元喪女に王太子は重責過ぎやしませんかね?

紅葉ももな(くれはももな)

文字の大きさ
125 / 178

双太陽神教会の枢機卿と奴隷の子

しおりを挟む
 宿の外に出るとスノヒス国ほどの積雪量はないものの、見事な白銀の世界が広がっていた。

 深々と降り積もる雪は、赤土で作った煉瓦を積んだ住宅を白く染め、紅白になっている場所もあり気分的になんだかおめでたいイメージが思い浮かぶ。

 住宅の出入り口の前だけ雪が取り払われて馬車道まで出るために人ひとりが余裕をもって通れるだけの細い雪の壁を築いており、住人たちは雪掻きに忙しそうだ。

 馬車道には今日この街を出発するのだろう馬車が数台せわしなく行き来している。

「まったくっ、これだからこの時期のスノヒスに帰ってくるのは嫌なのだっ! はやく出立の支度をしないかこの愚図が!」

 突如聞こえてきた怒声に目を向ければ、双太陽神教会の枢機卿を示す二羽の白い鳥が刺繍された分厚く内側に毛皮があしらわれた外套を纏った壮年の男性が何かを蹴り飛ばしていた。

「もっ……申し訳ありません」

 その叱責に聞こえてきた幼い声にハッと目を凝らす。
 
 枢機卿の足元に小さな男児が雪の中に踞っている。

 痩せ細った身体に明らかに丈が合っていない茶色く変色した薄いボロボロになった服を一枚だけ纏っているようだった。

 明らかにこの真冬に外に出るような格好ではない。

 寒さから青白い顔をし、ガタガタと雪の中で震える男児を男は踏みつける。
 
「愚図は愚図なりに使いみちがあるだろうと買ったがやはり子供の奴隷は使えんな」 
 
 奴隷……悲しいことだがこちらの世界には奴隷が存在する。

 レイナス王国は何代か前に奴隷制度を撤廃したが、レイス王国の向こう側にあるグランテ王国では当たり前のように奴隷制度が敷かれているらしい。

 奴隷制度に不満はある……だけど……

「ぐぁぁ……」

 小さく呻く声に私が咄嗟に握りしめた剣を抜くよりも早く、目の前に人影が割り込んだ。

「何をするおつもりですか?」

「リヒャエル……」

 商隊に同行するための交渉に向かったはずのリヒャエルが私の前に立ちはだかった。

「レオル様、奴隷は個人の持ち物……しかもあの子供は双太陽神教会の枢機卿猊下(すうきけいげいか)の持ち物です」

 そんなことわかっている……でもわかっているのと容認するのは別なのだ。

「はぁ……そんなに睨まないでくださいよ」

「睨んでない……」

「睨んでます! しかもあの枢機卿はたしかグランテ王国に拠点を構える改新派のゾディアック枢機卿猊下だったかと」

 古き良き双太陽神教の教えを守り、異教徒にも寛容な保守派。

 私の師であるロブルバーグ教皇聖下(きょうこうせいか)や幼児愛好家のアンナローズ大司教様がこの保守派だ。

 ちなみに最近知ったのだが、一般的に教皇猊下と呼んでいるが双太陽神教会では内部では枢機卿猊下と区別するため教皇猊下ではなく教皇聖下と呼ぶそうだ。

 その保守派と相対するのが双太陽神教こそ唯一無二の宗教であり他の宗教は邪神とする改新派と呼ばれる勢力だ。

 悲しいことだが、世界が変わっても選民思考や武力で自分の意見を通す過激派は存在する。

 もちろん剣を持って戦う事を選び、私も例にもれずその一翼と言っても良いのかもしれない。

 一度戦となれば剣を振り、家族が帰りを待っているだろう兵士達を屠るだろう。

 そんな兵士達の中にも戦闘奴隷と呼ばれる者たちが居るのだ。
 
 当たり前に奴隷が居る世界だから仕方がない……そう、奴隷に落ちた子供が目の前で痛めつけられていようとも。

 私には……なにも出来ないのだ。

 なにも出来ない自分が口惜しい。

 ジンジンと痛む手は雪によるものなのだろうか、ギリリと噛み締めた唇の薄皮が切れたのか、僅かだが口の中に血の味が広がる。

「あ~も~、うちの若様は! 苦情は受け付けませんからね」

 そんな私の様子に、リヒャエルは両手で自身の金色の柔らかな巻髪に手を入れ、乱暴にグシャグシャとかき混ぜると若草色の瞳をクルリとゾディアック枢機卿に向ける。

 馬車の車輪ですっかり深い轍を刻み込んだ車道を歩きずんずんとゾディアック枢機卿に近づいていく。

「リッ、リヒャエル!?」

「これはこれは! もしやご高名なゾディアック枢機卿猊下ではございませんか!?」

 揉み手をしながら声をかけたリヒャエルを訝しげに見ながらゾディアック枢機卿猊下は踏み付けていた奴隷の男児から足を上げた。

「その通りだが……何用か?」

「いやぁ、私はレイナス王国を中心に商いをしておりまして、ご高名なゾディアック枢機卿猊下のお姿を拝見できる僥倖につい興奮を抑えられずこのようにお声を掛けてしまい大変失礼致しました」

