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「クリス様、此度の内定、おめでとうございます」
カサブランカはいつもの微笑を浮かべている。最高に高貴なドールの微笑みは極上で滅多に見られないものだった。客もクリスも彼女の微笑みに魅入られた。
「カサブランカ、流石に貴女でも負けた時の支払いは難しいんじゃ無いか?」
「ご冗談を」
「では、君が払えない程のレートを希望する」
「……強欲な方」
「強き者は嫌いか?」
「いいえ」
答えた声が甘みを帯び、思わず喉が鳴った。これは、いける。
噂ではカサブランカは自分の主人だと認めた者相手とだけ賭け事をするらしい。どんなに金を積んでも落籍出来ない彼女を落とせるのは強く、運のある男らしい。ここで勝てば彼女を落とせる。セレネの町の華を得る名誉は何事にも代え難い。
「……では、単純なカードゲームにいたしましょう」
トランプをカサブランカが切る。それを広げてクリスは三枚まで引くことができる。エースが強く、その他は数字の大小で強さが決まり、数字の二が一番弱い。ジョーカーは仕切り直しだ。カサブランカが引く一枚より強ければ、クリスの勝ちとなる。
カードは新品を開け、それに細工が無いものかのチェックもする。ギャラリーからローズが証人を選んで魔法で確認させる。そして、証文にサイン……
金額の桁がおかしい。負ければ破産してしまう。
「もし貴方様が勝てば、私を差し上げます」
チラと見たカサブランカの頰がほんの少し、近くで見ているクリスにだけ分かる程度に赤くなり、血がたぎる。
「……クリス様、カードを確認された時点でもう一度レートを見直していただけるようにいたしますわ……」
小さな声でそう囁かれて、カサブランカも落とされたい事が分かった。喜びで震えそうな手で署名する。今日のツキ方はただ事では無い。カサブランカも若く力のある騎士に落籍されるのを待ち望んでいたのだろう。他の金や権力のあるジジイから逃げ惑っていたにに違いない。
カサブランカは何度も念入りにリフルシャッフルをし、机に広げた。迷うようにして一枚抜き、それを見もせずに手元で伏せておく。クリスは一枚目を抜いた。スペードの十、悪くない。スペードは騎士をあらわし他のマークより強いのも好ましい。だが、命は賭けられない。2枚めはハートの六。論外だ。三枚目は……ハートのエース。
やはり、カサブランカは自分のものに成るべくして今日という日は訪れたのだと確信した。
「……クリス様。レートは如何なさいますか?変えてくださっても結構ですが?」
「もし、俺が勝った瞬間、この場でお前を抱くにはいくら必要だ?」
高揚しすぎて信じられない下品な提案をしたクリスに、驚きや嫌悪や、同じく興奮を孕んだ声がギャラリーから聞こえた。しかし、ドール達は表情すら変えない。カサブランカは甘く甘く答える。
「勝たれた瞬間から、私の身も心も差し上げます。いかようにも」
クリスが勝ちを確信してカードをオープンし、カサブランカに手を伸ばした。その手はレフィがはたき落とす。
「何をする?!」
「カードの手をよく見てごらん?」
うっとりとこちらを見つめるカサブランカの手にはスペードのエースが収まっていた。
「さようなら。クリス様」
証文はすでに回収され、証人も多数いた。ギャラリーの半数は自分の息がかかっていない。なかった事に出来ない事を理解して獣は吠えた。
――――――――――――――――――――――――――
お客様を全員お見送りした後、魔法を解いて息をついた。クリスが逃亡しようがしまいが、証文があれば廃嫡は免れないだろう。迷惑をかけられた側になるリサ自身も咎められる事は無い。ここでハウスに処分があれば、クリスの後ろについていた人の器を疑われるからだ。
「ところで、何故貴方がここにいらっしゃるんですかね?レフィ様?」
ハウスの裏に隠されるようにして建てられたリサの住居用の屋敷にレフィがいた。正しくはリサの部屋の窓の外には大きな木があり、そして、その木の上にレフィは乗っかっていた。
「軽薄すぎて、飛ばされちゃったのかも?」
「面白く無いよ」
バッサリ切られてもレフィは答えなかった。
「はぁ、……そこから、この部屋の中まで来れる?」
「できる。でも、夜に男を部屋に招いてもいいの?」
「夜に男の人と話している所を見られるよりはマシだよ。それにレフィは小さな塩菓子に手なんか出さないでしょう?」
