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 数秒も無かったはずだ。だけど、とても長く感じられた。

「……ごめんなさい。また、やっちゃった」
「かまわねぇよ。多分俺のスキルのせいだから」

 今回のは、全てがスキルのせいでは無い。私の狡さだ。

「こんなスキル持ってる奴滅多にいねぇけど、気をつけろよ」
「うん」
「……勘違いさせちまうからな」

 そっくりそのまま、その言葉は返したい。抱きしめたまま、まるで口説いてるかの様な事を耳元で囁かないで欲しい。

 アッシャーは体を離すと、訓練の事に話を移した。結局1週間近く寝たきりだったので、体が硬くなったり、勘が鈍くなったりしている。ダガーとマインゴーシュ自体もしばらく使ってなかったので、体を解して、慣らして、それから実践形式の練習に移るとの事だった。多分。
 耳元も、唇も、ついでに心臓も痛いほど熱いんですけど。もう、内容が脳にまで入ってこない。

「……つうわけで、後で技能確認するから。予定表はこれな。訓練場に来んの忘れんなよ。じゃあ後で」

 そう言って、アッシャーは部屋から出て行った。
 後で?
 渡された予定表には夕方からトレーニングが入っていた。飴と鞭……?いや、さっきのを飴だと認識してやってたら、とんだトレーナーだよ。
 予定表を見ると、今の時間帯は『アンズの訓練』となっている。

「アンズさん?」

 影は動かない。どうやらアンズも不在らしい。つまり、私は朝からただ寝てただけ……。

「起きよう」

 トレーニングやらストレッチの前に普通の生活を送らなくては。
 先ずはシャワーを浴びて、と。余り汚れている感じがしないのは、寝ている間に体を拭いてもらっていたと思われる。ファイさんにもお礼を言わなきゃ……。

 どんどんどんどん!

 扉が聞いた事もない音を出して叩かれている。この騒がしさ、そして必死さ。雨情っぽい。

「どうぞ」

 どんどんどんどん!

「雨情?」

 どんどんどんどん!

 音が大きすぎて、声が届かないらしい。諦めて扉を開けると、「うわっ!」と言う声と共に雨情が転がり込んできた。座り込んだ雨情は右手で両目を押さえている。

「どうしたの?雨情」
「いきなり開いたから、カラぶってもうた」
「声かけたよ……。それより、目どうしたの?」

 無茶なお願い事をした件について謝らなくてはいけないが、それより押さえている目が気になった。

「おお、これか。いや、見たらあかんと思って。意味なかったけど」

 雨情がごにょごにょ言いながら押さえてた手を離すと、こめかみから横断する様に両目に赤い手術痕の痣が走っていて、その瞳の色はグレーがかっていた。

「両目……?こっちも怪我した?」

 私があんなお願いしたから?

「ちゃう!ちゃうねん!両目の方が便利やからってリオネット様に俺がお願いしてんて!」
「本当に?」
「なんか、片目やとバランスがどうちゃらこうちゃらで、常は眼帯で隠さなあかんくなるらしくて、ほんなら両方頼まっさーって」
「ごめん、雨情。魔石取りに行く時も危なかったってリオネット様に聞いて……」
「いや、あれもな、やっぱ眼帯しとったら具合悪いって分かったし、手術前でよかってん!2回も手術するより良かった良かった!」

 あははー!と頭をかきながら笑った雨情は、ふっと微笑んで、私の頭を撫でた。

「で、会えたんやろ?おかげでアッサム様復活らしいやんけ。頑張ったな。お手柄や」
「うん、ありがとう。雨情のおかげ」
「せやろ?もっと褒めたって」
「凄い、天才」
「せやねん」

 それからもう一度、今度は八重歯を見せるいつもの笑った顔になった様だった。ただ、ほんの少し眉が寄っていて、少し悲しげに見えた。

「ほんでな、新しい目な、めっちゃ高性能やねん」
「うん」
「説明されただけで30分かかってんけど、まぁ、覚えられへんわ」

 それは大変だ。

「で、使いもって覚えてこうと思てんけどな」
「うん」

 そこで雨情は土下座した。

「え?」
「すまん!カリン!アッサム様がここにいた辺りから、中全部見えてもうてた」

 ぜんぶ、……全部!?

「で、今切り方探してるさかい、風呂入るのちょっと待ったってください!」

 なる、ほど?

「そ、それは頑張って探して、ね?」
「はい!ただいま!」

 全部って全部だよね。キスした所も?

「おお!こうか!こうやな?おし、これでどや!お?ちゃうな、これ録画やんけ。スキャンって何や?」

 目の前で雨情は、説明書無くテレビの設定やってる人みたいになってる……。文字も見えてはいるらしい。というか、帰還人のリオネット様の頭の中に向こうの家電があるから、似たイメージで作ってるのかもしれない。

「雨情、三角のマークある?」
「おお、あるな」
「それ、再生」
「ほな四角は?」
「停止。長四角二つ並んでるのは一時停止」

 あれやこれやがあって、ようやく二人で透視を切る事に成功した。凄いよ、リオネット様。でも、果たして義眼にそこまでの機能性はいるのだろうか?

「助かった。カリン、おおきにな」
「いえいえ、こちらこそ良かったよ。もう」

 ラッキースケベを喜ぶタイプでも無いから、お互いただの悲劇になってしまう。

「……これで、アッサム様とお前が乳繰り合ってても見えへんし」

 そんな事は笑顔で親指立てて言うものじゃない。

「……そんな事にはならないんだけどね。アッシャーは好きな人、別にいるから」

 少しホッとして、口を滑らせてしまった。ヤバい。でも、雨情だし、口止めだけお願いすれば……。

「は?」

 急に温度が下がった気がした。常に顔面劇場だった雨情の顔が一瞬、無になった。それから瞳の色が険しさを増す。これは、私の加護を見た時以来くらい珍しい。そして、あの時よりもずっと、怒りが感じられる。

「ふ、ふざけてキスしたんじゃ無くて!アッシャーの油断ってスキルがあってね、時々私が止まらなくなっちゃうの。私は……、アッシャーが好きだから。でも、そんな事好きな人がいる相手にしちゃダメだって分かってて……るんだけど。あ、アッシャーの個人情報漏らすのもダメだよね!」

 あまりの変貌に慌てて、早口で言い訳をしてしまう。あんなに分かりやすかった雨情が、何に怒っているか分からない。分からないならじっくり聞くなり話し合うなりすべきだけど、私のアッシャーへの想いが後ろめたくて、口は止まらなかった。

「カリン」
「いや、ほんとに……」
「もぉええて!」

 ガッと掴まれて、手首が痛い。

「……、お前、そんな泣くほど好きなんやろ?」
「え?」

 言われて、私は自分が涙を流している事に気がついた。

「アッサム様はお前の加護やら耐性の事も知っとる。それがアイツのスキルで止まらへんようになるんやったら、アッサム様はお前の気持ち知っとるっちゅう事や」
「やめ、て」

 雨情が怖いから泣いてしまった、と言い訳ができなくなった。今はさっきより大粒の涙が流れてる事位、鏡を見なくても分かる。それは、雨情が言おうとしている事を私も理解していると言うことだ。
 雨情は、アッシャーに怒ってるんだ。

「俺がカリンの事が好きや言うたらどうする?」
「え?」

 雨情は驚いて反応が遅れた私にキスをした。







 
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