かみクズカゴ。

花瓶 （お題：花瓶・造花・幽霊）

「私を造花にして」

　あの言葉が今でも僕の脳裏のうりに焼き付いて離れない。

　若かりし頃の記憶。
　蜜みつのように甘く、青々あおあおとした葉のように苦い、決して色あせない過去の記憶。

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　その日の僕は学校帰りに、入院したおばあちゃんのお見舞みまいに来ていた。

　病室でのおばあちゃんは思いの外ほか元気そうだったことを覚えている。
　小一時間ほどおばあちゃんと話した僕は「また明日も寄るから」と言って病室を出た。

　窓の向こうからは早くも夕に染まった光が差し込んでおり、長く静かな廊下ろうかをどこまでも照らしていた。

　無性むしょうに賑にぎやかな家が恋こいしくなった僕。
　自然と早まる足取りで廊下を進んだ。

　あまり変わらない風景と無駄に響ひびく足音が余計に胸をざわつかせる。

　そんな時だった。
　休憩スペースの一角、僕と同年代の少女が一人。
　ソファーに座ったまま寂さびしそうに窓の外を眺ながめているのが目に映った。

　可哀想かわいそうだと思った。
　何とかしてあげたいと思った。
　そしてその時の僕は思っただけでは飽あき足らずに行動にまで移うつったのだ。

　今思えば内気な僕がなぜそのような行動に出たのかは分からない。
　院内の雰囲気ふんいきに呑のまれての物だったのか。

　あるいは憐あわれみを向ける事によって生まれた正義感だったのか。
　少なくとも誰かと一緒に来ていれば気にすらしていなかった光景だろう。

　僕が彼女に「はじめまして」と声を掛けると、彼女は訝いぶかし気な表情をしながらも「はじめまして」と答えてくれた。

　その後、彼女の隣となりに腰こしを下おろしてよいかと聞きく。　
　彼女は渋々しぶしぶながら了承りょうしょうしてくれたので、互いの手が届とどかない範囲はんいで腰を下ろした。

　それからは互いの話をした。
　初めは僕がどうしてここにいるのかを話し、次は彼女がここにいる理由を話してくれた。

　それが終わると、僕は彼女の興味を引きそうな話題を振る。
　時たま双方そうほうで質問が飛び交う事はあったが、主な話し手は僕だった。
　家族がどうだの、学校がどうだのと愚痴ぐち交まじりの軽い会話だ。

「じゃあそろそろ帰るね」

　薄暗うすぐらくなった窓の外を見て僕が言うと、彼女は「そうね」と言ってソファーを立った。

「私の部屋は402だから」

　彼女はそれだけ言うと、去っていった。

　そこは「またね」とか「じゃあね」とかではないのかと首をかしげる。

　しかし彼女には明日も来ることを伝えてはいたので、まぁ、いいか。と流して帰路きろに着いた。

　それからはおばあちゃんのお見舞いもそこそこに毎日のように彼女と会って話をした。

　本当にくだらない話だ。
　毒にも薬にもならないような話を、それこそ暗くなるまでずっとしていたり、漫画や小説を貸しあって一日中読んでいることもあった。

　そんなある日の事である。
　彼女の病室でいつも通りくだらない話をしていると、ふと、彼女の病室に飾かざられている花瓶かびんが目に入った。
　そこには美しい造花ぞうかが挿さされており、時折ときおり僕の目を惹ひいていた

「造花はいいよね。いつまでも綺麗きれいなままだから」

　特に何かを考えて発言したわけではない。
　今までのどうでも良い話が尾おを引いた、惰性的だせいてきな一言だった。

「私は嫌きらい」

　彼女は唐突とうとつにそう言い放った。
　今までにないほどの拒絶きょぜつに僕は驚く。
　そう言い放った本人も驚いている様子でしばしの間、両者りょうしゃは硬直こうちょくした。