木の枝のしなりを利用してレフィは跳んだ。出窓に軽く手をかけて、とんっという軽い音がしただけで部屋に入って来れる。身体能力がなんと高いことか。
「今日はありがとう。レフィは本当に情報が早いね。アレッタ様のお使いなんて無かったんでしょう?」
アレッタからは何も聞いていないし、レフィのエスコートが必要なご新規様も今日はいなかった。心配をかけたく無かったから秘密で処理しようとしたのに、レフィと、もしかしたらブロにはバレていたのかも。
「元騎士未満君は声が大きいからね。……今日のはどうやったか聞いても?本当に運じゃないだろうし、まさか『館』に頼みに行ったりしてないよね?」
少し険しい表情で心配するレフィにはリサが何をしたかは分からない。彼は何故かリサ自身を清廉潔白だと思っている節がある。
「こんな事で館に依頼しないわ。カードに細工もしてない。後から調べても何も出ないから安心して?」
「マイプティ……」
切なげな表情なんて浮かべないで欲しい。カサブランカの正体を皆にバラさないレフィになら、トリックを話してもバラしはしないだろうけれど……リサは自分の汚い所を彼に見せるのに少しだけ躊躇した。
「……リフルシャッフルは半分に分けて交互に混ぜ合わせるシャッフルの仕方でしょ。だから、正確に真半分、確実にやっていけばカードの順番はいつも変わらない」
「まさか」
「流石に全部は覚えてないけど、スペードのエースとジョーカーの位置は覚えてる。展開した時にどこに来るかも体が覚えてる」
今回は六回シャッフルした。そして、初めに最強のカードを引いておく。練習した回数は千か万か。しかし、披露した回数はごく僅か。
「体が覚えるほどに努力したんだね……でも、万一失敗したらどうするつもりだった?」
途中でカードを落としたら。万一隣のカードを引いていたら。引いたカードは見ずに置く。地獄は確定してから感じれば良い。
「私が皆の前で抱かれて、それで終わりよ」
「違うね。クリスが俺に切られて、俺が処刑されて終わりだった」
「レフィ?そんな」
そう言えばレフィがクリスに近づいて手を弾いたのは、彼が私のカードを確認する前だったとリサは気がついた。そして、レフィの言葉は冗談でも警告でも無かった。
「……何故言わない?!ブロから何かあれば言えと言われていたはずだろう?!」
大きな声と気迫に身がすくむ。レフィの目は赤く燃えて、怒りが燃えているようだった。感情を露わにしたレフィはいつもの絵画のような儚さやたおやかさは微塵もなく、リサは驚いた。
「君はもう危ない目にあう必要も無いのに何故そんな事ばかりする?大人しく王太子に嫁げば全てから守られるだろうが!」
やはり、ブロのため、なのか。しん、と心が冷えるのが分かった。
「……結局レフィが動くのはブロのためだけじゃない」
「違う!何故そんな話になる?!」
「違わない!私はそうやってここを守ってきたの!いきなり現れて、私の気持ちを乱して、私を否定してっ!……なんでよレフィ、私を、私の生き方を拒否しないで……」
「っ……!」
何かあった時は自分が責任とればいいと思っていた。父親にバレないようにしながら、リサは色々な事をして来た。それはプライドでもあったはずなのに、レフィに心配されてリサは何故かほっとするような嬉しさを少し感じてしまった。それと同時に己を拒否されて心の痛みで混乱した。気持ちが高ぶり涙が流れる。人前で泣いた事なんて、無かったのに。自分の仕事や運命が他人に受け入れられない事なんで理解していたつもりなのに、リサはレフィに否定されるとは何故か少しも考えていなかった。
レフィは口を開きかけて、それから歯を強く噛み締めた。悲しみと悔しさを滲ませていた目を閉じる。まるで手負いの獣のような空気をまとっていた。
「俺が、嫌だ。君に何かあるのは、俺が嫌だ。やっと助けられる場所に来たんだよ」
窓に向かって歩いて行き、窓枠に手をかけてレフィはようやくリサを見た。
「ごめん。頭に血が上ってしまったね。今日は帰るよ。バイ」
「待って!レフィ!何故なのか教えて!」
窓から跳んで出た彼を追ってリサは窓に走った。暗闇を走るレフィを必死に探すが、最早声は届かない距離にいる。走り去るレフィの後ろ姿から、リサは目が離せなくなっていた。
「レフィ……?なんで……?」
初恋の人からもらった生き方を何故彼が否定するのかリサには分からなかった。
