臆病なオオカミと鬼の警部補

イワキヒロチカ

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 取調室から早々に戻ってきたベテラン巡査部長の駿河するがは、今一つ浮かない顔で赤穂のデスクへ報告にやって来た。
 その表情から、どのような報告か大体の察しがつく。
 しかしわかっていても、聞かないわけにはいかない。赤穂は問いかけた。
「本村はどうでした?」
 階級も役職も赤穂の方が上なのだが、駿河は年長で現場の捜査に関しては大先輩だ。自然と丁寧な接し方になる。駿河の方も、赤穂のことを上司よりも後輩の刑事として認識しているようで、赤穂としてもその方がやりやすかった。
 駿河は太い首を軽く振って、ため息混じりに答える。
「他の奴と同じだ。遊ぶ金欲しさに、自分たちだけで考えてやったことで間違いないと言ってる」
 やはり……。
 その場で二人のやりとりを聞いていた全員にも、駿河の浮かない表情が伝染したようだった。

 三日前の深夜、近隣住民からリンチが行われているという一一〇番通報があった。
 近くにいた地域係員が駆けつけたところ、犯人は既に逃走していたが、逃走する姿が近隣の防犯カメラに映っていたため、経路などから身元はすぐに割れた。
 被害者に暴行を加えていたのは隣接する区に住む五人の少年で、全員未成年だ。
 被害者は、叩けば色々と埃の出そうな自称コンサルティング会社社長の男性で、告訴はしないと言ってるらしい。
 入院中の被害者に顔写真を確認してもらい、五人がそれぞれ自宅に戻っていたところを確保し、取調べを行った。
 妙に粛々と警察署に連行されてきた少年たちは、全員が全員「遊ぶ金欲しさに男を襲撃した」と話している。
 これだけ聞くと、いわゆるオヤジ狩りのような、少年犯罪にはよくある事件とも言える。
 だが……。

「んー、犯行自体はカメラに映らない場所だったから、指示役がいそうだと思ったんですけどね」
 防犯カメラから逃走経路を割り出した三春みはるが首をひねる。赤穂も同じ認識だった。
 カメラのない場所で犯行に及んでいることと、被害者が素行の良くない人物だということ。
 その程度の条件なら偶然揃うこともあるかもしれない。しかし、実は一週間ほど前にも似たような事件が起こっていた。そちらは生活安全課が担当している。
「指示役をかばっているような様子は?」
 赤穂も五人のうちの一人の取調べに立ち会ったが、やはり違和感を覚えていた。

 彼らは、警察に逮捕されたというのに、大人しすぎる。
 五人もいれば、一人くらいは否認したり、黙秘したり、粋がってみたりするものがいてもおかしくはない。
 それが、五人ともすぐに犯行を認め、淡々と当日のことについて語り始めるのだ。
 不安でどうしたらいいかわからなくなっているのだろうか。
 だが、不安であれば猶更、もっと取り乱しているはずだ。

 駿河も当然、その部分は気になっていただろう。
 それがな、と唸ってざらりと無精髭を撫でる。
「何かはありそうなんだよな。ただ、現時点では揺さぶりをかけるようなネタもないから、ここまでだ」
 五人の繋がりについても、たまたま知り合って意気投合したというような曖昧な話だった。生活安全課の方でも特にマークしている少年ではないということだ。

 どうにもすっきりしないが、少年犯罪の上、被害者も告訴をしないということなので、これ以上やれることはない。 
 先に起こったものと同様の事案なので、後は生活安全課に任せることになるだろう。

 課長へ報告に向かう前に、赤穂は同じフロア内の暴力犯係の係長のところに足を向けた。
加賀かがさん」
 加賀は赤穂と同じ警部補で、いかにも暴力犯係らしい強面だ。
 難しい顔をしてパソコンのモニタを覗き込んでいたが、ぱっと顔を上げるとそのまま背もたれに寄りかかる。完全に耐用年数を超えているデスクチェアから、悲鳴のような音が聞こえた。
「何度来ても、小田原についちゃ、この間話した以上のことは知らねえぞ。ガキの方はうちでは心当たりないしな」
 小田原とは被害者のことだ。
 暴力団との直接的な繋がりこそなかったが、暴力犯係に把握されているくらいには後ろ暗い人物と言える。
「トクリュウ系で、似たような事案は発生していないですか」
「特殊詐欺は相変わらず爆増してるが、今は強盗系は見ねえな。ま、あいつらはこのまま送致一択だとして、入れ知恵した奴がいる説は俺も推すぜ」
「そうですね……」
 いわゆる闇バイトで逮捕された場合、指示役をかばっても実行役にとっていいことはない。
 家族のことを知られて脅されているようなこともあるかもしれないが、彼らにはそういった怯えた様子も見られなかった。
 強盗を指示した人物、あるいは教唆した人物がいるとしたら、一体どんな人物なのだろう。

 不意に、先日出会ったアキラという男が脳裏を過る。
 怪しかったからといって、さすがに短絡的だ。
 短絡的だとは思うが……、後から娘に聞いた経緯は、あの時感じたアンダーグラウンドの気配を裏付けるものだった。

 あの日、綾が街を歩いていると、高校生くらいの少年二名から、からかうような声をかけられたらしい。
 困っていると、どこからともなくアキラが現れ、高校生たちに何かを話しかけた。
 すると、彼らはすぐにどこかに行ってしまった……。

 これだけで関係者と決めつけることはもちろんできないが、アキラが近隣の少年たちへ何らかの影響力があるということは確かだ。
 彼はいったい何者だったのか。
 娘はすっかり気に入ってしまったようで、家に送っていくまで何度もアキラの話をしていた。
 警察官としてだけでなく、父親としても警戒すべき人物だ。
 しかし、今は何の根拠もない。

 加賀に時間を取らせた礼を言って踵を返した赤穂は、三件目が発生しないことを願っていた。
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