階段下の物置き令嬢と呪われた公爵

LinK.

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今日は珍しくクロエがアビゲイルに不満を漏らしていた。

「嘘をついてはいけないのよ?私にはできないわ」

「それでも必要な事です。相手を傷付けない嘘や必要な嘘もあるのですよ」

いくらアビゲイルに言い聞かされようと、クロエには納得できない。


『嘘をついてはいけない』

これも記憶の中の母の言葉だった。


「その時が来ればクロエ様にもわかりますよ」

アビゲイルはそう言うが、自分にはわかる日はこないだろう。クロエはそう思って聞き流していた。


淑女教育の時間が終わり、クロエはオルフェウスの元へと逃げ込む。

「クロエ様!淑女は走らないんですよ!」

「その時が来れば走らなくなるわよ!」

クロエが淑女になる日はまだまだ先だ。大きな声で叫んで走っていくクロエを見送りながらアビゲイルは腰に手を当てる。

「まったくもう…」

「少しくらい許してさしあげましょう。あの明るさがオルフェウス様を変えてくれたのですから…」

クロエに呆れているアビゲイルをトーマスが宥める。

「ですが…、私はクロエ様に嫁いできて欲しいと思うのです」

「それは皆が思っていることですが…、決めるのはクロエ様ですからね。呪いのこともありますから…」

クロエが公爵家に嫁げるようにと厳しく淑女教育をするアビゲイル。
クロエに屋敷に留まって欲しいと思って働き先を探さないトーマス。

二人の距離は縮まっているように思えるが、臆病なオルフェウスはあと一歩が踏み出せない。

呪いのこともあるので強く言うこともできず、ただ二人を見守るしかなかった。

トーマスは手に持つ手紙を握り締める。

( こんな手紙を送って来るとは…。ガルシア男爵家にも怒り心頭ですね )

支度金を払わないのならクロエは他の貴族家に嫁がせるから返せと書かれた手紙を先程受け取ったトーマスは、オルフェウスに渡す前にぐちゃぐちゃにしてしまった。

金が欲しいのなら自分の財産を払っても良いからくれてやる。だから二人の邪魔だけはしないで欲しい。

そう願うトーマスだった。



「嘘をつくのは良くないことだと思うの!」

執務室に逃げ込んだクロエはオルフェウスに訴える。

「何故そう思う?必要な嘘もあるだろう?」

自分に気を許すようになったクロエをオルフェウスは嬉しく思っていた。

「それは…。小さい頃に母がそう言っていたの」

「母君が?」

「あまり覚えていないのだけど、あれは母だったわ…」

オルフェウスは何やら考え込み、クロエを執務室から連れ出した。


「ここは…」

クロエが連れてこられたのは、立入禁止の部屋だった。

「入って」

オルフェウスに促されて入った部屋は荒れていた。
鏡は割られ、ずたずたに引き裂かれた絵画。
ソファもテーブルもひっくり返っている。


「呪いのことは聞いただろうか…?」

「いえ、詳しくは知らないわ…」

誰からも聞いていないが、なんとなくオルフェウスの顔のことだろうと察していた。

「もう何十年も前の話だ。何が原因かは知らないが、悪しき魔女を怒らせて呪われたと言われている…」

それからマルティネス公爵家に生まれて来る子供は顔が化け物のように爛れて、皆短命になったという。

何故が男児一人しか生まれず、嫁いで来るのは金のない貴族や冷遇された令嬢ばかり。愛のある結婚は一度もなかった。


「このような悍ましい顔の男に添い遂げたいと思う女性などいないだろう」

母親にも愛されないこの顔を好む人などいない。オルフェウスは自分の顔を触って鼻で笑う。

「以前は絵描きを呼んで肖像画を描かせていたそうだが、呪いが始まってからは無くなったよ。誰かがこの絵を切り裂いたんだろう」

原型を留めていない絵画はよく見えないが、ところどころ見える部分には普通の人の顔が描かれている。

鏡は自分で割ったと静かに語るオルフェウス。

この屋敷に鏡が置いていないのはそういう理由だったのかとクロエは納得した。何処に行っても鏡はなく、クロエの部屋のドレッサーだけが唯一の鏡だった。


「呪いは他にもあるんだ…」

嫁いできた女性も短命になり、オルフェウスの両親も30を目前に亡くなったという。

屋敷に務める使用人達も無表情の人形のようになり、暗くて不気味な屋敷になっていったらしい。

「毎回私に体調のことを聞いていたのはこの為だったのですね…」

クロエはオルフェウスの優しさを改めて実感した。

「呪いはどうしたら解けるのですか?」

呪いが解けなければオルフェウスも早死してしまう。真実を知ってしまったクロエの声は震えている。

「わからないんだ…」

「そんな…」

涙を流すクロエのことを戸惑いながらも優しく抱きしめるオルフェウス。クロエが嫌がって逃げない事に安堵していた。


「呪いは必ず解けます」

「……。そうだな…」

クロエは必要な嘘というものがわかった気がした。

確証のない事だったが、呪いは解けないと言いたくなかった。慰めの言葉も思い浮かばず、呪いは解けるとしか言えなかった。

クロエはオルフェウスを強く抱き締める。

( お母さん、私の言葉に力が宿るならオルフェウス様の呪いを解いてよ… )


その思いも虚しく、オルフェウスの顔はずっと爛れたままだった。

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