160 / 172
向上心
第159話
しおりを挟む
「この糸は、私か仲間の子蜘蛛達にしか解けないのですが、一度、体から切り離してしまうと、こちらからの操作が利かなくて……」
申し訳なさそうに呟くコグモ。
どうやら、コグモの糸は俺の糸の様に、再接続は出来ない様だった。
「いつも、こういう時は、仲間の子蜘蛛達に解いてもらうのですが、生憎、今は出払っているので……。ええっと……。こっちの面が不粘着面で、この糸がここから始まっているから……」
コグモは糸とにらめっこをしながら、部分部分で、撫でる様に触って行く。
すると、触れた表層の部分から、少しずつ、糸がほつれて行った。
「すごいな……。撫でてるだけに見えるのに……」
「私こう見えて、体の表面に見えない程の、この糸にくっつかない、操作できる産毛が生えているので……。感覚器官の意味もあるので、これを自由自在に伸ばせれば、ルリ様達の糸にも近い物になるかもしれませんね」
彼女はそう言いながらも、糸とにらめっこを続ける。
それでも少しずつしかほつれて行かないのを見るに、きっと、繊細な作業なのだろう。
俺は邪魔をしない様に、静かにその後姿を見守る事にした。
ミシッ……。
その内に、解れたせいで、支えを失いつつある糸が、クリアの体重によって、伸び始める。
「おおっと……」
俺は半ば反射的にクリアの体を支えるが、糸が俺にもべったりとくっついてしまった。
「あ、すみません。ありがとうございます。こちらの糸が外れれば、そちらも外しますので、あまり動かないで待っていてくださいね……」
そう言って、完全に木の上からクリアにつながる糸を解いて行くコグモ。
俺も、絡まっては嫌なので、大人しく待つ。
……しかし、コグモの糸がこれ程強力だとは知らなかった。
でもそうだよな……。糸を木の枝なんかに絡めて、木の上を素早く移動する俺とは違って、コグモは貼り付けた僅かな糸の接着面だけだけで、自重や遠心力に耐えて、移動しているんだもんな……。それなりの粘着力はあって当然か。
「ふぅ……。お待たせしました」
木の上から吊る下がる糸を解き終えたコグモがこちらを向いた。
「おぅ。じゃあ、こっちもお願いな」
そう言う俺に、コグモは「はい」と、答えると、静かな動作で、こちらに近づき、俺らに絡みつく糸に手を当てて行く。
ゆっくりとした動きをする彼女の手から、手首、腕、そして顔へと視線を上げて行く。
いつもニコニコしているコグモでは中々見られない、真剣な表情だ。
いつもの可愛らしさと落差があって、なんだか、カッコ良く見える……。
「……そう言えば、お前の糸、これだけ粘着力があるなら、色々工作に使えそうだな」
無言で見惚れていた俺は、ハッとなると、思い付いた言葉を口に出す。
「……そう、ですね……。私自身、あまり活用法が思いつきませんが、ルリ様が指示してくれれば、いくらでもお貸ししますよ……」
話しかけても、目線は糸の方。
コグモはあまり、こちらを気にしている余裕が無いのか、見惚れていた俺には気付いていなかった様だ。
「そうか……。じゃあ、その内、貸してもらおうかな……」
「はい……」
そこで終わる会話。訪れる沈黙。
コグモが気にしていないとしても、俺が気まずい。
この静かな空間では、糸越しに伝わってくる、彼女の優しく触れる手の感触や息遣いが、否が応でも、際立って感じられた。
申し訳なさそうに呟くコグモ。
どうやら、コグモの糸は俺の糸の様に、再接続は出来ない様だった。
「いつも、こういう時は、仲間の子蜘蛛達に解いてもらうのですが、生憎、今は出払っているので……。ええっと……。こっちの面が不粘着面で、この糸がここから始まっているから……」
コグモは糸とにらめっこをしながら、部分部分で、撫でる様に触って行く。
すると、触れた表層の部分から、少しずつ、糸がほつれて行った。
「すごいな……。撫でてるだけに見えるのに……」
「私こう見えて、体の表面に見えない程の、この糸にくっつかない、操作できる産毛が生えているので……。感覚器官の意味もあるので、これを自由自在に伸ばせれば、ルリ様達の糸にも近い物になるかもしれませんね」
彼女はそう言いながらも、糸とにらめっこを続ける。
それでも少しずつしかほつれて行かないのを見るに、きっと、繊細な作業なのだろう。
俺は邪魔をしない様に、静かにその後姿を見守る事にした。
ミシッ……。
その内に、解れたせいで、支えを失いつつある糸が、クリアの体重によって、伸び始める。
「おおっと……」
俺は半ば反射的にクリアの体を支えるが、糸が俺にもべったりとくっついてしまった。
