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旅立ち

第21話

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 (これをこうやって……)
 俺は一度、木から降り、足場の安定する、地面の上で、工作をしていた。
 木の上では風にあおられ、それどころではなかったからだ。
 
 (こんぐらいの大きさで良いか……)
 葉の付け根部分に、輪になる様に切れ込みを入れる。
 丁度この部分を、洞の真上で逆立っている幹の皮に、ひっかけるのだ。
 そうすれば、ドアの代わりになるはず……。
 
 (……まぁ、上手く行かなかったら、そん時だな)
 ドアがあれば、雨や、冷たい風も防げる。上手く行かなくても、今と変わらないだけだ。
 
 俺は加工した葉を持ち上げると、再び木の幹を登っていく。
 やはりと言うか、降りる時よりも、重みの分、大変だったが、何とか登りきった。
 
 (あとは、葉っぱをここに吊るして…っと。……うんうん。良い感じなんじゃないか?)
 出来栄えに満足した俺は、葉の隙間から、洞の中に入る。
 
 (……クリナ?)
 洞の中に入ると、当然と言うか、出入り口に蓋をしてしまった為、辺りは暗くなっていた。
 触覚で探るが、今のクリナは動かないので、振動で感知するのは無理だった。

 俺はクリナを刺激しない様に、静かに歩く。
 先の場所から動いていなければ、この辺りにいるはずなのだが……。
 
 触覚を垂らして歩いていると、何か、硬い、ゴワゴワした物にぶつかった。
 
 (……何だこれ……)
 こんなもの、朝の内はなかった。しかも、クリナの匂いが染みついている……。
 嫌な予感がした。
 
 俺はその謎の物体を持ち上げると、日の当たる場所まで走った。
 
 (な、何なんだよ、これは……)
 俺の顎には、自分の二倍程はある、楕円形の繭の様な物が挟まれていた。
 形は、子ども達の繭と酷似しているが、そもそも、俺らは糸なんて吐けない。

 俺の頭に、寄生虫の三文字が浮かぶ。
 (……!!まさか、あの同族モドキ!!)
 今考えてみれば、弱っている獲物を前に、あっさりと引き過ぎていたような気がする。
 それに、あの機動力なら、俺を無視して、クリナを拾い上げ、連れ去る事だって、出来たはずだ。
 
 (いや!考えすぎだ!だって、相手はただの虫だろ?そうだ、状況を判断する事なんてできない。ただただ驚いて、逃げただけだ……)
 じゃあ、クリナが糸を吐いたって言うのか?そんな事ができるのか?
 
 (うぉぇっ……)
 俺は、昔の感覚で糸を吐こうとするが、ただ吐き気を覚えるだけだった。
 
 そもそも、クリナはここで動けなかったんだ。俺がいない間に何があっても不思議じゃない。
 それこそ、蜘蛛のような存在に襲われて、糸で巻かれた可能性だってある。他の寄生生物に襲われた可能性だってある。
 最後まで、俺に助けを求めていた可能性だって……。
 
 俺は生まれた時から世話をして貰って、生まれてからも助けられて、それこそ、匂い違いの時は、命を助けられた。
 俺は何をしてあげられたのだろうか……。
 いや、何もしてあげられていない。だって、クリナが苦しむ姿が見たくないと言う理由だけで、この場所から逃げたのだから。ちゃんと、付き添ってあげられなかったのだから。
 ちゃんと付き添っていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。
 もし、あのまま息を引き取っていたとしても、ちゃんと最後まで、付き添ってあげるべきだった!せめて、最後ぐらい一人じゃないって!

 何も聞こえない、何も見えない、体も動かない中で、一人、死んでいくのは、どんな気分だったのだろうか。
 
 (……あはははっ!どんな気分かだって?!そんなの俺が一番分かってるじゃないか!)
 一人で死ぬ時の感情は無だ。
 全てが無。自分の人生を全て否定されるような、全部無駄だったと、思い知らされ、生き伸びたいと言う欲求すらも、奪い去る。そんな無だ。
 
 (……ごめんな……)
 結局あの時と一緒だ。母さんに恩返しできなかった様に、クリナにもできなかった。
 俺は何一つ成長していない。俺のやる事、成す事、全てが無駄なのだ。
 
 (……くふふっ……。くはははははっ!!)
 何処からともなく、笑いが込み上げて来る。

 (やめだ!やめ!もう、全部やめっ!)
 俺は、止まない笑みをたずさえ、勢い良く、洞の外に駆け出した。
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