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目を覚ましたが、身体は動かない。のどがカラカラに張り付いて、声も出ない。
「……お疲れ様でした」
リオネット様はすぐ側で私を見下ろしていた。
「……魔力は少ない。けれど尽きてしまうほどでもありません。アンズ殿が緩やかに貴女に送ってゆく。……私からの魔力を望みますが?」
顔を振ったつもりだけれど、動かない。リオネット様は、微かに笑んだ。
「あちらの様子は見せていただきました。ここで無理矢理、と言うほどの鬼でもありませんよ」
そう言って彼は部屋を出て行った。
苦しい。乾きが酷い。それと、アッシャーの言葉。アッシャーは、仮面の娘が好き……という事に、私は苦しさを覚えた。
深窓の姫はまやかしだ。彼の支える必要があるなら消える訳にもいかない。けれど、それはカリンにとっては、苦しい。
長い夜の、明け方近くにようやく私は起き上がって水を飲めるようになった。喉が潤ってなお、苦さは残っていた。
実際には触れていない、唇が熱い。甘くて、苦くて、熱い。それでも、身体は正直で、横になると意識は遠くなった。
次に目覚めると、あたりはまた暗い。枕元には冷め切ったスープが置かれている。空腹感は無く、けれど何か口に入れた方が良いと思う位には体調は戻ってきている。
小さなノックの音がして、リオネット様が入ってきた。
「起きていましたか」
手には湯気の出ているおかゆのような物。
「ずっと眠っていらしたので、そろそろかと思いまして」
「今目覚めたばかりです。ありがとうございます」
時計を見ると一時を過ぎている。18時間以上は寝ていたらしい。
「アッシャーが先程までずっと看ていたんですよ。今の彼は魔力が多い。流石に口移しでは無く、手から緩徐にですが魔力を送っていました」
「アッシャー、部屋から出れたんですね」
「……貴女の事をとても心配していた」
渡されたお粥を一口食べる。熱いけれど、身体に染み渡る。
「アッシャーは仮面の私が好きな様でした。私はどうすべきでしょうか?」
「どうしたいかは、貴女が決める事です」
それはそうだ。
「……ただ、夢を通わせるのは負担が大きい。お望みでしたら、仮面の君とアッシャーを会わせる機会を作りましょうか?」
私は……、アッシャーが好きだ。例え我儘でも、仮面の私で無くてカリンを見て欲しい。それに、単純に嘘をついている事も苦しい。隠し事がある事自体が、彼を傷つけている気がしてしまう。
もう一度、仮面の娘として彼に会う。そこで、全てを決めてしまわなければ。
「よろしく、お願いします」
「分かりました」
リオネット様は「失礼します」と言って、指先を、私の胸、心臓の上に当てた。その目から、それは私の状態を診ているのが分かって、私はそれをじっと待つ。
「……素晴らしい。流石アッシャー。カリンの魔力が満ちています。食事を摂ったら、またお休みください。後はカロリーを巡らせるのみ。明日朝には食欲も戻るでしょう」
少し興奮する様な好奇心を覗かせてリオネット様はそう言った。明日には元通り。それは、ほんの少し怖い響きに感じる。
翌朝、リオネット様の見立てに違わず体調は回復した。いろんな加護の耐性も戻ったのか、昨日まで悩まされていた気持ちも大分落ち着いている。それをリオネット様に報告したらナルさんと面会する事になった。
「なんか、……輝いてるね、ナルさん。どうして?」
「恐らくまだ色香の耐性が完璧では無いのでしょう」
部屋に入ってきたナルさんは、キラキラしていた。光り輝いて、若干、目が痛い。
「なんか、ありがたい感じ。会ったこと無いけど神様的な。拝んで良い?なんかご利益ありそう」
「流石にご利益はありません。我が君に拝まれるのは、非常に居心地が悪いので、できましたら辞退させていただく思います」
そりゃ、そうですね。
「我が君のご帰還とご回復、心よりお喜び申し上げます」とナルさんは膝をついた。
「そういえば雨情の様子知ってる?リオネット様は意味ありげに微笑んで、教えてくれなかったんだけど」
「雨情……、カリン様を助けたあの者ですね。目を痛めたので、リオネットが義眼を施していたはずです。なんでも魔具のゴーグルの機能持たせるとかなんとか。手術は過酷ですが、我が君に集う者は流石と言わざるを得ない。本日より眼帯も取れると聞いておりますので、後ほど参じる事と思います」
