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「ここまでハッキリしてると笑えるよな」
「うん、わかりやすくていっそ清々しい」
アッシャーは笑いを堪えられなかったし、私だって笑ってしまう。私達の席が特別悪いものでは無く、リオネット様とナルさんがVIP席に案内されただけだった。1番上の、景色が良さそうだけど、皆から見上げられる位置の席がVIPなお席だ。ナルさん達の方が隔離されてる感まである。
例え良い席でも、あの席では寛げない。アッシャーも普通に注文していたので、私もビスケットセットを頼んだ。これなら後でアンズにもあげられる。流石に飲食店でモフモフが出てきてはいけないだろう。
上の方ではナルさんが何やらボーイさんを捕まえて抗議している様だが、ここまでは内容までは聞こえてこない。
私達は原石で身分が低いが、貴族だから帳消しでこの席と言ったところか。馬鹿にされる訳でも無く、虐げられるほどでも無い。平民はそもそも入ってこれない立地で、原石や異世界人は貴族に養子になるから不満もでにくいだろう。
明らかに貴族な人達は初めから上の世界の人として区分されているので、比べる気も起きないってか。ある意味平和かもね、と思ってお茶を飲んでいると、目がハートのギャラリーを引き連れて、二人が降りてきた。
「連れが下にいるからとナルニッサがボーイを説得してくれました」
そのボーイさんの目は……、ああ、色香のせいでナルさん教にご入信ね。
そのリオネット様は薔薇笑顔だ。何か企んでいらっしゃる……?
「リオネット様?」
「この地域はサブカル小説が私のものしか浸透しませんでしたので、影響力がまだまだですね。ナルニッサの小説も広める事にしましたので、コマーシャルしましょう」
とうとう隠しもしなくなった。
「ナルニッサと私は平民へのアピール、カリンとアッシャーは貴族へのアピールを行います。2人とも、色香のスキルをマックスまで上げてください」
「それはしない」
ナルさんが了解の返答の代わりにスキルを上げた横で、アッシャーは間髪入れずに断った。
「アッシャー?これはお仕事です」
「リオン、俺はスキルで女の気を引く様な事はしない」
すぅっとリオネット様の口角が下がった。場の空気が冷える。
「私がアッシャーにお願いしたの。魔力強くなっても色香を使うのは嫌だって」
「違う、俺が不要だと思っている」
リオネット様は私達の様子を見てため息をついたが、さっきの冷えた空気は消えた。代替案出さないと。アッシャーを後ろから打つ真似はしたく無いけど、リオネット様の邪魔をしたい訳では無い。
「……アッシャー、お前は色香のスキルを勘違いしている」
色香をマックス放出したナルさんは、いつもは辛うじて見られるなけなしの謙虚さも無かった。悠然と脚を組むと、惜しみない鷹揚な笑顔で、たまたまこちらを見ていただけの隣のテーブルのご婦人をノックダウンさせた。
「色香は元々群れの統率のためのスキルだ。畏敬、尊敬、敬愛を主軸とし、その憧れゆえに恋心も励起させる物。異性を惹きつけるためのスキルではない」
「そうだろうが、それでも結果的に不要なちょっかい出されるんなら面倒だ。万一にでも、カリンに手出しされたら困るだろ」
「……あり得ないな」
ナルさん長い髪をかき上げて、入り口から入ってきた恰幅の良いなおじさまを秒でナルさん教に入信させた。
「我が一族は多産でありながら、パートナーは生涯一人。魔力の強い子を求めるという大義名分で愛人を囲う下賤な貴族は論外だが、過ちすら起きない。何故だかわかるか?」
「い、いや……?」
ナルさんのペースにアッシャーは若干引き込まれてる。いくら魔力が強くなっても色香の素地が強いのはナルさん。アッシャー、もしかして、ナルさん教に入りかけ?
「色香は己のパートナーを顕示する能力でもあるからだ。色香を用いてパートナーを広く知らしめると、基本的に恋慕の情を異性から集める効果は無くなる。そして、色香を受けた者も、そのパートナーには手出しが出来なくなる。……お前が色香を使う事に私は賛成だ。この地域では貴族の中ではカリン様やお前の地位は低く、麗しきカリン様に汚い手を出す不届な者がいてもおかしくはない」
そっか、それでナギア殿はキラキラしてなかったのか。と納得している私の横で、アッシャーは色香をマックスまで上げた。
「顕示する方法は?」
「仲睦まじく過ごせば良いんですよ」
リオネット様がにっこりと微笑んだ。
え?今なんか、とばっちり受けた?
