21 / 22
0
これは遠い昔に起こった出来事…。
公爵令息であるアルジャーノンは誰もが見惚れる美しさを持つ男だった。
一度夜会に踏み入れれば年頃の令嬢たちが押し寄せ、令息たちもアルジャーノンの持つ地位と名誉に擦ろうと集っていた。
誰にも分け隔てなく接するアルジャーノンは誰からも慕われていたのだが、彼には誰にも知らない裏の顔があった。
血統主義で平民を嫌い、顔に醜い傷がある者を人とは思っていなかったのだ。社交界に出るような貴族たちはその一面を見ることはない。
そんなアルジャーノンを密かに想う女性がいた。
幼い頃に令嬢たちの虐めから助けられ、その時からずっとアルジャーノンに恋い焦がれている男爵令嬢のソフィア。
見た目も身分も釣り合わないアルジャーノンと添い遂げたいという大それた事は思っていない。ソフィアには親の決めた婚約者がいるので、心の内で密かに想うだけ。
ソフィアはアルジャーノンの出る夜会には必ず参加していた。話すことは叶わなくても、その姿を一目見ることができればそれだけで幸せだった。
何処にいてもすぐわかる。
ソフィアは常にアルジャーノンを目で追っていたのだが、それをよく思わないのがアルジャーノンの婚約者であるベロニカ。
「身をわきまえなさい!」
ある日、ソフィアはベロニカを筆頭に令嬢たちに囲まれてしまう。
「私は何もしておりません…」
「アルジャーノン様を気持ち悪い目で見ないでくださる?不愉快なのよ!」
ただ見ているだけでも駄目なのか。
想うことすら許されないのか。
ソフィアは令嬢たちに責められることよりもその事実の方が辛かった。
「その長い髪が以前から鬱陶しいと思っていたのよ。私が整えてあげるわ」
ベロニカがそう言うと、令嬢たちはソフィアを両脇から押さえつける。ハサミを持ちながら自分に近付いてくるベロニカに恐怖したソフィアは必死に抵抗した。
「止めてください。もうアルジャーノン様のことは見ませんから…」
「何を当たり前のことを言っているの?私は善意であなたの髪を整えてあげると言っているの」
ザクッ
ソフィアの前髪が切られて地面にパラパラと落ちる。
「あら、良くなったじゃない。お似合いよ」
ベロニカはそう言ってハサミでソフィアの前髪を切っていく。
その時、ソフィアの頬にピリッとした痛みが走る。
「あなたが動くから顔に当たってしまったじゃないの。あなたがいけないのよ」
ベロニカや令嬢たちはそそくさとその場から逃げ去り、一人残されたソフィアは痛みで蹲った。
( どうして私がこんな目に合わなくてはいけないの…? )
「ベロニカの声がすると思ったら気のせいだったか…」
ソフィアの前に現れたのはアルジャーノン。
頬を押さえるソフィアを見てすぐにハンカチを渡した。
「怪我をしてしまったんだね。これを使うといいよ」
立ち去っていくアルジャーノンの後ろ姿を見送るソフィアは自分の想いを捨てることなどできなかった。
そのまま屋敷に帰ったソフィアだったが、金に余裕のない男爵家では満足な治療もできずに傷跡が残ってしまう。
それだけではない。傷口から炎症を起こして右の頬だけ赤く爛れてしまった。
( この顔では社交界には出られないわ…。アルジャーノン様にも二度とお会いできない… )
傷のせいで何もかもが変わってしまった。
部屋に塞ぎ混むソフィアだったがアルジャーノンのハンカチを見て、最後にもう一度だけ会おうと決心する。
( お礼を言って新しく買ったハンカチを渡すだけ… )
自分を助けてくれたアルジャーノンに会ってこの想いに蓋をしよう。その後は修道院に行って過ごそう。
ソフィアは一大決心をして公爵家に訪れた。
だが、アルジャーノンは非情だった。
「そのような醜い顔でよく我が公爵家に来れたものだ」
「一言感謝の気持ちを伝えようと…。助けていただいたお礼に新しいハンカチを購入したので、受け取っていただけませんか?」
アルジャーノンはソフィアの差し出したハンカチを払い除ける。
「私を見くびらないでくれ!施しを受けるつもりはない!傷物の分際で私と話す資格があるとでも思ったか?」
誰に対しても優しいアルジャーノンの言葉だとは思えなかった。
「この汚らしい女は誰?」
運悪く公爵家に訪れたベロニカが現れる。