いつの間にそんな事に?ありがたいけど、雨情は無事だろうか。
「西の方では兄君は見つからなかったと聞きました。回復されれば次は東を探されるのですか?」
「うん、そう、だね」
時間の歪みの問題はあるけれど、やる事は変わらない。
「我が君?いかがされましたか?」
「何でもないよ。ありがとう」
ナルさんに今言っても仕方がない事だ。
「……、ご回復直後に失礼をいたしますが、兄ナギアより、手紙と言伝を預かっております」
ナルさんは少し悩ましげな顔になった。
「今朝、カリン様が女性であった事と、聖女に能わなかった事が女王陛下より公にされました。それに伴って、愚兄が私の見合いのパーティーを開きたいと申しております」
「え?私が女だって事と、ナルさんのお見合いに何の関係が?」
「百年ほど前のサンダーランドの主人が僕に恋慕し、子孫を残さなかった例を危惧しているのだと思います」
そういえば、そんな話があった。
「すでに何度も開かれている催しですので、それで見つかるとも思えないのですが、我が君が私を束縛していると勘違いさせると後々お手を煩わせる事になるかと思います。東へ早々に立ちたいと思っておりますが、愚兄の茶番のために出立を1週間遅らせていただけないでしょうか?」
「構わないよ。1週間後にあるの?」
「……はい。リオネットにも確認しましたが、ちょうどカリン様の体調調節にも大事をとった方が良いという事と、……何故か当日、庭を貸して欲しいと言われました。女王陛下の発表も、リオネットが一枚噛んでいる様なので、念のため心にお留めください」
仮面の私とアッシャーを会わせる気だ。
「分かった。ありがとう。それにしても……」
恭しく頭をナルさんは下げているんだけど、
「なんか御説法とか聞いてる気分になれるね」
色香というスキルなのに、色香から一番遠い気分になれる……。今、座禅を組んだら、……、警策でぼこぼこにされるイメージしか出てこないな、うん?おかしいぞ。
「……それでは御前を失礼します」
ナルさんは扉の方を気にしながら、早々に戻って行った。何か用事が押してるのかな?と見送ると、入れ替わりにアッシャーが入ってきた。
「よぉ、調子はどうだ?」
「アッシャー」
「久しぶりだな」
カリンと会うのは久しぶり……、満月の夜の事を私は知らない事になっている。
「魔力送ってくれて、ありがとう」
「……覚えてるのか?」
アッシャーの顔が真っ赤になった。あれ?
「ううん、昨日の夜、リオネット様がお粥を届けてくれた時に昨日一日、手から魔力を送ってくれてたって聞いて」
「あ、ああ、そうか。いや、あれくらい何でもねぇよ」
ベッドの近くの椅子にどかっと座っても、彼は目線が泳いでいる。何故?
「……寝たきりのお前見て、正直焦った。あんま無理すんじゃねぇよ」
「ごめん、それと屋敷からも出ちゃった事も」
「ああ?」
「屋敷から出るなって言われたのに、クラリス陛下について行っちゃって、コレだからね」
「まぁ、女王陛下に呼び出されたんじゃあ断れねぇよな。俺らが甘かった」
やっぱり、と思った。これは、多分というか絶対。
「リオネット様はこうなる事知ってた的な?」
「……」
アッシャーは絶句した。視線が重なると彼の考えてる事は筒抜けだ。あれだけナルさんに念押ししていたリオネット様は不自然だったし、アッシャーが甘かったと思う位には何か起きる事は予測していたとしか思えない。
「私が頼りないの分かるけど、何も言ってもらえないのは寂しいよ」
アッシャーはベッドの私を引き寄せて、胸に抱いた。心臓が跳ねて、アッシャーの香りに包まれる。
「悪りぃ、今は言えねぇんだ。時期が来たら絶対言うから。それまでは、俺が側にいて、危ない目にはもう遭わせたりしない」
安心しながらもドキドキする。両方が同時に成立する不思議な感覚。すぐ近くにアッシャーの吐息を感じて、アッシャーの真剣な瞳が私を見ていて……、
私はアッシャーに口付けた。
今度は前回ほど意識は飛んでない。アッシャーは驚いた顔をしたけれど、目を閉じた。
いけない事だ。アッシャーの責任感を盾にしている。