結果カフェの中は地獄と化す。
一挙手一投足、全てに黄色い声援が飛ぶナルさん。
にこやかに笑顔を振り撒き、サインと握手、プロモーションに余念がないリオネット様は、ファンクラブ入会案内までやってのけている。
VIP席を乗っ取り、色香マックス状態のアッシャーに、その羞恥心抑制のせいで甘い接待を受ける私は、本当は逃げ出したい。
「VIPの席は、VIPじゃなきゃ座っちゃダメなんじゃ無いの?」
「ボーイはナルニッサの操り人形だし、俺の色香のスキルで周りの貴族も気にしてねぇ。貴族達に俺らの方の人気も上げなきゃなんねぇらしいから、これが最善だ」
「でも……」
アッシャーは耳元で囁く。
「今は、大人しく俺に口説かれとけ」
耳!人前で耳を甘噛みしないで!
どうせ後で恥ずかしくてのたうち回るのはアッシャーなんだから!
ロイヤルグレイスの城の前、一等地のカフェには次から次へと野次馬が入れ替わり立ち替わり。羞恥心抑制の加護があるのに、恥ずかしくて死にたい。
そこに救世主雨情が現れた。一階を探している様だ。彼は上の階には上がれない。
「あ、うじ……」
雨情と呼ぼうとして、その口をアッシャーに塞がれる。周りからは黄色い声が聞こえて来る。
「他の男見て、嬉しそうにしてんじゃねぇよ」
モウヤダ、タスケテ……。
「無事登録も宿の確認もできた様ですね。流石です」
「リオネット様にもろたこの目が役に立ちましたわ。ここはやっぱり、ちょっと俺らにはキビシイ土地ですわ」
ぐったりしながらみんなで店を出て、宿に向かう事になったが、雨情も雨情で何かあった様子。
しかし、案内してもらった宿は最高級。スイートルームで寝室は各自一部屋ずつある。これでゆっくりできる……。
「さて、それでは次の行動です」
リオネット様が何やら本気を見せていて、ゆっくり寝る事もままならず私とアッシャーはマンチェスター領に逆戻り。
「個人で使える怨嗟除去の機械を千個ほど運んできて下さい」とリオネット様は言っており、それはマンチェスターにすでに用意してあるとの事。つまり、これは事前に計画されてたって事?
「悪りぃな。カリンは宿で寝てても良かったんだが」
「ううん、アンズは雨情と魔石取りに行かせられちゃったし、リオネット様とナルさんは宿で謎作業してるのに一人だけ寝てる訳にはいかないよ。リオネット様に騎獣借りたから、帰り、騎獣に沢山で積んで一往復で済ませよう?それなら睡眠時間も確保しやすいよ」
「……そうだな」
アッシャーの返事は意味ありげだった。
翌日、全員寝不足のまま再度城へ突撃。
「主人は本日体調が……」以下略。
リオネット様はまだまだ余裕の笑み。というか、むしろ楽しそうな黒い笑顔。
「本日はこれを配ります」
宿に戻ると、リオネット様の寝室には大量の本と、雨情達がとってきた魔石、そして怨嗟除去の機械が積まれていた。怨嗟除去の機械は小型で、街に設置してある怨嗟除去装置とは違うものだ。
「これ、配るんですか?」
魔石は除去の機械の充電やらに使うらしい。充電して使える様にした機械を配るのはいい事だとは思うけど、この小説はなんだろう?
「公には早々に私達を招き入れなかった事を悔いていただきましょう」
くくくと笑うリオネット様は、花すら背負ってない。ロイヤルグレイス公に本気でムカついてたんだな、これは。ただ、悔やむ側に私達(除くリオネット様)全員組み入れられてるっぽい。
小説はナルさんのお話だ。特にいかがわしいものでも無く、前サンダーランドの信条から、それ故に代替わりした事、サンダーランドは豊かで自由で公平で、それは前サンダーランド統治の時代からである事。それ故に『穢れた血』も重用されてきた事。そういう事が書いてある。読みやすく、分かりやすい。そして、最後に申し訳程度に怨嗟除去の機械の使用方法が載っている。取説のオマケに小説が載っている、という体らしい。
「ナルニッサは本人そのものに物語性のある人間ですから、その位の方が良いんですよ。カリンと違って」
私の小説での扱いってどんなんなんでしょうか?
