丈夫だぞ。いってきます!」
エプロン姿のミアナが俺を見送る。
時刻は午前4時。夜明けまではまだだいぶあるが、遅刻するよりは良いだろうと早めに屋敷を出ることにした。
初仕事だからとこの時間に起きる必要のないミアナまで夜中に起きて俺の朝飯を作ってくれた。
バターを挟んで焼いた白パンと、黄身の色の濃いベーコンエッグと、即席で作ったらしい手作りのコーンスープは俺の身体を目覚めさせるには十分だった。
午前4時の街は、意外と賑やかなものである。
皆、言葉さえ多くないものの店を持っている者たちはこれよりも早い時間から市場に行き、品物を仕入れている。
エルデネンスに来るまでは意識しなかったけど、きっと元いた世界でもこんな風に朝から忙しくしていた人たちは居たのだと思う。
科学と魔法が共存していても、日本文化が多分に含まれていても、この国は元いた日本よりもずっと文明レベルは低い。
低いというより、この世界には現代日本のような便利さや忙しさを持ち込みたくないと多くのイミグイが考えただけなのかもしれない。
24時間営業の店は仕事案内所も兼ねている冒険者の酒場くらいだし、夜の街は本当に真っ暗になってしまうがまだ不便さを感じたことは無い。
――まだ感じてないってだけかもしれないけど。
エルデネンス西門につくと、まだアリウムの姿は見えなかった。
普段は開いたまま門番すら居ないようなエルデネンスの門も、夜明け前は閉じている。
ただし、夜遅くにクエストを終えて帰宅する冒険者のために、鍵は開けっぱなしになっているらしい。
この地域の周辺に、知能の高いモンスターや人型のモンスターが居ないからできることだとは思う。それにしても不用心だけど。
「あ、ケント。早かったのね」
門を眺めていると、後ろから抑揚のない声が聞こえてくる。
「いや、雇い主を待たせるわけにはいかないかなーと思って」
振り向くと、昨日とは違い薄茶色のコットンワンピースを身にまとったアリウムさんがいた。
まっすぐに下ろしていた髪も束ねられていて、昨日あったときよりも年相応というか、親しみやすい印象に見えた。
「そんな事は気にしなくていいから。じゃ、早速始めましょう」
そういって差し出されたのは、20Lほどは入るだろうか?布製の大きな袋だった。
「ところで、これに何を集めるの?」
「……見ればわかると思う」
袋を受け取って、アリウムに尋ねると門を押して町の外へと歩いていった。
門を抜けて、街の外へ出るとそこにはなんとも幻想的な景色が広がっていた。
まるで水晶やガラスのカケラのような立体的で透き通った、宝石のような花が一斉に花を開き始めたからだ。
「朝香草。夜明けと同時に咲く花で、干してポプリにするの。……咲き始めを摘むのが一番香りが強いから、急ぐよ」
「う、うん!」
少し駆け足気味で花の咲いている方へ向かう。
アリウムが摘むのを見よう見まねで真似する。
普通に花を摘むように、茎の根元から摘むのではなく、紅花を摘むように花の首元だけを摘む。そうすると、力を込めなくても簡単に折れる。その感触は、植物の茎というよりは細長い砂糖菓子のようだった。
花びらは、ガラスのカケラのような見た目通りに固く、花びらというよりは石のようで干してポプリにするというのが少し想像できなかった。
これが意外と楽しくて、あっという間に布の袋はいっぱいになった。
「アリウムー!もう袋がいっぱいになったんだけどどうしたらいいー?」
5mほど先で花を摘み続けているアリウムに話しかけると、作業をやめてこちらに歩いて来る。
「早いわね。やっぱり男の人は違うのかな。……あんまりいっぱい摘んでもいけないし、今日はこれくらいにして帰りましょう。」
そういってアリウムは自分の布袋を顔の横まで持ち上げてみせた
見ると、アリウムの持っている袋も半分ほどは埋まっているようだった。
布袋を持ち上げてみると、ずしりと重みを感じる。
花同士が擦れあって、ガチャガチャという音がする。
一足先に門の方へと向かうアリウムを追いかける。
「これ、本当にポプリになるの?」
「なるわよ、イミグイの人はみんなポプリだとは思わないみたいだけど。干して、ほんの少しだけある水分を出すともっとカチカチになるの。ぬいぐるみの中に入れたり、天然石みたいにアクセサリーに加工したりもできるからエルデネンスの若い女性には人気なのよ」
なるほど、普通のポプリとは違うわけか。
へぇ、と頷きながら門をくぐる。
東の空は、もうだいぶ色付いているようだった。
街をせわしなく動き回る人の数も増え、忙しく穏やかな異世界の一日が始まろうとしている事がわかる。
「こっちよ」
アリウムが足を止め、十字路を北方向に曲がる。
クルグルモランへ向かう道とは正反対の方向だった。
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