アッシャーが好きなのはカリンじゃ無いのに。分かっていても、止まれない。
「……お疲れ様でした」
リオネット様はすぐ側で私を見下ろしていた。
「……魔力は少ない。けれど尽きてしまうほどでもありません。アンズ殿が緩やかに貴女に送ってゆく。……私からの魔力を望みますが?」
顔を振ったつもりだけれど、動かない。リオネット様は、微かに笑んだ。
「あちらの様子は見せていただきました。ここで無理矢理、と言うほどの鬼でもありませんよ」
そう言って彼は部屋を出て行った。
苦しい。乾きが酷い。それと、アッシャーの言葉。アッシャーは、仮面の娘が好き……という事に、私は苦しさを覚えた。
深窓の姫はまやかしだ。彼の支える必要があるなら消える訳にもいかない。けれど、それはカリンにとっては、苦しい。
長い夜の、明け方近くにようやく私は起き上がって水を飲めるようになった。喉が潤ってなお、苦さは残っていた。
実際には触れていない、唇が熱い。甘くて、苦くて、熱い。それでも、身体は正直で、横になると意識は遠くなった。
次に目覚めると、あたりはまた暗い。枕元には冷め切ったスープが置かれている。空腹感は無く、けれど何か口に入れた方が良いと思う位には体調は戻ってきている。
小さなノックの音がして、リオネット様が入ってきた。
「起きていましたか」
手には湯気の出ているおかゆのような物。
「ずっと眠っていらしたので、そろそろかと思いまして」
「今目覚めたばかりです。ありがとうございます」
時計を見ると一時を過ぎている。18時間以上は寝ていたらしい。
「アッシャーが先程までずっと看ていたんですよ。今の彼は魔力が多い。流石に口移しでは無く、手から緩徐にですが魔力を送っていました」
「アッシャー、部屋から出れたんですね」
「……貴女の事をとても心配していた」
渡されたお粥を一口食べる。熱いけれど、身体に染み渡る。
「アッシャーは仮面の私が好きな様でした。私はどうすべきでしょうか?」
「どうしたいかは、貴女が決める事です」
それはそうだ。
「……ただ、夢を通わせるのは負担が大きい。お望みでしたら、仮面の君とアッシャーを会わせる機会を作りましょうか?」
私は……、アッシャーが好きだ。例え我儘でも、仮面の私で無くてカリンを見て欲しい。それに、単純に嘘をついている事も苦しい。隠し事がある事自体が、彼を傷つけている気がしてしまう。
もう一度、仮面の娘として彼に会う。そこで、全てを決めてしまわなければ。
「よろしく、お願いします」
「分かりました」
リオネット様は「失礼します」と言って、指先を、私の胸、心臓の上に当てた。その目から、それは私の状態を診ているのが分かって、私はそれをじっと待つ。
「……素晴らしい。流石アッシャー。カリンの魔力が満ちています。食事を摂ったら、またお休みください。後はカロリーを巡らせるのみ。明日朝には食欲も戻るでしょう」
少し興奮する様な好奇心を覗かせてリオネット様はそう言った。明日には元通り。それは、ほんの少し怖い響きに感じる。
翌朝、リオネット様の見立てに違わず体調は回復した。いろんな加護の耐性も戻ったのか、昨日まで悩まされていた気持ちも大分落ち着いている。それをリオネット様に報告したらナルさんと面会する事になった。
「なんか、……輝いてるね、ナルさん。どうして?」
「恐らくまだ色香の耐性が完璧では無いのでしょう」
部屋に入ってきたナルさんは、キラキラしていた。光り輝いて、若干、目が痛い。
「なんか、ありがたい感じ。会ったこと無いけど神様的な。拝んで良い?なんかご利益ありそう」
「流石にご利益はありません。我が君に拝まれるのは、非常に居心地が悪いので、できましたら辞退させていただく思います」
そりゃ、そうですね。
「我が君のご帰還とご回復、心よりお喜び申し上げます」とナルさんは膝をついた。
「そういえば雨情の様子知ってる?リオネット様は意味ありげに微笑んで、教えてくれなかったんだけど」
「雨情……、カリン様を助けたあの者ですね。目を痛めたので、リオネットが義眼を施していたはずです。なんでも魔具のゴーグルの機能持たせるとかなんとか。手術は過酷ですが、我が君に集う者は流石と言わざるを得ない。本日より眼帯も取れると聞いておりますので、後ほど参じる事と思います」
