【ショート】【短編集】そして私の人生は完成した

なし子

文字の大きさ
2 / 3

第2話 それは夏のはじまり

しおりを挟む
土曜日昼前のガラガラの電車内は、人が無駄に距離を取って座っている。

平日の講義に向かう電車は、同じ大学の生徒で座れないくらい人が密集しているが、土曜の電車内は席にも余裕があり嫌いじゃない。

強すぎるくらいの冷房が肌を刺す。

今年の7月は上旬から日中は30℃を超える日が続いており、近年続いているマスク着用の必要性がニュースで今日も問われている。

マスクの中は暑く、鼻の下には汗が溜まる。

こんなに一人ひとりの距離が離れているのに、誰一人としてマスクを外さない。
それは、私も含めて。

これだけ距離が離れていて、会話もしていないのに本来マスクなんて必要ないというのは全員分かっているはずなのに、それでも外さないのが人間の面白いところなんだろう。

「感染を防止するマスク」ではなく、
「周りの景色と同化するためのマスク」
になっているんだろう。

誰一人としてマスクの下は見えない。
バイト先の先輩も、同じ大学の同級生も、1番に思い浮かぶのはマスクをした顔だ。



そんなことはどうでもいいのだけど。


私は今までもずっと目立たないように、他人から悪く思われないように、周りからどう見えるかだけを気にして生きてきたんだと思う。

この写真をインスタグラムに載せたら自慢と思われるだろうか、この自撮りをLINEアイコンにしたら反感を買うだろうか、短いスカートは自分に自信があると勘違いされるだろうか。

なら、何もしなかったらいいだろと
一般的な意見としてはそう思われるだろう。

それでも承認欲求を満たしたいのが人間だ。

「普通でいたい」「嫌われたくない」「目立ちたくない」

でも、


『私を認めて欲しい』


そんなことを思っていたら、電車が走り出した。


途中の駅で、今日も君が乗ってきた。
扉が空くのは暑い空気が入ってきて嫌なのだが、この駅だけは別だ。


土曜日の講義への電車内でいつも見かける君は今日もマスクをして、両耳にイヤホンをつけている。

音楽は何を聴いてるの?
今見ているそのスマホの画面には何が映ってるの?
その動く指は誰へのメッセージを打っているの?


君にとって、今の私はただ周りに同化した普通の女の子でしかないんだろう。

でも私は、君のマスクの下の笑った顔が見たいよ。



最寄り駅に着いた。
ドア近くに座っていた君はすぐにホームに降りようとする。


私はお気に入りの短いスカートを翻し、彼を追いかけた。

君といつか交換することを夢見たLINEのアイコンは、昨日とびきり可愛い笑顔の写真に変更した。

「誰にどう見られるか」

じゃなくて、大事なのは


『私は君にどう思われたいか』

だったんだよね。


階段を駆け上がると、今日も痛いくらいの陽射しが君を照らしている。


今日は今日こそは

君に声を掛けるんだ。

マスクの中で少し呼吸を整えて、息を吸う。


「あの、大学まで一緒に歩いて良いですか、、!」


上ずった私の声に君が振り返る。

その顔が、笑顔であってくれますように。

私の勇気を、太陽が照らしている。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

処理中です...