 一見恭しく口上を述べるリヒャエルの賛辞に機嫌良さげなゾディアック枢機卿は機嫌良さげに対応している。

「ふむ、こんな北の雪国まで商いをしているとは感心ですな」

「ありがとうございます、これもゾディアック枢機卿猊下を始め素晴らしい双太陽神教会のお力と教えがあってこそでございます」

 そう言って懐から白く四角い布地をレースで縁取し、金糸で教会のシンボルである二羽の白鳥が刺繍されたハンカチを取り出した。

 教会の力を借りた時に御礼として贈答品や寄付を包み手渡す時に使用するハンカチだ。

「少額ではありますがお納めください」

 そう言って差し出すとわかりやすく受け取り自らの懐深く仕舞い込む。

「ふむ、旅の安全と商売繁盛を我が主神に祈願しておこう」 

「ありがたき幸せにございます……ところで、そちらの幼子でございますが……」

 上機嫌にリヒャエルの祝福を約束したゾディアック枢機卿にリヒャエルは何事もないように切り出した。

「ん? あぁ、この奴隷がどうかしたのか?」

「はい、実は我が商会の旦那様が少々変わった性癖を持っておりまして……ほとほと困り果てておりました」

「ほぅ、変わった性癖とな?」

「実は幼い少年を愛でる趣味がございまして、見目の良い奴隷の男児を探して買い付けるように命じられておりまして……」

 はい? いや私にショタコン趣味はないよ!?

「もしよろしければその幼児を引き取らせていただく事はできませんでしょうか? いや、もちろん無理にとは申しません! ゾディアック枢機卿猊下が大変お心の広いお方なのは存じておりますので」
 
 そのリヒャエルの言葉にゾディアック枢機卿はしばし考えた様子だったが、あっさりと了承し頷いた。

「世の中奇妙な性癖の者がいるようだ。 困った主を持つと難儀よの。 よい、いくらだ?」

「そうですね……、銀貨五十ていかがでしょう?」

 銀貨は大体前世の感覚で一万円くらいの値打ちになる。

「駄目だな、この奴隷は金貨一枚で買ったのだ」

 銀貨が百枚で金貨一枚になるのでこの幼児は百万円くらいの値段だったのだろう。

 人の命の代金としては安すぎるが、体が弱く労働に向かない子供、しかも幼児では金貨一枚が相場だ。

「そうですか、困りました……どうやらかなり衰弱しているようですし、これから旦那様に会わせるにしても医師に見せたりしなければなりません」

 本当に困ったように告げるリヒャエルは雪の上で動けずにいる幼児を見下ろした。

 本当はすぐにでも駆け寄り助けたい。

「このまま放置してしまえば数日中に死亡するのでしょうねぇ……」

「銀貨八十枚」

 分が悪いと、感じたのかゾディアック枢機卿が小さくボソボソ呟いた。

「銀貨七十枚で」

 リヒャエルはゾディアック枢機卿が提示した金額を更に引き下げる。

「チッ……まぁいいだろう。 銀貨七十枚だら売ってやる」  

「ありがとうございます! ではその幼児を部下に医者へ連れて行かせます」

 そう言うと私に振り返り子供を連れて離れるように促してきた。

「失礼いたします」

 すぐさま倒れた幼児の側へ駆け寄ると、その傍らにしゃがみ込み、雪ごと幼児をお姫様抱っこで抱き上げる。

 抱き上げた状態で付着した雪を払う。

 冷え切った身体から体温が感じられず、少しでも温めようと私の外套の中に抱き込んだ。

「私はゾディアック枢機卿猊下とともに参りますので、奴隷売買の契約と現金の引き渡しをさせていただきたいのですが、ゾディアック枢機卿猊下、お食事はお召し上がりになられましたか?」

 恭しく頭を下げたリヒャエルはゾディアック枢機卿を引率して移動し、視線で合図を送ってきたので、私はすぐさま借りている宿へと走りだす。

 また降り出した大粒の雪が顔に掛かるのも構わずに宿の玄関へ走り込む。

 本当は医者の居るところへ連れていければ良いのだが、高度な学問と実務経験が物を言うため、人が多い都市部に医者や、医者を目指す者が集まる。

 もともと患者に対して医者の数が圧倒的に少なく、この街のように小さな所では常駐医師が居ない事もしばしば。

「もう……し……わけ……ありま……せん……」

 胸元から小さく聞こえた声に、今にも折れてしまいそうな小さな身体を抱きしめる。

「もう大丈夫……頑張ったね。 少し眠りな」
 
 そう言うと、ぐったりと身体の力を抜いてもたれ掛かってきた。

 ギシギシと音がする階段を二段とばしで駆け上がり、部屋へ入る。

「クロード! 直ぐに部屋の暖炉の火力を上げてくれ!」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

ギルドの片隅で飲んだくれてるおっさん冒険者

哀上
ファンタジー
チートを貰い転生した。 何も成し遂げることなく35年…… ついに前世の年齢を超えた。 ※ 第5回次世代ファンタジーカップにて“超個性的キャラクター賞”を受賞。 ※この小説は他サイトにも投稿しています。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...