いつの間にそんな事に?ありがたいけど、雨情は無事だろうか。
「西の方では兄君は見つからなかったと聞きました。回復されれば次は東を探されるのですか?」
「うん、そう、だね」
時間の歪みの問題はあるけれど、やる事は変わらない。
「我が君?いかがされましたか?」
「何でもないよ。ありがとう」
ナルさんに今言っても仕方がない事だ。
「……、ご回復直後に失礼をいたしますが、兄ナギアより、手紙と言伝を預かっております」
ナルさんは少し悩ましげな顔になった。
「今朝、カリン様が女性であった事と、聖女に能わなかった事が女王陛下より公にされました。それに伴って、愚兄が私の見合いのパーティーを開きたいと申しております」
「え?私が女だって事と、ナルさんのお見合いに何の関係が?」
「百年ほど前のサンダーランドの主人が僕に恋慕し、子孫を残さなかった例を危惧しているのだと思います」
そういえば、そんな話があった。
「すでに何度も開かれている催しですので、それで見つかるとも思えないのですが、我が君が私を束縛していると勘違いさせると後々お手を煩わせる事になるかと思います。東へ早々に立ちたいと思っておりますが、愚兄の茶番のために出立を1週間遅らせていただけないでしょうか?」
「構わないよ。1週間後にあるの?」
「……はい。リオネットにも確認しましたが、ちょうどカリン様の体調調節にも大事をとった方が良いという事と、……何故か当日、庭を貸して欲しいと言われました。女王陛下の発表も、リオネットが一枚噛んでいる様なので、念のため心にお留めください」
仮面の私とアッシャーを会わせる気だ。
「分かった。ありがとう。それにしても……」
恭しく頭をナルさんは下げているんだけど、
「なんか御説法とか聞いてる気分になれるね」
色香というスキルなのに、色香から一番遠い気分になれる……。今、座禅を組んだら、……、警策でぼこぼこにされるイメージしか出てこないな、うん?おかしいぞ。
「……それでは御前を失礼します」
ナルさんは扉の方を気にしながら、早々に戻って行った。何か用事が押してるのかな?と見送ると、入れ替わりにアッシャーが入ってきた。
「よぉ、調子はどうだ?」
「アッシャー」
「久しぶりだな」
カリンと会うのは久しぶり……、満月の夜の事を私は知らない事になっている。
「魔力送ってくれて、ありがとう」
「……覚えてるのか?」
アッシャーの顔が真っ赤になった。あれ?
「ううん、昨日の夜、リオネット様がお粥を届けてくれた時に昨日一日、手から魔力を送ってくれてたって聞いて」
「あ、ああ、そうか。いや、あれくらい何でもねぇよ」
ベッドの近くの椅子にどかっと座っても、彼は目線が泳いでいる。何故?
「……寝たきりのお前見て、正直焦った。あんま無理すんじゃねぇよ」
「ごめん、それと屋敷からも出ちゃった事も」
「ああ?」
「屋敷から出るなって言われたのに、クラリス陛下について行っちゃって、コレだからね」
「まぁ、女王陛下に呼び出されたんじゃあ断れねぇよな。俺らが甘かった」
やっぱり、と思った。これは、多分というか絶対。
「リオネット様はこうなる事知ってた的な?」
「……」
アッシャーは絶句した。視線が重なると彼の考えてる事は筒抜けだ。あれだけナルさんに念押ししていたリオネット様は不自然だったし、アッシャーが甘かったと思う位には何か起きる事は予測していたとしか思えない。
「私が頼りないの分かるけど、何も言ってもらえないのは寂しいよ」
アッシャーはベッドの私を引き寄せて、胸に抱いた。心臓が跳ねて、アッシャーの香りに包まれる。
「悪りぃ、今は言えねぇんだ。時期が来たら絶対言うから。それまでは、俺が側にいて、危ない目にはもう遭わせたりしない」
安心しながらもドキドキする。両方が同時に成立する不思議な感覚。すぐ近くにアッシャーの吐息を感じて、アッシャーの真剣な瞳が私を見ていて……、
私はアッシャーに口付けた。
今度は前回ほど意識は飛んでない。アッシャーは驚いた顔をしたけれど、目を閉じた。
いけない事だ。アッシャーの責任感を盾にしている。
アッシャーが好きなのはカリンじゃ無いのに。分かっていても、止まれない。
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