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 全く、まっったくお芝居の内容は覚えていない。ついでにお茶の時間も無視して、2回公演まで過ごして出てきた。

「スタンプラリーどーしよーねぇ」

 のほほんとケモ耳を仕舞ったアンズは穏やかだ。私はソファで変な格好でキスしたせいであちこち痛い。
 それに、もしかしなくても一部始終リオネット様に見られてたのではないか?と思って胃がひっくり返りそうだ。

 嫌、しかし!彼らは今日もお仕事で、リアルタイムでは見てないはず。ならばどうにか阻止できまいか、と帰ってすぐリオネット様を捕まえた。

「スタンプラリーはダメだったみたいですねぇ」
「あの、リオネット様、スタンプラリー先での様子はご覧になったりは?」
「してませんよ。そこまで魔力ありませんから。そんな不味い事しでかしたんですか?」

 にやーっと笑った顔は、本当に見てないのかどうか判らない……、これは墓穴掘ったか?

「いえ、あと!それと!アンズに色々仕込み過ぎじゃないですか?ちょっとびっくりして」
「仕込んだ?それは少しアンズ殿に失礼ですよ」

 リオネット様は冷たくピシャリと言った。

「彼はあくまでも、あなたが好きで相応しい大人になるために自ら教えを乞うて来てるのです。私も応えてお教えしているのみ。大体、カリンが上手くアンズ殿を育てていれば、アンズ殿が不安になって、私に教えを乞うなんて事もなかったはずです。カリン、あなたはアンズ殿とどうなりたいのですか?」

 そんなの……、私が知りたい。

 リオネット様は軽くため息をついた。

「子供同士の恋愛ごっこで済ますのか、将来的に人外の伴侶になりたいのか、そろそろ決めて動かねば貴女、アンズ殿を失いかねませんよ?」

 分かってる。そんなの。

 部屋に戻ると待たせていた子狐アンズはぴょこぴょこ跳ねていた。

「おかえりー、お話すんだ?」
「うん、お待たせ」

 アンズをぎゅっと抱きしめて、それから身体を撫でる。私は……、

「アンズ、私アンズの事大好きだよ」

 どうしたいか、どうすれば良いか判らなくて、苦しい。
 気持ちよさそうにしていたアンズは、くるんとはねて人型になった。

「カリン?どうしたの?リオネットにいじめられた?」
「ううん、違う。私は勝手だなって思って」

 そっと優しい口付けがされる。

「……僕、カリンの気持ちがわかる様になりたい。カリンのしんどいの、半分貰いたいのに」
「ごめんね」

 私はなんだか申し訳なくて、アンズに謝った。アンズに触れていると安心するし、ドキドキもする。ちゃんと好きなのに、どうして私は足踏みしてしまうのだろうか。

 そんなこんなでとうとう翌日、ロイヤルグレイス公ご本人がリオネット様に面会を申し込んできた。

「流石に断りはしませんよ」

 そう答えるリオネット様は、最高に悪い笑顔だ。これ以上何やる気だ、この人。

 ホテルの寝室一つは改造されて応接室になっていたので、そのままお通し。この地域で作られる最高級の応接セットでお出迎え。ロイヤルグレイス公は顔を真っ赤にしていながらも笑顔は一応張り付けてはいらっしゃった。

「貴公は他人の領地の宿に勝手に自らの応接間を作らせるとはどういう了見か」
「いえ、必要ですねとお話したら宿の方がしつらえてくださいました。皆様のご好意です」
「この応接セットは東の森の一本木から作られた物では?」
「ええ、必要ですねとお話したら、街の方がご用意してくださいました。皆様のご好意です」
「まぁ、都の細工の見事なものとら比べると田舎臭い……」
「そうですか?こちらの職人の方は腕だけで無く、目利きも良い。この美しい木目を生かす最高の技術だと思いますよ。長年陛下のお側に控えさせていただいている私からすると」

 全ての苦情も嫌味も笑顔で打ち返しすリオネット様は絶好調だ。

「……こ、此度の用件は?」
「女王陛下の命で森への出入りの許可を取りに参りました。ついでに、それに伴う街への滞在許可も」
「街の滞在許可の方は聞いておらぬが?」
「こんな酷い治世とは思っておりませんでした。民は宝です。貴族は民を守るもの。ロイヤルグレイス公への越権行為にならぬ程度、お役に立ちたいと思いまして」
「ならない!民を甘やかす事はイタズラに民を堕落させる事!無駄な力を民が持つ事は怨嗟を呼ぶ事として、女王陛下も好まれない筈だ!」
「……それは確かに一理ありますね。失礼、我々が出過ぎました。森への滞在のための買い出し等のためだけの滞在は?」
「……許可する」
「ありがたき幸せ。女王陛下には、到着二日目に、未だ面会ならずとお知らせしたのみですから、ご安心ください」
「うむ」