「うん、わかりやすくていっそ清々しい」
アッシャーは笑いを堪えられなかったし、私だって笑ってしまう。私達の席が特別悪いものでは無く、リオネット様とナルさんがVIP席に案内されただけだった。1番上の、景色が良さそうだけど、皆から見上げられる位置の席がVIPなお席だ。ナルさん達の方が隔離されてる感まである。
例え良い席でも、あの席では寛げない。アッシャーも普通に注文していたので、私もビスケットセットを頼んだ。これなら後でアンズにもあげられる。流石に飲食店でモフモフが出てきてはいけないだろう。
上の方ではナルさんが何やらボーイさんを捕まえて抗議している様だが、ここまでは内容までは聞こえてこない。
私達は原石で身分が低いが、貴族だから帳消しでこの席と言ったところか。馬鹿にされる訳でも無く、虐げられるほどでも無い。平民はそもそも入ってこれない立地で、原石や異世界人は貴族に養子になるから不満もでにくいだろう。
明らかに貴族な人達は初めから上の世界の人として区分されているので、比べる気も起きないってか。ある意味平和かもね、と思ってお茶を飲んでいると、目がハートのギャラリーを引き連れて、二人が降りてきた。
「連れが下にいるからとナルニッサがボーイを説得してくれました」
そのボーイさんの目は……、ああ、色香のせいでナルさん教にご入信ね。
そのリオネット様は薔薇笑顔だ。何か企んでいらっしゃる……?
「リオネット様?」
「この地域はサブカル小説が私のものしか浸透しませんでしたので、影響力がまだまだですね。ナルニッサの小説も広める事にしましたので、コマーシャルしましょう」
とうとう隠しもしなくなった。
「ナルニッサと私は平民へのアピール、カリンとアッシャーは貴族へのアピールを行います。2人とも、色香のスキルをマックスまで上げてください」
「それはしない」
ナルさんが了解の返答の代わりにスキルを上げた横で、アッシャーは間髪入れずに断った。
「アッシャー?これはお仕事です」
「リオン、俺はスキルで女の気を引く様な事はしない」
すぅっとリオネット様の口角が下がった。場の空気が冷える。
「私がアッシャーにお願いしたの。魔力強くなっても色香を使うのは嫌だって」
「違う、俺が不要だと思っている」
リオネット様は私達の様子を見てため息をついたが、さっきの冷えた空気は消えた。代替案出さないと。アッシャーを後ろから打つ真似はしたく無いけど、リオネット様の邪魔をしたい訳では無い。
「……アッシャー、お前は色香のスキルを勘違いしている」
色香をマックス放出したナルさんは、いつもは辛うじて見られるなけなしの謙虚さも無かった。悠然と脚を組むと、惜しみない鷹揚な笑顔で、たまたまこちらを見ていただけの隣のテーブルのご婦人をノックダウンさせた。
「色香は元々群れの統率のためのスキルだ。畏敬、尊敬、敬愛を主軸とし、その憧れゆえに恋心も励起させる物。異性を惹きつけるためのスキルではない」
「そうだろうが、それでも結果的に不要なちょっかい出されるんなら面倒だ。万一にでも、カリンに手出しされたら困るだろ」
「……あり得ないな」
ナルさん長い髪をかき上げて、入り口から入ってきた恰幅の良いなおじさまを秒でナルさん教に入信させた。
「我が一族は多産でありながら、パートナーは生涯一人。魔力の強い子を求めるという大義名分で愛人を囲う下賤な貴族は論外だが、過ちすら起きない。何故だかわかるか?」
「い、いや……?」
ナルさんのペースにアッシャーは若干引き込まれてる。いくら魔力が強くなっても色香の素地が強いのはナルさん。アッシャー、もしかして、ナルさん教に入りかけ?
「色香は己のパートナーを顕示する能力でもあるからだ。色香を用いてパートナーを広く知らしめると、基本的に恋慕の情を異性から集める効果は無くなる。そして、色香を受けた者も、そのパートナーには手出しが出来なくなる。……お前が色香を使う事に私は賛成だ。この地域では貴族の中ではカリン様やお前の地位は低く、麗しきカリン様に汚い手を出す不届な者がいてもおかしくはない」
そっか、それでナギア殿はキラキラしてなかったのか。と納得している私の横で、アッシャーは色香をマックスまで上げた。
「顕示する方法は?」
「仲睦まじく過ごせば良いんですよ」
リオネット様がにっこりと微笑んだ。
え?今なんか、とばっちり受けた?
