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しおりを挟む意識を失いかけているちびは揺れを感じた程度だったが、部屋の中にいる男たちにとっては正気を取り戻すほどの衝撃だったらしい。
揺れに次いでふっと電気が消える。
この部屋には大きな窓があり、雨天とはいえ昼間なので視界が悪くなるほど暗くはならないが、唐突な消灯は動揺を煽るのに十分だった。
「何だ?」
心当たりがあるかという父親からの視線に、隆也は首を振る。
「おい、下にいる奴に連絡しろ。カメラ確認してこい」
隆也が指示を出すと、一人がちびを拘束するために残り、あとの部下は部屋から出ていく。
一時だけでも苦痛から解放されてほっとしたちびは、立っているのが辛くて腕を掴まれたまま座り込んだが、それを咎める者はいなかった。
懐からスマホを取り出した隆也が、画面を見て眉を顰める。
「圏外?どういうことだ。今までこんな……」
何が起こっているのだろう。
ホラー映画のように次々と起こる事象を不思議に思った時、ふっと身体が軽くなった。
不快感が和らぎ、ノイズがかかっているようだった頭の中が少しクリアになる。
この、厳冬が唐突に雪解けになるような心地を、どこかで感じた覚えがあった。
「(せい……いちろう……?)」
部屋の外が騒がしくなる。
近付いてくる悲鳴と破壊音が、またしても建物を揺らした。
樋口たちは懐に手を入れ、それぞれ武器を取り出す。
ちびを拘束する男もナイフを手にしたが、ここに向かっているのが誰なのか、ちびはもう確信していた。
すぐ近くにいる。
征一郎が……。
「ちび!」
ガンッ!とすごい音を立ててドアが蹴破られ、開いたそこから現れた力強い姿に、安堵の涙が零れた。
「せいいちろ……」
「ちび、」
弱々しい声で呼ぶと、征一郎と視線が合う。
征一郎はちびを発見したことで一瞬安堵の表情を浮かべかけた。が、服が破け、口元や白い肌に血のついたちびを見て、瞳が怒りに燃え上がる。
「てめえら……」
「おっと、動くなよ征一郎。そのガキを怪我させたくなきゃ」
隆也の言葉の終わりを待たずに、室内の空気が動いた。
「がっ」
ちびを拘束しナイフを突きつけていた男の呻きが聞こえたかと思うと、掴まれていた腕が解放されて温かさが体を包む。
「ちび」
「征一郎……」
そこは、征一郎の腕の中だ。
視界いっぱいに広がる眉を寄せた気遣わし気な眼差しが優しくて、胸がぎゅっとなる。
ちびはようやく呼吸が戻ってきたような心地を味わいながら、早い鼓動を刻む胸に抱きついた。
大好きな征一郎の匂いを吸い込むと、時が止まったように周囲の音は聞こえなくなった。
ホムンクルスの生存本能なのか、不快感の代わりに飢餓感が強くなる。
欲しい、などとこんな時に。
冷静な自分は、遠くで征一郎に迷惑をかけるなと怒っているが、損耗した体の上げる悲鳴は大きい。
ちびが本能と戦っている間も、征一郎は樋口たちと何かやりとりをしている。
そして何故か、ちびを床へと下ろした。
置いていかれる気配を感じとり、ちびは必死に逞しい体へ縋りついていた。
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