――――――――――――――――――――――――――
「明らかに、ぼんやりしておる」
パチンと扇子がなって、リサはハッとした。あれから幾日かだったけれど、レフィにもブロにも会っていない。それから、クリス・ブラッケも登校していないようだった。
「王宮にも入り込もうとしていた虫は駆除されたようだ。身分剥奪だが、親の会社に天下ったと聞く。よもや、リサに危害など加えてはきておらぬな?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「……リサ、私はリサの事を友だと思っておる。そのような顔色で礼など言わないでほしい」
アレッタに悲しそうに手を握られて、リサは流石にこれではいけないと思った。あの日のレフィを見てから、彼の本心も自分の心も分からなくなってしまった。自分の想いを誰かに言うわけにもいかず、出口のない何かを持て余している。
父親にもカサブランカを休むよう言いつけられており、午後いっぱいリサは予定が空いてしまった。何も無い方が悶々としてしまうけれど、今の自分は集中力が無くて人の役にも立てない。
ぼんやり散歩をしていたら、学院の裏口に来てしまった。
「いけない。ここじゃ気分転換になりゃしないわ」
くるりと方向転換しようとしたリサの視界から声がかかる。
「暇か。ならば付き合え」
ひょいっと襟首を引っ捕まえられて馬車に乗せられた。誘拐犯の声はフォンス、服は平民バージョン。
「今日は例の会合だ。最終的には家に送ってやるから安心しろ」
「え?あの?この服では流石に」
「アレッタから預かっている」
「はい?」
「丁度アレッタから頼まれていた。渡りに船と言う奴だな」
上機嫌の王子様から押し付けられるようにして渡された服は、確かに庶民のちょっと良い服だった。到着前に着替えろと言われて、カーテンをひいて着替える。ぴったりと見せかけて胸の部分が少し余る悲しさ。
カーテン越しに説明下手から話を引き出したところ、つまり、
・アレッタとフォンスは仲良しで、以前からアレッタからリサの話は聞いてた
・アレッタ「リサの最近の沈みっぷりは心配やし、気分転換にでも出かければええのに……」
・「暇そうなフォンスがエスコートすればええんちゃう?どこがおススメやて?そんなん街を散歩とか最高にエキサイティングや思わへん?よし、誘いよし!」
との事。
アレッタさん、従兄弟の前じゃキャラが違うように聞こえるのが気になるけど本当に心配をかけていたらしく申し訳ない。
そして説明下手は自分とリサの関係は言わずにいたので全てが彼の頭の中で再統合された結果、リサを会合に連れて行く、になったようだ。
いきなり連れて行っても良いのかと聞く前に馬車は止まる。王都でも貴族も利用する施設から、こっそり街に紛れるそうだ。数分だけ外を観察させてもらって普通の女の子の姿勢や歩き方をコピーする。付け焼き刃だけど、違和感無くイメージできた事を確認して会合の場所に向かった。
フォンスも意外と上手く擬態していたので、褒めるとヒューホに矯正されたのだと。そこまで気を使うほど秘密の会合なのか、そこまで気を使わ無いと面倒に巻き込まれる地区でやるのか、リサはすぐに分かった。両方ですか……。
王都の北の商業地のハズレ、路上なのにお酒と何かツンと刺激のする臭いがする地域に足を踏み入れる。舐め回すような視線が肌を這う。フォンスは私を側に引っ張ったけど、ここは貴族じゃ無くても女が来て良い場所じゃ無い。
会合までまだ時間がある事を確認して、回れ右。服屋で少年の服を買って着替えた。髪は帽子に突っ込んで、外で適度に顔や服を泥で汚す。服は買い物袋に突っ込んでおいた。アレッタごめん。
着替え効果は絶大で、二度目に愛を踏み入れた時は先程までの視線は送られてこなかった。飲食店が立ち並ぶ中、連れてこられたお店はその中では小綺麗な場所だった。
「ヒューホ、いつまでつけて来るつもりだ」
「バレてましたか。しかし、つけていたのは私だけではありませんでしたよ。……腕の良い護衛をお持ちですね。フォンス君は」
振り返ると、ヒューホがいて、そのまま中に案内された。ぱっと見て、店中には見たことある人半分。もう半分は初めて会う人達で、商人や職人のような服だった。
なんだ、この坊主は?と問われてフォンスを見たが、相変わらず鷹揚に頷くだけ。設定聞いてないですけど?