　先に視線をそらしたのは彼女だった。
　俯いた彼女の口からは「帰って」と小さな声が発せられる。
　それだけで僕は退散たいさんを余儀よぎなくされた。

　珍めずらしく日の高い内に歩みだした帰路はいつも以上に暗く感じた。

　どうにか家にたどり着き、ご飯を食べ、お風呂に入った後も、僕の頭の中どうすれば彼女に許ゆるしてもらえるかでいっぱいだった。

　許してもらうにはまず怒りの原因を探って謝罪しゃざいしなければならない。
　何か思い当たる節はないか頭の中をかき回した。

　あの造花は僕があの病室に行く前からあったものだ。
　彼女が造花を嫌っていながら捨てずにずっと置いてあるという事はきっと捨てられないものなのだろう。

　嫌っていても捨てられないもの。例えば贈おくり物だ。
　彼女は長らく入院しているのだから誰かがお見舞いに来て見舞いの品を置いて行ってもおかしくはない。

　…いや、そもそもこれほど長く彼女と一緒にいるにもかかわらず、見舞いはおろか、僕は一度も彼女が誰かと話しているところを見たことがなかった。

　造花はいつまでも綺麗だ。
　…じゃああの造花はいったいいつの物なのだろう。

　僕は家を飛び出した。走って、走って、走った。

　外はもう真っ暗で、病室になんて入れてもらえるわけもないのに彼女の下に向けて走った。

　息も絶たえ絶だえ、病院まで辿たどり着くと、正面扉を避さけ、他には入れる場所はないかと探した。

　丁度外に面していた一階の窓が開けっ放しになっているのをみつけると、そこから病院内に侵入しんにゅうして彼女の病室まで向かう。

　途中誰にも見つかることなく彼女の病室まで辿り着くと、彼女は泣いていた。
　僕が何気なにげなく渡したキーホルダーを握にぎりしめて泣いていた。

　僕は急いで彼女の下に駆け寄ると何度も謝罪した。
　これからは僕が一緒にいるからと告白めいた言葉を掛かけたところで彼女は驚いたように泣き止み、僕は顔を赤くした。

　それからは彼女ともっといろいろな話をした。
　病気が治ったらここに行こうとか、この服が似合にあいそうとか、より親密な会話もするようになった。

　互たがいにそのような会話が行き過ぎた時、相手が顔を赤らめるまで気づかないのは、病気にかかった気分だった。

　そんな病気ならずっと治らなければいいのに。
　僕はそう思った。

「私、造花を作りたいの」

　ある日会話の脈絡みゃくらくもなく彼女がそう言った。
　この頃彼女はぼーっとする事が多くなってきていて、ベッドの上から動く素振そぶりも見せなくなった。

　僕は少し嫌な予感がしたが、嫌っていたものを自ら作りたいというのだ。応援する他ないだろう。

　僕は翌日、造花の材料を買い集めると彼女の下に向かった。

　僕も造花をつくるのは初めてだったので本を見ながら作ったが、中々うまくできなかった。正直鼻をかんだティシュと大差ないという出来栄できばえだった。

　打って変わって彼女はと言うと数回作っただけでしっかりと花の形になっていた。

　それでも気に入らないのか何度も作り直したり、様々な形状の造花に挑戦している様はとても生き生きとしていて、微笑ほほえましかった。

　そんな事を続けて数日、やっと僕も花と呼べる代物が作れるようになり、彼女はもう、販売品はんばいひんと遜色そんしょくないレベルまで腕うでを上げていた。

　そんな彼女への対抗心たいこうしんから、僕は造花の指輪ゆびわと、花冠《はなかんむり》を作って彼女に渡すことにした。
　ちょっとしたサプライズだ。

　僕は造花づくりに夢中になっている彼女に忍しのび寄り、後ろから花冠を乗せようとする。
　しかし彼女はそれを避さけると僕の左手を両手で掴つかんで覆おおい隠かくした。

　彼女が手を離すと左の薬指には彼女が作ったであろう造花の指輪がはまっていた。
　彼女は悪戯いたずらが成功した子どものように、ニシシッと笑う。

「完敗だよ」と、言いつつも彼女の隙すきをついてその左手を掴んだ。

「ありゃ？」掴んだと思ったのだが避よけられたようで、僕の手は空回からまわる。

　なにも避けることないじゃないか。と反抗心むき出しで拗すねると、彼女は「ごめんごめん」と言いながら左手を差し出してきた。

　お互いに指輪をはめ満足した僕は時間も時間なので片づけを始めた。

　彼女も一緒に片付け始めるが、何度か物を取り落として「今日は調子が悪いのかな」と笑っていた。

　やはり元気そうにしていても病状は悪化する一方のようだった。
　僕は「お大事に」と声を掛け病室を後にする。

　不安で押しつぶされそうな胸も指輪を撫でればいくらか軽くなった気がした。

　そして次の日。その病室に彼女はいなかった。

　ベッドの上には手紙と指輪、花冠が置かれていた。

　手紙には短く一言だけ。


「私を造花にして」


　僕は彼女を探した。考えうる場所全てを探した。
　廊下、踊り場、屋上、病室。彼女は何処にもいなかった。

　患者かんじゃさんに聞こうとしても、彼女と親しい相手を僕は知らない。

　勿論もちろん、看護師さん達にも彼女の話を聞いたが、訝し気な顔をしながら、個人情報だ。と言って教えてもらえなかった。

　その後、おばあちゃんは何事もなく退院した。運動をよくするように。とお医者さんにきつく言い含められていた事を覚えている。

　それ以来いらい僕はあの病院に行くことはなかった。
　思い出しても辛くなるだけだから。

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　そうして僕は今日と言う日を迎むかえる。




「あなた！はやく！」

　彼女が呼んでいる。もう行かなくては。

　今日も造花は美しいままだった。




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※おっさん。の小話

　今回は読者様が作るお話です。

　 病院の女の子が幽霊なのか、生きている人なのか。
 　主人公を最後に呼んだ「彼女」は何者なのか。

　もしかしたら、お話に出てくる女の子ととは別の人と結ばれて、彼女を美しい記憶に留めたのかもしれない。
　病気が治った少女と再会したのかもしれない。
　はたまた、死後、三途の川の向こうで彼女が呼んでいるのかもしれない。

　そんな、読者に想像を掻き立てるお話です。
 　貴方様なりの解釈で良いですよ。

 　因みに「花瓶」は「造花」を飾る心の器です。
 　なんで花瓶なんだ？と思われたかもしれないので、一言でした。