お姫様になれない私は

戸波ミナト

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お姫様じゃない私は

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 十二時のチャイムとともにガラスの靴が落ちてきた。
 おとぎ話のような光景を前に私は立ち尽くす。透き通った青色が段にぶつかり、割れることなく跳ねてひとつ下の段に落ちていく。階段にぶつかる音がガラスにしては柔らかいから、日の光を受けて煌めく青色はガラスではなくビニールだと気づいた。
 昼の十二時。チャイムの余韻をBGMに落ちてくる細いサンダル……ミュールというんだっけ。ラメが可愛いから買って欲しかったのにママは決していいよと言ってくれなかった。ショッピングモールの靴屋で試着したら尖った爪先のせいで爪が痛くなるし、細いビニールを編んだような形だから砂や小石が入りまくって邪魔だろうと予想できてしまった。
 自分で手放した憧れのカタチが踊るように落ちてくる。とっさに受け止めようとしたけれど、泥だらけの自分の手を見ると体が動かなくなった。
 体育の授業が終わって――なぜだかクラスの皆は影も形も見えないけれど、汚れた体操服だとか爪の中に砂の入った茶色い指先、鉄棒から移った金属の臭いとかの現実はハッキリとここにある。
 お姫様みたいなキラキラしたものは私に似合わない。憧れに自分を合わせようとすると窮屈で痛くて、憧れのカタチを放り出してしまう自分がどうしようもない怠け者に見えてしまう。
 きっとああいうのは住む世界の違うお姫様にしか履けない。
 私はシンデレラですらない。
 伸ばした手を引っ込めようとした瞬間、サンダルがひときわ高く飛び上がった。
 ラメを閉じ込めた青色が弾ける。
 光の中で、持ち主のいないガラスの靴がぐにゃりと形を変えた。
 誰かを思いきり蹴ったら突き刺さりそうな形から足指をすっぽり包む丸い形へ。つるりとした中敷き全体に波のような形の溝が刻まれ、爪先と踵にしかない滑り止めが靴の裏全体に生まれる。ヒールは高くなったり短くなったり、いっそのこと厚底になってみたり。
 大きさだって様々だ。ママが履くような大人サイズになったかと思ったら赤ちゃん用まで小さくなる。
 靴は自分自身をどんな形にしようか迷っているようだった。落ち着きなく形を変えながら落ちてくる靴は楽しそうに飛び跳ねる。
 楽しいんだ。
 砂が入っても気にせず思いきり走れるデザインも、歩くのには到底向かないデザインも、子どもだって大人だって皆可愛いから。
 ぽーん、と跳ねた靴が私の胸に飛び込んでくる。私は今度こそ泥だらけの手を伸ばした。
 抱き留めたはずの靴は光の粒になって散る。
 今まで塞き止められていたクラスメイトの声が全方位から押し寄せてきて、一段飛ばしで階段をかけ上がる男子が私の側を走り抜けていく。よろけた足がほんの少し痛くて、手すりに掴まってバランスを取った。
 週明けにはそれなりに白かった上靴はいつの間にか真っ黒で、実はちょっと爪先がきつい。靴や服が小さくなると「また?」なんて言いつつ買い物に連れていくのがママの常。何でも買ってくれるわけじゃないけど、流行りのデザインを面白そうに見るのや「元気に大きく育った証拠」と頭を撫でてくれる時間は嬉しい。
 慌てたり無理やり型に嵌めなくたって、可愛いにはいろんな形がある。
 お姫様じゃない私はまっすぐに、光あふれる階段を昇っていった。
 
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