「知らない平民だよ。いきなり訪ねてきて迷惑していたんだ」
この場から消え去りたい。
それしか考えられなかったソフィアは泣きながら走っていく。
悔しい。憎い。
自分の顔に傷をつけたベロニカ。
その原因となったアルジャーノン。
アルジャーノンが冷たく自分の手を払い除けたことも、ベロニカが自分を嘲笑ったことも、全てが許せなかった。
「この傷のせいで私には未来がなくなってしまったの。あなたたちにも同じ目に合わせてあげるわ」
ソフィアは部屋に閉じ籠って呪いの研究をし、永い年月をかけてようやく完成させる。
今のソフィアを支えているのは二人に対する憎しみの心だった。
「マルティネス公爵家に永遠の呪いを…」
ソフィアが自決したその特、マルティネス公爵家の屋敷の上に暗雲が立ち込める。
( その醜い顔を心から愛してくれる人が現れるまで、あなたたちは永遠に苦しむのよ )
顔に消えない傷ができたことで婚約が解消され、家族からは腫れ物を触るような扱いを受けるようになったソフィア。
変わったのは顔だけで中身は何も変わっていないのに…。
これはありのままの自分を受け入れて欲しいというソフィアの願いでもあった。もし醜い傷を受け入れて愛してくれる人が現れれば、ソフィア自身も救われただろう。
そんな人が現れるはずがない。
そう思いながらも最後の最後まで希望を持ちたかったのかもしれない。
それから何十年と永い年月が経ったが、公爵家に嫁いでくるのは追いやられた令嬢たち。醜い顔の公爵に嫌悪感を抱き、愛することは勿論のこと、顔を見ることすら嫌がっていた。
心から愛し合う夫婦はついぞ現れなかった。
公爵令息であるアルジャーノンは誰もが見惚れる美しさを持つ男だった。
一度夜会に踏み入れれば年頃の令嬢たちが押し寄せ、令息たちもアルジャーノンの持つ地位と名誉に擦ろうと集っていた。
誰にも分け隔てなく接するアルジャーノンは誰からも慕われていたのだが、彼には誰にも知らない裏の顔があった。
血統主義で平民を嫌い、顔に醜い傷がある者を人とは思っていなかったのだ。社交界に出るような貴族たちはその一面を見ることはない。
そんなアルジャーノンを密かに想う女性がいた。
幼い頃に令嬢たちの虐めから助けられ、その時からずっとアルジャーノンに恋い焦がれている男爵令嬢のソフィア。
見た目も身分も釣り合わないアルジャーノンと添い遂げたいという大それた事は思っていない。ソフィアには親の決めた婚約者がいるので、心の内で密かに想うだけ。
ソフィアはアルジャーノンの出る夜会には必ず参加していた。話すことは叶わなくても、その姿を一目見ることができればそれだけで幸せだった。
何処にいてもすぐわかる。
ソフィアは常にアルジャーノンを目で追っていたのだが、それをよく思わないのがアルジャーノンの婚約者であるベロニカ。
「身をわきまえなさい!」
ある日、ソフィアはベロニカを筆頭に令嬢たちに囲まれてしまう。
「私は何もしておりません…」
「アルジャーノン様を気持ち悪い目で見ないでくださる?不愉快なのよ!」
ただ見ているだけでも駄目なのか。
想うことすら許されないのか。
ソフィアは令嬢たちに責められることよりもその事実の方が辛かった。
「その長い髪が以前から鬱陶しいと思っていたのよ。私が整えてあげるわ」
ベロニカがそう言うと、令嬢たちはソフィアを両脇から押さえつける。ハサミを持ちながら自分に近付いてくるベロニカに恐怖したソフィアは必死に抵抗した。
「止めてください。もうアルジャーノン様のことは見ませんから…」
「何を当たり前のことを言っているの?私は善意であなたの髪を整えてあげると言っているの」
ザクッ
ソフィアの前髪が切られて地面にパラパラと落ちる。
「あら、良くなったじゃない。お似合いよ」
ベロニカはそう言ってハサミでソフィアの前髪を切っていく。
その時、ソフィアの頬にピリッとした痛みが走る。
「あなたが動くから顔に当たってしまったじゃないの。あなたがいけないのよ」
ベロニカや令嬢たちはそそくさとその場から逃げ去り、一人残されたソフィアは痛みで蹲った。
( どうして私がこんな目に合わなくてはいけないの…? )
「ベロニカの声がすると思ったら気のせいだったか…」