「セレネの街で働いていますが、ドールじゃないです。仕事の話が聞けると聞いて来ました」
「リーは声変わり前のガキだが、セレネには詳しい。まぁ、邪険にはしないでくれ」
ヒューホの紹介で、何となく入る事は出来たっぽい。アルコールは飲まないと言っても冗談でアルコールを出す程には下品な人達だし、試そうとしているのか興味深げに遊ばれている気がする。セレネの街で働いている設定だし、下品な客を相手にした事も無いではない。相手が不快に思わない程度に適度にズラして下ネタには対応していく。お陰で、貴族とか間違っても女の子だとかは思われないだろう。
場に馴染んだとホッとした時にその不穏な声は聞こえてきた。
「……ヒューホが連れてきたガキ、顔が気にいらねぇ」
声がした方をさり気なく見たが、見知った顔は無い。ただ、その声に聞き覚えはあった。
カサブランカはいつもの微笑を浮かべている。最高に高貴なドールの微笑みは極上で滅多に見られないものだった。客もクリスも彼女の微笑みに魅入られた。
「カサブランカ、流石に貴女でも負けた時の支払いは難しいんじゃ無いか?」
「ご冗談を」
「では、君が払えない程のレートを希望する」
「……強欲な方」
「強き者は嫌いか?」
「いいえ」
答えた声が甘みを帯び、思わず喉が鳴った。これは、いける。
噂ではカサブランカは自分の主人だと認めた者相手とだけ賭け事をするらしい。どんなに金を積んでも落籍出来ない彼女を落とせるのは強く、運のある男らしい。ここで勝てば彼女を落とせる。セレネの町の華を得る名誉は何事にも代え難い。
「……では、単純なカードゲームにいたしましょう」
トランプをカサブランカが切る。それを広げてクリスは三枚まで引くことができる。エースが強く、その他は数字の大小で強さが決まり、数字の二が一番弱い。ジョーカーは仕切り直しだ。カサブランカが引く一枚より強ければ、クリスの勝ちとなる。
カードは新品を開け、それに細工が無いものかのチェックもする。ギャラリーからローズが証人を選んで魔法で確認させる。そして、証文にサイン……
金額の桁がおかしい。負ければ破産してしまう。
「もし貴方様が勝てば、私を差し上げます」
チラと見たカサブランカの頰がほんの少し、近くで見ているクリスにだけ分かる程度に赤くなり、血がたぎる。
「……クリス様、カードを確認された時点でもう一度レートを見直していただけるようにいたしますわ……」
小さな声でそう囁かれて、カサブランカも落とされたい事が分かった。喜びで震えそうな手で署名する。今日のツキ方はただ事では無い。カサブランカも若く力のある騎士に落籍されるのを待ち望んでいたのだろう。他の金や権力のあるジジイから逃げ惑っていたにに違いない。
カサブランカは何度も念入りにリフルシャッフルをし、机に広げた。迷うようにして一枚抜き、それを見もせずに手元で伏せておく。クリスは一枚目を抜いた。スペードの十、悪くない。スペードは騎士をあらわし他のマークより強いのも好ましい。だが、命は賭けられない。2枚めはハートの六。論外だ。三枚目は……ハートのエース。
やはり、カサブランカは自分のものに成るべくして今日という日は訪れたのだと確信した。
「……クリス様。レートは如何なさいますか?変えてくださっても結構ですが?」
「もし、俺が勝った瞬間、この場でお前を抱くにはいくら必要だ?」
高揚しすぎて信じられない下品な提案をしたクリスに、驚きや嫌悪や、同じく興奮を孕んだ声がギャラリーから聞こえた。しかし、ドール達は表情すら変えない。カサブランカは甘く甘く答える。
「勝たれた瞬間から、私の身も心も差し上げます。いかようにも」
クリスが勝ちを確信してカードをオープンし、カサブランカに手を伸ばした。その手はレフィがはたき落とす。
「何をする?!」
「カードの手をよく見てごらん?」
うっとりとこちらを見つめるカサブランカの手にはスペードのエースが収まっていた。
「さようなら。クリス様」
証文はすでに回収され、証人も多数いた。ギャラリーの半数は自分の息がかかっていない。なかった事に出来ない事を理解して獣は吠えた。
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お客様を全員お見送りした後、魔法を解いて息をついた。クリスが逃亡しようがしまいが、証文があれば廃嫡は免れないだろう。迷惑をかけられた側になるリサ自身も咎められる事は無い。ここでハウスに処分があれば、クリスの後ろについていた人の器を疑われるからだ。
「ところで、何故貴方がここにいらっしゃるんですかね?レフィ様?」
ハウスの裏に隠されるようにして建てられたリサの住居用の屋敷にレフィがいた。正しくはリサの部屋の窓の外には大きな木があり、そして、その木の上にレフィは乗っかっていた。
「軽薄すぎて、飛ばされちゃったのかも?」
「面白く無いよ」
バッサリ切られてもレフィは答えなかった。
「はぁ、……そこから、この部屋の中まで来れる?」
「できる。でも、夜に男を部屋に招いてもいいの?」
「夜に男の人と話している所を見られるよりはマシだよ。それにレフィは小さな塩菓子に手なんか出さないでしょう?」
木の枝のしなりを利用してレフィは跳んだ。出窓に軽く手をかけて、とんっという軽い音がしただけで部屋に入って来れる。身体能力がなんと高いことか。
「今日はありがとう。レフィは本当に情報が早いね。アレッタ様のお使いなんて無かったんでしょう?」
アレッタからは何も聞いていないし、レフィのエスコートが必要なご新規様も今日はいなかった。心配をかけたく無かったから秘密で処理しようとしたのに、レフィと、もしかしたらブロにはバレていたのかも。
「元騎士未満君は声が大きいからね。……今日のはどうやったか聞いても?本当に運じゃないだろうし、まさか『館』に頼みに行ったりしてないよね?」
少し険しい表情で心配するレフィにはリサが何をしたかは分からない。彼は何故かリサ自身を清廉潔白だと思っている節がある。
「こんな事で館に依頼しないわ。カードに細工もしてない。後から調べても何も出ないから安心して?」
「マイプティ……」
切なげな表情なんて浮かべないで欲しい。カサブランカの正体を皆にバラさないレフィになら、トリックを話してもバラしはしないだろうけれど……リサは自分の汚い所を彼に見せるのに少しだけ躊躇した。
「……リフルシャッフルは半分に分けて交互に混ぜ合わせるシャッフルの仕方でしょ。だから、正確に真半分、確実にやっていけばカードの順番はいつも変わらない」
「まさか」
「流石に全部は覚えてないけど、スペードのエースとジョーカーの位置は覚えてる。展開した時にどこに来るかも体が覚えてる」
今回は六回シャッフルした。そして、初めに最強のカードを引いておく。練習した回数は千か万か。しかし、披露した回数はごく僅か。
「体が覚えるほどに努力したんだね……でも、万一失敗したらどうするつもりだった?」
途中でカードを落としたら。万一隣のカードを引いていたら。引いたカードは見ずに置く。地獄は確定してから感じれば良い。
「私が皆の前で抱かれて、それで終わりよ」
「違うね。クリスが俺に切られて、俺が処刑されて終わりだった」
「レフィ?そんな」
そう言えばレフィがクリスに近づいて手を弾いたのは、彼が私のカードを確認する前だったとリサは気がついた。そして、レフィの言葉は冗談でも警告でも無かった。
