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向上心

第150話

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 無邪気に火を囲むゴブリン達を観察していると、俺の焼いていた肉のいくつかが、良い感じに焼きあがって来た。
 
 「……ほら、熱いから気を付けろよ」
 俺はその中でも、一番よく焼けていそうな肉の串を、クリアに渡す。
 
 「ありがと……」
 そうは言う彼女だが、串を受け取ると、その先に付いた肉を見つめて動かない。
 映像や知識が記憶にあっても、実際の熱の感覚や、焼けた肉の味等は分からない為、怖いのだろう。
 
 もしかしたら、熱に対する恐怖が、クリアの中での解釈を経て、増大しているのかもしれない。
 そう考えれば、最初に火を見た時の怯えようも、理解ができる。

 情報の受け取り方は、受け手次第だからな。仕方が無い事だ。
 
 クリアは俺と串との間で、何度か視線を漂わせる。
 俺は焦らせない様に、安心させるように、その姿を優しく見守る。

 しばらくすると、意を決したように、恐る恐る、肉を口に運ぶ、クリア。
 そして、パクリ。

 彼女は肉の弾力と格闘しつつ、何とか肉の一部を噛み千切る。
 
 もぐもぐと咀嚼そしゃくする彼女。
 その彼女の顔は、心なしか、驚いている様に見える。
 肉の美味しさと言う記憶を、実際に感じた、感覚が上回ったのだろう。

 その姿は、何も知らないゴブリン達に、そっくりだった。

 「……ん。……美味しい」
 肉を飲み込んだ彼女は、目を細めると、頬の筋を緩ませ、呟く。

 少しづつ幸せを知って行く彼女。
 その姿を見てるだけで、俺も幸せな気分になった。

 彼女は、知識があるだけで、何も知らない。
 根本は、子どもと、何だ変わりは無いのだ。
 
 だから、見て、触って、感じて、自分なりの価値観を作って行けば良い。
 俺にできるのは、それをそっとサポートしてあげるだけだ。
 
 「……ルリ様?もしかして、私の存在を忘れてはいないですか?」
 一生懸命に肉を口にするクリアを微笑ましく見守っていると、遠くから響いて来たとは思えない程、はっきりとした、底冷えするような声が耳に届いた。

 俺は、その声に、ビクリと肩を震わせた。
 声の主が懸念けねんしていた通り、俺はその存在をすっかり忘れていたのである。

 俺は、ゆっくりと声の方向へと振り向く。
 そこには、火から遠ざけられ、一人、喧騒から外れたコグモが、穏やかな笑顔で、こちらを見つめていた。
 
 俺は、悟られぬよう、無言で穏やかな笑みを返し、手を振った。
 我ながら、完璧な笑みだった。騙し切れると思った。……思いたかった。

 まぁ、現実はそんなに甘くなく、次の瞬間、コグモは体内から、ムカデの尻尾を見せびらかす様に、こちらへ向けて来る。
 そして、そのムカデの口の先には、俺のコアともいえる、ルリちゃん人形が……。
 
 俺は焼けた肉を手にすると、急いで彼女の元に走る。
 
 「あら、ありがとうございます。ルリ様はお優しいんですね」
 そう言って笑う、彼女の笑顔には全く優しさを感じられないのだが……。

 彼女の機嫌が直るのには、まだ、しばらく時間がかかりそうだった。
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