ソフィアの前に現れたのはアルジャーノン。
頬を押さえるソフィアを見てすぐにハンカチを渡した。
「怪我をしてしまったんだね。これを使うといいよ」
立ち去っていくアルジャーノンの後ろ姿を見送るソフィアは自分の想いを捨てることなどできなかった。
そのまま屋敷に帰ったソフィアだったが、金に余裕のない男爵家では満足な治療もできずに傷跡が残ってしまう。
それだけではない。傷口から炎症を起こして右の頬だけ赤く爛れてしまった。
( この顔では社交界には出られないわ…。アルジャーノン様にも二度とお会いできない… )
傷のせいで何もかもが変わってしまった。
部屋に塞ぎ混むソフィアだったがアルジャーノンのハンカチを見て、最後にもう一度だけ会おうと決心する。
( お礼を言って新しく買ったハンカチを渡すだけ… )
自分を助けてくれたアルジャーノンに会ってこの想いに蓋をしよう。その後は修道院に行って過ごそう。
ソフィアは一大決心をして公爵家に訪れた。
だが、アルジャーノンは非情だった。
「そのような醜い顔でよく我が公爵家に来れたものだ」
「一言感謝の気持ちを伝えようと…。助けていただいたお礼に新しいハンカチを購入したので、受け取っていただけませんか?」
アルジャーノンはソフィアの差し出したハンカチを払い除ける。
「私を見くびらないでくれ!施しを受けるつもりはない!傷物の分際で私と話す資格があるとでも思ったか?」
誰に対しても優しいアルジャーノンの言葉だとは思えなかった。
「この汚らしい女は誰?」
運悪く公爵家に訪れたベロニカが現れる。
「知らない平民だよ。いきなり訪ねてきて迷惑していたんだ」
この場から消え去りたい。
それしか考えられなかったソフィアは泣きながら走っていく。
悔しい。憎い。
自分の顔に傷をつけたベロニカ。
その原因となったアルジャーノン。
アルジャーノンが冷たく自分の手を払い除けたことも、ベロニカが自分を嘲笑ったことも、全てが許せなかった。
「この傷のせいで私には未来がなくなってしまったの。あなたたちにも同じ目に合わせてあげるわ」
ソフィアは部屋に閉じ籠って呪いの研究をし、永い年月をかけてようやく完成させる。
今のソフィアを支えているのは二人に対する憎しみの心だった。
「マルティネス公爵家に永遠の呪いを…」
ソフィアが自決したその特、マルティネス公爵家の屋敷の上に暗雲が立ち込める。
( その醜い顔を心から愛してくれる人が現れるまで、あなたたちは永遠に苦しむのよ )
顔に消えない傷ができたことで婚約が解消され、家族からは腫れ物を触るような扱いを受けるようになったソフィア。
変わったのは顔だけで中身は何も変わっていないのに…。
これはありのままの自分を受け入れて欲しいというソフィアの願いでもあった。もし醜い傷を受け入れて愛してくれる人が現れれば、ソフィア自身も救われただろう。
そんな人が現れるはずがない。
そう思いながらも最後の最後まで希望を持ちたかったのかもしれない。
それから何十年と永い年月が経ったが、公爵家に嫁いでくるのは追いやられた令嬢たち。醜い顔の公爵に嫌悪感を抱き、愛することは勿論のこと、顔を見ることすら嫌がっていた。
心から愛し合う夫婦はついぞ現れなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
愛を知らないアレと呼ばれる私ですが……
ミィタソ
恋愛
伯爵家の次女——エミリア・ミーティアは、優秀な姉のマリーザと比較され、アレと呼ばれて馬鹿にされていた。
ある日のパーティで、両親に連れられて行った先で出会ったのは、アグナバル侯爵家の一人息子レオン。
そこで両親に告げられたのは、婚約という衝撃の二文字だった。
【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。
朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。
ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
【感謝】
第19回恋愛小説大賞にて奨励賞を受賞しました。
ありがとうございます。