 ロイヤルグレイス公は勝った!という顔で帰っていった。

「と言うわけで、これから私は皆様の治療ができません。お手伝いも禁止されました。申し訳ありませんが、私達を待っている方々にすみませんとお伝え願えますか?我々は最早、お知らせする事もできません」

 心の奥底から申し訳ないと言う表情で、応接間の横の部屋にいた人々、宿の支配人やら街々の有力者、ファンクラブ会長そして、ナルさんとアッシャーへのインタビューにきていた有力紙の記者に向かってリオネット様は謝罪した。

 宿の支配人には、素晴らしい宿だと言う事を公にお伝えするため、すぐに呼ばれるのではないか、と。
街々の有力者には、今後の手伝いと具体的に街で困っている事を直接公に伝えるために、と。
 ファンクラブとインタビューはそのままの理由で隣の部屋にリオネット様が集めていたのだった。

 もちろん応接間の部屋の話は盗聴してスピーカーで大きくして隣の部屋に流していました。

 全員お帰りいただいて、リオネット様は上機嫌。

「あの、これからどうするんですか?」
「カリンの兄君に会いに森に行きます」
「兄様に?どう言う事ですか?」
「あそこの結界ならば、ようやくご説明できる。それまでお待ちください」

 他の皆にも特に驚きは無かった。むしろ、予定通りという感じで荷造り等も済ませられている。

「前後したが、概ね予定通りだな」
「一旦森に行くより、早かったのでは無いか?」
「ある意味、ロイヤルグレイス公のおかげちゃいます?」
「え、ニイサマに会うの?え?」

 アンズはプチパニックなので、知らなかったな。

 私とアンズの荷物なんてたかが知れてるので、すぐに出発となった。アンズの背に乗って、私とアンズは流されるままリオネットさま達に続く。

 森の奥に近づくと、体に馴染む魔力の香りが感じられた。懐かしい、という感覚。

 入口にはもう数ヶ月くらい姿を見ていなかった索冥が立っていた。その辺りだけハッキリ見えて、その周辺はぼんやりと認識が出来ない。ここが入口だ。

「索冥、ご苦労」
「ナルニッサも成長したか、なにより」
「……いつまでもお前無しではいられまい」

 索冥はふっと笑むと、私に視線を移した。

「久しいの、カリン様。森の王の代理は奥にて待ち侘びておる」
「森の王の代理って」
「おもとの兄君じゃ。ついて参れ」

 索冥の先導で私達はまた駆ける。少しでも離れると、索冥の姿がぼやける。多分、逸れた森の外に出てしまう。

 ぽんっと明るい場所に出た。懐かしい場所だ。小さな仔達は皆、知らない仔ばかりで、大きな仔は面影が残っている。
 その中央で相変わらず無表情に近い、それでも良く見れば分かる笑顔。

「兄様!」
「おかえり、カリン。皆もご苦労」
「念のため言うておくが、こやつに敬語や礼儀は求めるでない。森で人と隔絶して時が永い」

 索冥にフォローされる兄様って、いったい……。

「カリンは……、あまり大きくはなら無いんだな、獣と違って」
「兄様もお変わり無くて、良かった。私は間に合いましたか?」
「間に合った。俺を止めに来たのだろう?」
「はい。『動物達への怨嗟の元を断つために行動する』『危険だからお前は帰れ』、それだけじゃ分からなかった。あちらに帰ってから、こちらの単語の意味が『玉砕』『総力戦』だと気がついたので止めに来ました」
「……お前を送り出した後、未だ敵は現れてはいない。そして、お前がリオネット達との縁を結んでくれた。その未来は変わった。お前のおかげだ」
「リオネット様達との縁、ですか?」
「本当に、お前は不思議だ。予定調和というのだろうか。ルシファーの一族を従えるとは」

 ルシファーって……誰?

「それから、アンズ」

 到着早々小さくなって私の後ろに隠れていたアンズがびくっと震えた。

「……成長したと聞いていたが?」

 人型に変わると、アンズはおずおずと進み出た。

「身体は成人したか。雄に分化したのは良いが……、まだ子供だな」

 すっと兄様の手が上がって、更にアンズは縮む。

「カリンを良く守ってくれた。感謝する」

 その手はアンズの頭を撫でた。途端にアンズに耳と尻尾が生えて、尻尾がフリフリになった。

 褒められて嬉しいんじゃん。怒られなくて良かったね……アンズ……。

「それより、兄様。私何故皆が兄様を知ってるのかついていけてません!」
「まずはカリン様に我がルシファーの一族の話をしましょう」

 そういえば、以前ナルさんがそんな事を言っていた様な気がする。ナルさんは続けた。

「我が君、私の祖、ルシファーは瑞獣であった。獣だったのです」

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