「……何故言わない?!ブロから何かあれば言えと言われていたはずだろう?!」
大きな声と気迫に身がすくむ。レフィの目は赤く燃えて、怒りが燃えているようだった。感情を露わにしたレフィはいつもの絵画のような儚さやたおやかさは微塵もなく、リサは驚いた。
「君はもう危ない目にあう必要も無いのに何故そんな事ばかりする?大人しく王太子に嫁げば全てから守られるだろうが!」
やはり、ブロのため、なのか。しん、と心が冷えるのが分かった。
「……結局レフィが動くのはブロのためだけじゃない」
「違う!何故そんな話になる?!」
「違わない!私はそうやってここを守ってきたの!いきなり現れて、私の気持ちを乱して、私を否定してっ!……なんでよレフィ、私を、私の生き方を拒否しないで……」
「っ……!」
何かあった時は自分が責任とればいいと思っていた。父親にバレないようにしながら、リサは色々な事をして来た。それはプライドでもあったはずなのに、レフィに心配されてリサは何故かほっとするような嬉しさを少し感じてしまった。それと同時に己を拒否されて心の痛みで混乱した。気持ちが高ぶり涙が流れる。人前で泣いた事なんて、無かったのに。自分の仕事や運命が他人に受け入れられない事なんで理解していたつもりなのに、リサはレフィに否定されるとは何故か少しも考えていなかった。
レフィは口を開きかけて、それから歯を強く噛み締めた。悲しみと悔しさを滲ませていた目を閉じる。まるで手負いの獣のような空気をまとっていた。
「俺が、嫌だ。君に何かあるのは、俺が嫌だ。やっと助けられる場所に来たんだよ」
窓に向かって歩いて行き、窓枠に手をかけてレフィはようやくリサを見た。
「ごめん。頭に血が上ってしまったね。今日は帰るよ。バイ」
「待って!レフィ!何故なのか教えて!」
窓から跳んで出た彼を追ってリサは窓に走った。暗闇を走るレフィを必死に探すが、最早声は届かない距離にいる。走り去るレフィの後ろ姿から、リサは目が離せなくなっていた。
「レフィ……?なんで……?」
初恋の人からもらった生き方を何故彼が否定するのかリサには分からなかった。
――――――――――――――――――――――――――
「明らかに、ぼんやりしておる」
パチンと扇子がなって、リサはハッとした。あれから幾日かだったけれど、レフィにもブロにも会っていない。それから、クリス・ブラッケも登校していないようだった。
「王宮にも入り込もうとしていた虫は駆除されたようだ。身分剥奪だが、親の会社に天下ったと聞く。よもや、リサに危害など加えてはきておらぬな?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「……リサ、私はリサの事を友だと思っておる。そのような顔色で礼など言わないでほしい」
アレッタに悲しそうに手を握られて、リサは流石にこれではいけないと思った。あの日のレフィを見てから、彼の本心も自分の心も分からなくなってしまった。自分の想いを誰かに言うわけにもいかず、出口のない何かを持て余している。
父親にもカサブランカを休むよう言いつけられており、午後いっぱいリサは予定が空いてしまった。何も無い方が悶々としてしまうけれど、今の自分は集中力が無くて人の役にも立てない。
ぼんやり散歩をしていたら、学院の裏口に来てしまった。
「いけない。ここじゃ気分転換になりゃしないわ」
くるりと方向転換しようとしたリサの視界から声がかかる。
「暇か。ならば付き合え」
ひょいっと襟首を引っ捕まえられて馬車に乗せられた。誘拐犯の声はフォンス、服は平民バージョン。
「今日は例の会合だ。最終的には家に送ってやるから安心しろ」
「え?あの?この服では流石に」
「アレッタから預かっている」
