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 雨情とリオネット様が急接近している。そりゃ、私がお願い事してんだから当然なんだけど、なんかもうずっと四六時中一緒にいるか、リオネット様に指示されて動いてるかどっちかの感じ。
 何か弱味でも握られてるのでは無いかと思って雨情に聞くが、

「いや?利害の一致やな。あん人は、かなり話せる」

 と言われるし、別の機会にリオネット様に雨情の事を聞くと、

「性能テストの優秀なモニター以上ですね。対価が明確で中々クレバーだ。そして彼と私の目的はほぼ一致している。同好の士と言っても良いかもしれない。彼を連れてきたカリンには感謝です」

 とか言われた。
 もう、つうつうの仲になってしまってアッシャーの怨嗟疑惑は私から取り上げられてる状態。

 アッシャーはアッシャーであれから油断を仕掛けてくる事もなく、深く考えれば私が勘づいた事をアッシャーが気取るから、私を外して進めている、とも見えなくは無い。

 でも、雨情が怨嗟では無いと思うと言っていた勘が外れてる感じもしないし、そもそも雨情達は違う事を進めている様に思える。

 ナルさんの動きも変だった。索冥を見かける事は無くなったし、ナルさん本体もしょっちゅう所在不明。サンダーランドと行き来している様だけど、サンダーランドはナギア様が仕切っているからそこまでの仕事は無い筈だ。
 アッシャーは私とアンズの訓練と、自身の訓練に勤しんでいる。
 これは確かに新しい魔力量を得たんだから当然の動きだし、結局私だけよくわからない状態だ。
 良くわからないまま1週間は過ぎて行き、仮面の娘としてアッシャーに対峙する日はやってきた。

 緊張する。

 夢の中では取り繕い難いが、実際に会えば偽る事は随分と簡単だ。仮面にはリオネット様に油断に対抗する魔法はかけてもらった。仮面自体を外しては意味が無いと言われたが、外す事は無かろう。
 そもそも魔力が強いとは思われてないから、油断をしかけてくるとは考え難い。一応、色香に惑わないのが仮面によるものだと思われたら不味いかも知れないが。

 まぁ、外されてしまえば即バレで、危険が有れば雨情達に助けてもらえる事にはなっている。
 雨情は「絶対大丈夫やから」と言っていたんだけど、その顔が毎回少し痛みのある笑顔にも見えて、緊張は高まってくる。

 ナルさんのお見合いパーティーの、華やかな楽曲が微かに聴こえてくる庭でアッシャーは待っていた。

「俺が貴女に実際にお会いしたのは、随分前になるんですね。もう風が違う。夏が終わる」
「そう思うと不思議な感じがします。同じ夜だと言うのに」

 びりっと仮面が震えた。これは、いきなり最大出力で油断を仕掛けてきている?
 なぜ?

「どうして、私にスキルを使おうとされてるのですか?」
「バレていましたか。貴女の心の仮面を剥ぐため、です」
「私の心の仮面?」
「俺は貴女の本心が欲しい」

 爽やか笑顔でとんでもない事言い始めたよ。

「それは勝手ですね、私の唇を無断で奪った事を許した訳ではありません」

 私は2回もアッシャーにやらかしたけどね。謝罪はしました。

 アッシャーは目を丸くして、それからふっと笑った。

「仕方のない人だ」

 は?なぜ、そこで苦笑?

「俺は貴女が好きです、とても。手に入れたいと思っている」

 そんなに好きなら、カリンのキスを受け入れたりはしないで欲しい。
 加護を受けている身でありながら、それでも熱っぽく愛を囁かれれば、私は辛さを感じる。好きな人に好きと言われるドキドキ感と、それが誠実でない事の締め付け感。素の私なら、それでも良いから愛されたいとか言い出しかねない、甘い言葉。

「俺が嫌いですか?」

 嫌いです。好きすぎて、苦しくて、心の底から大っ嫌いな愛する人。

「……もう、お会いできません」
「え?」

 そう言ってペンダントをアッシャーに渡した。アッシャーは会えないと言いながら、無意識に会おうとした。それとは違うのだと言う意思表示だ。

「私はあなたに酷い嘘をついている。誠実ではありませんでした。なのに、それを明らかにする事もつまびらかに話す事が出来る程の勇気もありません」
「姫」
「がっかりして、嫌いになってください」

 これで、おしまい。アッシャーには仮面の姫が居なくても、リオネット様もナルさんもいる。会えなくなれば、どれ程の魔力を得たとしても仮面の私は手に入れられない。そもそも存在しない幻だから。

「嫌いになれ、はえんじゃねぇの?」

 アッシャーは苦笑した。

「私はあなたが嫌いです。それではさようなら」

 踵を返して走る。今日は立ち位置からしてアッシャーと距離があったし、庭の端の垣根を越えれば、アンズが待機してくれているはず。そこから低く滑空して、門を出れば私は消えた事に……。

 あれ?

 走った先に、アンズは居ない。どう言う事?

「それで逃げられると思ったのか?」

 後ろから追いついたアッシャーが抱くように胸に閉じ込めた。加護が振り切れそうだ。油断が侵食してくる。

「離して……」
「姫の右手はそう言ってない」

 回されたアッシャーの手を私の右手は振り払おうともせず、恋いて握りしめていた。

 やばい。色々といけない。これで仮面でも外されれば、私の理性は絶対飛ぶ。
 みしみしと仮面が軋む音がして、アッシャーがまた油断を仕掛けているのが判る。

「そんな震えんなよ。悪かった。カリン」

 カリン?

「知ってたよ。ずっと。俺をアッシャーと呼ぶその声を、俺が聞き間違える訳ないだろうが」

 ちょっと待って、それっていつから?

「そもそも前回夢で会った時も俺にはカリンの姿に見えてた。伏せってるはずのお前を見て、そんな状態のお前が仮面の姫として俺の前に立ちたいんだと思ったから、合わせてたんだよ」

「そんな」

「それがお前を追い詰めてたってリオンから聞いて、今日ここで仮面を外させる予定にしてた」

 リオネット様もそっち側?!それは恥ずかしい。恥ずかし過ぎる。

「耳まで赤いぞ。この状況でリオンの名前で赤面するのねぇわ」

 一拍気づくのが遅かった。慌てて顔を手で押さえた時には仮面はアッシャーの手の内に。

「言っとくが、俺は嘘は言ってねぇよ。カリンの命を救うために魂を売った。次はカリンの心を得るために魂を売りかねないと思ってた」
「う、売らなくても、もう手に入ってるんだけど」
「知ってる」

 アッシャーは私に口付けた。

「もう、お前は俺のものだ」
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