おばあちゃん起きて

たかまつ よう

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いつの間にかヤマザクラ

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 梅の花が咲いたその日から、何かがほどけるように、あちこちに春が来ました。
 落ち葉の帽子をつけたまま、ツクシやフキノトウが田んぼの脇に顔を出し、コブシの花芽もふっくらと、ふかふかのカバーに包まれながら大きくなっていました。

 ひぃちゃんたちは、前よりいっぱいの春に囲まれながら、できるだけ、気づかないふりをして過ごしました。
 「おばあちゃんは、起きないかもしれない」
 そう考えるのがこわくって、毎日、集まっているのに、「春を探すこと」をやめていたのです。
 
それでも、ハツカネズミの六ツ子たち、「いばりんぼワンダー・泣き虫ニコル・ちょろすけサンダー・のんびりヨセフ・おしゃべりゴータ・無口なロック」は、おばあちゃんに会いたくて会いたくて、もう、心がパンク寸前でした。

 ヒミズモグラのひぃちゃんは、そんな六ツ子たちが笑っていられるようにいろんな面白い話をどこからか仕入れてきました。
 一生懸命、小さい子たちを笑わせていると、しっとりしたおばあちゃんのお手てが、また、ひぃちゃんの頭をくしゃっとなでてくれる気がして、気がまぎれました。
 「ふぅ。」
 それでもときどき、ひぃちゃんは上を向き、ざわつく胸の中を吐き出すように、深呼吸するようになっていました。

 今日も上を向いて、深呼吸したひぃちゃんは、二週間ほど、周りを見ないようにしていたことに気づきました。木々の若芽はいつのまにか、子リスの耳くらいに育っていました。
 「わあ、どこもかしこも春になった!冬のかけらがどこにもないや。」
 久しぶりにあたりを見回して、日陰にすら、スミレやカタクリが咲いているのに気がつきました。お日さまはどこまでもあたたかく、あれ?ミツバチの羽音?いままでしーんとしていた空間が、ちいさな命の音で満ちあふれていました。

 「あーっ!」
 ひぃちゃんは、若い小さな葉っぱの中に、うすももいろのつぼみがゆれているのを見つけたのです。
「みんな!ねぇ、見て!この木、お花が咲いてるよ!」
 そう言われて六つ子たちは、はっ、と呪文がとけたように、目を開き、耳をすませて、このヤマザクラのこずえを見つめたのでした。

 「ぼく、取ってくる。また行こうよ。みんなでおばあちゃんちに。」
 サンダーはぱっと幹に飛びつきました。ぱらら、と、そこにいた小さなガが飛び立ちました。
 それを目で追いながら、ワンダーはうなずきました。
 「春が、いっぱいになってる。春は、少しずつ、たまっていくものなんだ。」
 すぐに花を付けた小さな枝がふわっと上から落ちてきました。
「きれーい。ピンクのお花だよ!」
 ワンダーにつかまって、背伸びをしてニコルが言いました。
 「行こう。」
 ニコルがワンダーに言いました。それはいつもの
 「泣き虫ニコル」ではありません。

「わたし、何があっても泣かないから。おばあちゃんに会いに行こう。」

 ひぃちゃんはロックのちっちゃい手をにぎりました。ロックは、ひぃちゃんの手をぎゅっと握り返しました。
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