「はい?」
「丁度アレッタから頼まれていた。渡りに船と言う奴だな」
上機嫌の王子様から押し付けられるようにして渡された服は、確かに庶民のちょっと良い服だった。到着前に着替えろと言われて、カーテンをひいて着替える。ぴったりと見せかけて胸の部分が少し余る悲しさ。
カーテン越しに説明下手から話を引き出したところ、つまり、
・アレッタとフォンスは仲良しで、以前からアレッタからリサの話は聞いてた
・アレッタ「リサの最近の沈みっぷりは心配やし、気分転換にでも出かければええのに……」
・「暇そうなフォンスがエスコートすればええんちゃう?どこがおススメやて?そんなん街を散歩とか最高にエキサイティングや思わへん?よし、誘いよし!」
との事。
アレッタさん、従兄弟の前じゃキャラが違うように聞こえるのが気になるけど本当に心配をかけていたらしく申し訳ない。
そして説明下手は自分とリサの関係は言わずにいたので全てが彼の頭の中で再統合された結果、リサを会合に連れて行く、になったようだ。
いきなり連れて行っても良いのかと聞く前に馬車は止まる。王都でも貴族も利用する施設から、こっそり街に紛れるそうだ。数分だけ外を観察させてもらって普通の女の子の姿勢や歩き方をコピーする。付け焼き刃だけど、違和感無くイメージできた事を確認して会合の場所に向かった。
フォンスも意外と上手く擬態していたので、褒めるとヒューホに矯正されたのだと。そこまで気を使うほど秘密の会合なのか、そこまで気を使わ無いと面倒に巻き込まれる地区でやるのか、リサはすぐに分かった。両方ですか……。
王都の北の商業地のハズレ、路上なのにお酒と何かツンと刺激のする臭いがする地域に足を踏み入れる。舐め回すような視線が肌を這う。フォンスは私を側に引っ張ったけど、ここは貴族じゃ無くても女が来て良い場所じゃ無い。
会合までまだ時間がある事を確認して、回れ右。服屋で少年の服を買って着替えた。髪は帽子に突っ込んで、外で適度に顔や服を泥で汚す。服は買い物袋に突っ込んでおいた。アレッタごめん。
着替え効果は絶大で、二度目に愛を踏み入れた時は先程までの視線は送られてこなかった。飲食店が立ち並ぶ中、連れてこられたお店はその中では小綺麗な場所だった。
「ヒューホ、いつまでつけて来るつもりだ」
「バレてましたか。しかし、つけていたのは私だけではありませんでしたよ。……腕の良い護衛をお持ちですね。フォンス君は」
振り返ると、ヒューホがいて、そのまま中に案内された。ぱっと見て、店中には見たことある人半分。もう半分は初めて会う人達で、商人や職人のような服だった。
なんだ、この坊主は?と問われてフォンスを見たが、相変わらず鷹揚に頷くだけ。設定聞いてないですけど?
「セレネの街で働いていますが、ドールじゃないです。仕事の話が聞けると聞いて来ました」
「リーは声変わり前のガキだが、セレネには詳しい。まぁ、邪険にはしないでくれ」
ヒューホの紹介で、何となく入る事は出来たっぽい。アルコールは飲まないと言っても冗談でアルコールを出す程には下品な人達だし、試そうとしているのか興味深げに遊ばれている気がする。セレネの街で働いている設定だし、下品な客を相手にした事も無いではない。相手が不快に思わない程度に適度にズラして下ネタには対応していく。お陰で、貴族とか間違っても女の子だとかは思われないだろう。
場に馴染んだとホッとした時にその不穏な声は聞こえてきた。
「……ヒューホが連れてきたガキ、顔が気にいらねぇ」
声がした方をさり気なく見たが、見知った顔は無い。ただ、その声に聞き覚えはあった。
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