結果カフェの中は地獄と化す。
一挙手一投足、全てに黄色い声援が飛ぶナルさん。
にこやかに笑顔を振り撒き、サインと握手、プロモーションに余念がないリオネット様は、ファンクラブ入会案内までやってのけている。
VIP席を乗っ取り、色香マックス状態のアッシャーに、その羞恥心抑制のせいで甘い接待を受ける私は、本当は逃げ出したい。
「VIPの席は、VIPじゃなきゃ座っちゃダメなんじゃ無いの?」
「ボーイはナルニッサの操り人形だし、俺の色香のスキルで周りの貴族も気にしてねぇ。貴族達に俺らの方の人気も上げなきゃなんねぇらしいから、これが最善だ」
「でも……」
アッシャーは耳元で囁く。
「今は、大人しく俺に口説かれとけ」
耳!人前で耳を甘噛みしないで!
どうせ後で恥ずかしくてのたうち回るのはアッシャーなんだから!
ロイヤルグレイスの城の前、一等地のカフェには次から次へと野次馬が入れ替わり立ち替わり。羞恥心抑制の加護があるのに、恥ずかしくて死にたい。
そこに救世主雨情が現れた。一階を探している様だ。彼は上の階には上がれない。
「あ、うじ……」
雨情と呼ぼうとして、その口をアッシャーに塞がれる。周りからは黄色い声が聞こえて来る。
「他の男見て、嬉しそうにしてんじゃねぇよ」
モウヤダ、タスケテ……。
「無事登録も宿の確認もできた様ですね。流石です」
「リオネット様にもろたこの目が役に立ちましたわ。ここはやっぱり、ちょっと俺らにはキビシイ土地ですわ」
ぐったりしながらみんなで店を出て、宿に向かう事になったが、雨情も雨情で何かあった様子。
しかし、案内してもらった宿は最高級。スイートルームで寝室は各自一部屋ずつある。これでゆっくりできる……。
「さて、それでは次の行動です」
リオネット様が何やら本気を見せていて、ゆっくり寝る事もままならず私とアッシャーはマンチェスター領に逆戻り。
「個人で使える怨嗟除去の機械を千個ほど運んできて下さい」とリオネット様は言っており、それはマンチェスターにすでに用意してあるとの事。つまり、これは事前に計画されてたって事?
「悪りぃな。カリンは宿で寝てても良かったんだが」
「ううん、アンズは雨情と魔石取りに行かせられちゃったし、リオネット様とナルさんは宿で謎作業してるのに一人だけ寝てる訳にはいかないよ。リオネット様に騎獣借りたから、帰り、騎獣に沢山で積んで一往復で済ませよう?それなら睡眠時間も確保しやすいよ」
「……そうだな」
アッシャーの返事は意味ありげだった。
翌日、全員寝不足のまま再度城へ突撃。
「主人は本日体調が……」以下略。
リオネット様はまだまだ余裕の笑み。というか、むしろ楽しそうな黒い笑顔。
「本日はこれを配ります」
宿に戻ると、リオネット様の寝室には大量の本と、雨情達がとってきた魔石、そして怨嗟除去の機械が積まれていた。怨嗟除去の機械は小型で、街に設置してある怨嗟除去装置とは違うものだ。
「これ、配るんですか?」
魔石は除去の機械の充電やらに使うらしい。充電して使える様にした機械を配るのはいい事だとは思うけど、この小説はなんだろう?
「公には早々に私達を招き入れなかった事を悔いていただきましょう」
くくくと笑うリオネット様は、花すら背負ってない。ロイヤルグレイス公に本気でムカついてたんだな、これは。ただ、悔やむ側に私達(除くリオネット様)全員組み入れられてるっぽい。
小説はナルさんのお話だ。特にいかがわしいものでも無く、前サンダーランドの信条から、それ故に代替わりした事、サンダーランドは豊かで自由で公平で、それは前サンダーランド統治の時代からである事。それ故に『穢れた血』も重用されてきた事。そういう事が書いてある。読みやすく、分かりやすい。そして、最後に申し訳程度に怨嗟除去の機械の使用方法が載っている。取説のオマケに小説が載っている、という体らしい。
「ナルニッサは本人そのものに物語性のある人間ですから、その位の方が良いんですよ。カリンと違って」
私の小説での扱いってどんなんなんでしょうか?
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