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5話
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終業後、修から「ちょっと時間作ってほしい」とだけ言われ、佑は無言でその後ろを歩いた。
蝉が至る所で鳴いている。佑はいつからか蝉の鳴らす音が好きだった。たぶん小学生の頃の楽しかった夏の思い出がその音と共に呼び戻されるからだ。
一方、修はうざったそうに蝉の止まっている木を睨みつけて歩いた。夏の色が一層濃くなる。
今日は朝から、どこか機嫌が悪いように見えていた。昼休みも、近づくと避けられたように感じて、佑は別の席に移った。
笠松が「なんや今日は松田くん機嫌悪いな」と耳打ちしてきた。どうやら朝の挨拶も無視されたらしい。
修は工場裏の喫煙スペースのベンチに腰を下ろし、佑も隣に座った。
工場を囲むフェンスの先には小さな田んぼが広がり、その向こうを車がときおり走っていく。
無言が続いた。アスファルトの上に落ちた黒ずんだバナナの皮を見て、佑は「とんでったバナナ」の童謡を思い出す。日差しに熱せられ、いつからそこにあるのか分からないような臭いが漂っていた。
頭の中で童謡のメロディをなぞっていると、大きなため息が割り込んできた。
修が足元の吸い殻を見つめながらぼそりと言った。
「……あー、俺もタバコ吸おうかな」
佑は一気に動揺した。
「タバコ吸ったことあるん?」
「今は吸ってない」
「じゃあ吸うな」
「なんで?別に佑に迷惑かけへんやん」
「吸ってほしくないから」
“でもさ” と言いかけた修の声を遮るように、佑は必死に言葉を続けた。
夏休み前に、大学の講義で「タバコによる人体への影響」を改めて勉強したばかりだったこと。そもそも煙の臭いが苦手なこと。今の時代、他にいくらでも心を癒すものがあるのに、わざわざタバコを選ぶのは、自傷行為のように思えてしまうこと。
一通り話し終え、佑は小さく息を吐いた。
「……何があったか知らんけど、自分を傷つけるのは良くないよ」
修はずっと俯いていた。
だが次の瞬間、堪えきれないというように噴き出した。
「熱血教師かよ。めっちゃ喋るやん」
安心したのと同時に、そんなつもりは無かったから少し気恥ずかしさがこみ上げた。
「手、貸して」
促されるまま佑が手を差し出すと、修はその手を握った。
それは本当にそっとした力で、握ったというより“触れた”に近かった。修は前に足を投げ出し、田んぼの奥の道路をじっと見ている。
佑もわずかに握り返し、同じ方向を見つめた。ふと、修は今、寂しいのだろうかと思った。
何があったのかは分からない。
でも、話したくなったら話すかもしれない。そう思って、今は、隣にいるしかなかった。
しばらくして、修が耐えかねたように言った。
「キモいやろ。男二人がこんなん……」
佑は横目で修の顔を見て、少し考えてから答えた。
「そうかな。中学の頃の友達が手を繋ぐの好きでさ、たまに繋いでたけど」
予想外の返答だったのか、修は一瞬だけ口をもごもごさせると、突然、佑の手の甲に爪を立てた。
「痛っ、なに……?」
声を上げても、修は力を緩めなかった。
「どうしたん?やめて?」
「痛いか?」
「うん」
「やめてほしい?」
「やめてほしい」
やっと爪が離れた。
血こそ出ていないものの、くっきりと赤い跡が残っている。
「うわ、跡ついてる」
修はケタケタと笑った。
「だから痛いって言ったやん……」
佑は手の甲を擦りながら、心の中で思った。──これで三度目やな。
蝉が至る所で鳴いている。佑はいつからか蝉の鳴らす音が好きだった。たぶん小学生の頃の楽しかった夏の思い出がその音と共に呼び戻されるからだ。
一方、修はうざったそうに蝉の止まっている木を睨みつけて歩いた。夏の色が一層濃くなる。
今日は朝から、どこか機嫌が悪いように見えていた。昼休みも、近づくと避けられたように感じて、佑は別の席に移った。
笠松が「なんや今日は松田くん機嫌悪いな」と耳打ちしてきた。どうやら朝の挨拶も無視されたらしい。
修は工場裏の喫煙スペースのベンチに腰を下ろし、佑も隣に座った。
工場を囲むフェンスの先には小さな田んぼが広がり、その向こうを車がときおり走っていく。
無言が続いた。アスファルトの上に落ちた黒ずんだバナナの皮を見て、佑は「とんでったバナナ」の童謡を思い出す。日差しに熱せられ、いつからそこにあるのか分からないような臭いが漂っていた。
頭の中で童謡のメロディをなぞっていると、大きなため息が割り込んできた。
修が足元の吸い殻を見つめながらぼそりと言った。
「……あー、俺もタバコ吸おうかな」
佑は一気に動揺した。
「タバコ吸ったことあるん?」
「今は吸ってない」
「じゃあ吸うな」
「なんで?別に佑に迷惑かけへんやん」
「吸ってほしくないから」
“でもさ” と言いかけた修の声を遮るように、佑は必死に言葉を続けた。
夏休み前に、大学の講義で「タバコによる人体への影響」を改めて勉強したばかりだったこと。そもそも煙の臭いが苦手なこと。今の時代、他にいくらでも心を癒すものがあるのに、わざわざタバコを選ぶのは、自傷行為のように思えてしまうこと。
一通り話し終え、佑は小さく息を吐いた。
「……何があったか知らんけど、自分を傷つけるのは良くないよ」
修はずっと俯いていた。
だが次の瞬間、堪えきれないというように噴き出した。
「熱血教師かよ。めっちゃ喋るやん」
安心したのと同時に、そんなつもりは無かったから少し気恥ずかしさがこみ上げた。
「手、貸して」
促されるまま佑が手を差し出すと、修はその手を握った。
それは本当にそっとした力で、握ったというより“触れた”に近かった。修は前に足を投げ出し、田んぼの奥の道路をじっと見ている。
佑もわずかに握り返し、同じ方向を見つめた。ふと、修は今、寂しいのだろうかと思った。
何があったのかは分からない。
でも、話したくなったら話すかもしれない。そう思って、今は、隣にいるしかなかった。
しばらくして、修が耐えかねたように言った。
「キモいやろ。男二人がこんなん……」
佑は横目で修の顔を見て、少し考えてから答えた。
「そうかな。中学の頃の友達が手を繋ぐの好きでさ、たまに繋いでたけど」
予想外の返答だったのか、修は一瞬だけ口をもごもごさせると、突然、佑の手の甲に爪を立てた。
「痛っ、なに……?」
声を上げても、修は力を緩めなかった。
「どうしたん?やめて?」
「痛いか?」
「うん」
「やめてほしい?」
「やめてほしい」
やっと爪が離れた。
血こそ出ていないものの、くっきりと赤い跡が残っている。
「うわ、跡ついてる」
修はケタケタと笑った。
「だから痛いって言ったやん……」
佑は手の甲を擦りながら、心の中で思った。──これで三度目やな。
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