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 いつもより広めのアンズさんの背中の上で、アンズのデータを教えてもらう。

 私が飛ばされた後、アンズの魔力を上げるのは無事成功し、その後アンズはかなり長い時間休息に当てていたらしい。索冥も同様で、2人が回復してから人型の訓練となった。この間アンズには私が行方不明とかは知らされておらず、人型が安定してできる様になった!と思ったらズタボロの私が帰ってきてびっくりという状況だった。
 魔法関連は魔力の出力をあげられるようになったから強い魔法が使いやすくなった事と、同時に慣れるまで細かい弱い魔法はミスが多くなるから注意という事だ。

「それとアンズは成獣だが、獣の形態時の最大の大きさは魔力量に依存して大きくなるんだと。今なら最大で民家程度の大きさになるっつー試算だ。まぁコントロール可能だから、今まで通りで基本イケると思うがって、おい」

 凄い。おおきいあかい、あの犬に乗る夢が叶う……。

「てめぇ、今、話聞いてたか?」
「聞いてた聞いてた!すごく大きくなれるって」
「お前、ちっこいもんだけじゃ無くて、でかいもんも好きなのか」
「ふわふわモフモフはなんでもござれ」
「はぁ。節操ねぇな」

 ひどい。

「私はアンズだから大きくても小さくても可愛いと思ってるんだもん。そりゃモフモフ全般好きだけど、アンズは特別!」
「へぇ?」

 語感に笑みが帯びたと思ったら、私は後ろから抱きすくめられた。

「俺は特別じゃねぇの?」

 ぎゃー!

「アッシャー、言おうと思ってたけど、色香切ってなくない?ダメだよ、そんなの。団体行動なんだし、アンズも聞いてるんだから」

 気障ったらしいセリフがすごく似合う容姿と声をしてはいるが、双刃過ぎる。

「しゃあねぇな」

 どくんっと心臓が跳ねた。

「――っ!アッシャー、油断使わない!」
「バレたか」

 構って欲しいからって、私の方に仕向けるたぁどういう了見だ。

「つ、使っても良い時と悪い時があるでしょ!外だし、2人きりでもないし!」
「2人きりなら良いんだな?それから、昨日も外だったぜ?」

 ひぃっ!墓穴!

「とにかく、万年発情期みたいなのは嫌!」
「ちっ、しゃあねぇな」

 すっとドキドキが下がった。とは言え、油断の影響はすぐに抜け切る訳じゃ無い。
 しかも、そこはかとなく、ナルさんに見えた後光的なのもちょっと見えてる。これはダメだ。横向きに座り直して、アッシャーの目を見る。

「色香、切って」
「切ると不味いんだよ」

 不味いって何が?もやっとした。いやいや、これはちゃんと話し合わねば。喧嘩してはいけない。でも、まだ油断抜け切ってないから、恥ずかしさで目が潤むんだよ。

「……アッシャーが街に着いた時、ナルさんみたいに女の子に追っかけられるのヤダよ。ただでさえ、アッシャーの人気高いから」

 聞こえたかな?あんまり大きい声では言えなかったんだけど。ドキドキが強くて、アッシャーの服を少し握る。

 ぼんっ。

 真横から音が聞こえた。何?

 アッシャーを見ると、茹で蛸の方が色白レベルの顔色になったアッシャーが右手で自分の顔を隠す様に額を支えていた。

「こ、これでいいか!?あんま見んなよ!羞恥抑制ねぇと、こうなんだよ!」

 え?あわあわしてる……?

「アッシャー?」
「んだよ?」
「可愛い」

 ぼんっ。

 やばい。新しいおもちゃ見つけちゃった。


 さて、しばらく笑っていたら、だんだんとアッシャーの顔色は戻ってきた。そうなると次は目的地の事に話題は移る。

 今回の目的地の東の森は街からかなり離れてはいるが、森は街にとって魔石資源の源。
 目的が兄様探しでも、街を治める貴族の許可がいる。

「まずは街を治めている方にご挨拶に行くんだよね?どんな人なの?」
「ロイヤルグレイス公はマンチェスターやサンダーランドとは大分毛色が違う人、だな。あんまり会った事はねぇが、噂は良くは無い」

 ロイヤルグレイスと言われて、聞き直そうかと思った。経験上、名前は恐らくそのままの音である場合と意味が翻訳されて聞こえている場合がある。
 例えば、マンチェスター家だとイギリスのマンチェスターの都市が私の頭の中にあるため、その地域の雰囲気に似た都市を治めている家、程度の意味だ。ラテン語の由来まで深く突っ込んではない、へっぽこ翻訳機能があてがった名前なので、加護が無ければ違う様に聞こえてると思われる。リオネットやアッサムと言う名前の音は恐らくそのままの音だと思う。意味が関連付けられないし、そもそも翻訳機能がつく前からアッシャーはアッシャーと聞こえていた。

 そこにロイヤルグレイス。王の様に気高く女神の様に優美。凄い名前だ。貴族の名前と土地の名前は陛下に許可をもらえれば、自分達で好きにつけられるそうなので、多分自分達の趣味でつけているのだろう。昔からその地方がそう呼ばれていたから、苗字にしましたレベルのマンチェスターとはかなり違いそう。

 そして、到着してすぐにその予感は的中した。

「ロイヤルグレイス殿とは本日面会を申し入れていたはずですが?」
「恐れ入りますが、主人は本日気分がすぐれません。また後日」

 リオネット様の目の前で城の扉は閉められた。怖い物知らず過ぎないか?

「仕方ありません。本日は街で泊まり、明日また出直しましょうか」

 意外にもリオネット様は怒ってない。

「ほなら、宿の確認もしてきますわ。ついでに魔石ハンターの登録もしてきますんで、ちょっと茶でもしばいといてください」

 雨情ナチュラルにリオネット様の手足になってる。フットワーク軽く街に消えていった雨情を見送って、手近なカフェに入った。すると私とアッシャー、リオネット様とナルさんで席はするりと分けられてしまった。
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