「あ、すみません。ありがとうございます。こちらの糸が外れれば、そちらも外しますので、あまり動かないで待っていてくださいね……」
そう言って、完全に木の上からクリアにつながる糸を解いて行くコグモ。
俺も、絡まっては嫌なので、大人しく待つ。
……しかし、コグモの糸がこれ程強力だとは知らなかった。
でもそうだよな……。糸を木の枝なんかに絡めて、木の上を素早く移動する俺とは違って、コグモは貼り付けた僅かな糸の接着面だけだけで、自重や遠心力に耐えて、移動しているんだもんな……。それなりの粘着力はあって当然か。
「ふぅ……。お待たせしました」
木の上から吊る下がる糸を解き終えたコグモがこちらを向いた。
「おぅ。じゃあ、こっちもお願いな」
そう言う俺に、コグモは「はい」と、答えると、静かな動作で、こちらに近づき、俺らに絡みつく糸に手を当てて行く。
ゆっくりとした動きをする彼女の手から、手首、腕、そして顔へと視線を上げて行く。
いつもニコニコしているコグモでは中々見られない、真剣な表情だ。
いつもの可愛らしさと落差があって、なんだか、カッコ良く見える……。
「……そう言えば、お前の糸、これだけ粘着力があるなら、色々工作に使えそうだな」
無言で見惚れていた俺は、ハッとなると、思い付いた言葉を口に出す。
「……そう、ですね……。私自身、あまり活用法が思いつきませんが、ルリ様が指示してくれれば、いくらでもお貸ししますよ……」
話しかけても、目線は糸の方。
コグモはあまり、こちらを気にしている余裕が無いのか、見惚れていた俺には気付いていなかった様だ。
「そうか……。じゃあ、その内、貸してもらおうかな……」
「はい……」
そこで終わる会話。訪れる沈黙。
コグモが気にしていないとしても、俺が気まずい。
この静かな空間では、糸越しに伝わってくる、彼女の優しく触れる手の感触や息遣いが、否が応でも、際立って感じられた。
0
あなたにおすすめの小説
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
おばさん冒険者、職場復帰する
神田柊子
ファンタジー
アリス(43)は『完全防御の魔女』と呼ばれたA級冒険者。
子育て(子どもの修行)のために母子ふたりで旅をしていたけれど、子どもが父親の元で暮らすことになった。
ひとりになったアリスは、拠点にしていた街に五年ぶりに帰ってくる。
さっそくギルドに顔を出すと昔馴染みのギルドマスターから、ギルド職員のリーナを弟子にしてほしいと頼まれる……。
生活力は低め、戦闘力は高めなアリスおばさんの冒険譚。
-----
剣と魔法の西洋風異世界。転移・転生なし。三人称。
一話ごとで一区切りの、連作短編(の予定)。
-----
※小説家になろう様にも掲載中。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
「元」面倒くさがりの異世界無双
空里
ファンタジー
死んでもっと努力すればと後悔していた俺は妖精みたいなやつに転生させられた。話しているうちに名前を忘れてしまったことに気付き、その妖精みたいなやつに名付けられた。
「カイ=マールス」と。
よく分からないまま取りあえず強くなれとのことで訓練を始めるのだった。
元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―
やまだ
ファンタジー
12/9 一章最後に番外編『雨の日のあだ名戦争』アップしました。
⭐︎二章より更新頻度週3(月・水・金曜)です。
朝、昼、夜を超えてまた朝と昼を働いたあの日、救急医高梨は死んでしまった。比喩ではなく、死んだのだ。
次に目覚めたのは、魔法が存在する異世界・パストリア王国。
クラリスという少女として、救急医は“二度目の人生”を始めることになった。
この世界では、一人ひとりに魔法がひとつだけ授けられる。
クラリスが与えられたのは、《消去》の力――なんだそれ。
「今度こそ、過労死しない!」
そう決意したのに、見過ごせない。困っている人がいると、放っておけない。
街の診療所から始まった小さな行動は、やがて王城へ届き、王族までも巻き込む騒動に。
そして、ちょっと推してる王子にまで、なぜか気に入られてしまい……?
命を救う覚悟と、前世からの後悔を胸に――
クラリス、二度目の人生は“自分のために”生き抜きます。
⭐︎第一章お読みいただきありがとうございました。
第二章より週3更新(月水金曜日)となります。
お楽しみいただけるよう頑張ります!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる