臆病なオオカミと鬼の警部補

イワキヒロチカ

文字の大きさ
6 / 8

6

しおりを挟む

 せっかく署からの連絡もない静かな夜だったというのに、疲労感の残る目覚めだった。
 ベッドで横になってからも、アキラが何者なのかについて考えてしまったせいだ。
 一見してただの遠慮を知らないお調子者。しかしその印象と、カセットコンロごと大量の鍋の具材を的確に買い込み、それらの準備と片付けを完璧にこなす手際とは実にミスマッチだ。
 どういう人物なのかを推測しようとしたが、相対していた短い時間の中、自分で見聞きした事柄だけでは情報が少なすぎることに思い到ったのは、考え始めて随分と時間が経ってからのこと。
 赤穂は朝から、余計なことを考えて睡眠時間を浪費したという徒労感に襲われていた。
 ついでに、鍋の具材代を払っていないことにも気付いてしまう。
 仮にアキラがなんらかの目的を持って警察官の自分と近付いたのだとしたら、奢られたままにするのはあまり望ましいことではない。自分と娘の飲み食いした分は返しておかなくては。

『尊斗さん、めっちゃ俺のタイプなんだよね』

 再び会うことを考えると、アキラの意味不明な言葉とキラキラした笑顔が脳裏をよぎって、赤穂は再び眠りにつきたくなった。
 ふざけた冗談しか言わない相手に自ら連絡を取るのは気が重いが、やむを得まい。


 出勤すると、昨晩当直だった花園がするりと寄ってきた。
 花園は中性的ともいえるすっきりとした容姿の青年だ。階級は巡査部長で、見た目のシャープな印象を裏切らない有能な刑事である。
「おはようございます、係長。例の件ですが、またありました」
 例の件? とわざわざ聞き返さずとも、赤穂には何があったのかわかった。
「私の方に連絡は入らなかったな。現逮か」
「いえ。通報を受けて最寄りの地域係が駆けつけたときには、被疑者、被害者共にいなかったとのことです。ただ、通報者の話が……」
『複数の若者が、一人の男性を取り囲んで暴行しようとしている』
 しかし、その通報を受けて警察官が駆けつけるまでの間に、犯人だけでなく被害者もいなくなっていた。
 何故、被害者は逃げたのか?
 警察と関わり合いになりたくない、つまり後ろ暗いところのある人物だったのではないか。……そう考えることはできなくはないが。
「……それだけだと、これまでの暴行事件と同一とするには決め手に欠けるな」
「そうですね。ただの酔っ払い同士の喧嘩だったという可能性はあります」
 予断は禁物だ。否定するような言葉を交わしながら赤穂は……そして恐らく花園も、昨晩の件もまた、これまでと同様の事件であると考えていた。

「加賀、梅ヶ枝、赤穂、ちょっと来てくれ」
 席につき、あまり心楽しくないデスクワークに着手しようとした矢先、課長に呼ばれた。
 一緒に呼ばれた梅ヶ枝は、生活安全係の係長だ。大きな警察署であれば、生活安全課と刑事課は別の部署になるが、小さな署なので統合され、生活安全課も刑事課の一班のような扱いになっている。
 赤穂は無表情、梅ヶ枝はやれやれと一息吐いて、加賀は大義そうに、それぞれ課長の机の前に集まった。
「……ガキどもの暴行事件だが、似たような案件も起こっているようだし、どこかから何か言われる前に、色々調べておきたい」
 書類やファイルが乱雑に降り積もったデスクの一番上には、自分たちが提出した報告書が置いてある。
 課長は言葉ほどには覇気もなく、報告書をぽんと叩いた。 
「報告書を読む限り、ガキどもの背後になんかありそうってのは一致してるんだろ。まずは奴らの共通の知り合いや溜まり場を改めて当たってみて欲しい。加賀は、マルガイの方を頼む」
 マルガイというのは被害者のことだ。
 加賀が頷き、赤穂と梅ヶ枝も素直に「洗い直します」と承諾した。

 課長の前を辞すと、まずは担当を決めようということになった。
 小さな所轄署では、大掛かりな捜査など望むべくもない。
 本格的に調べるということになれば、他の署から応援を呼ぶ必要があるだろう。
 課長の「何か言われる前に調べておきたい」は、応援を呼ぶような大きな事件とするべきかどうかを判断するための捜査をしてこいということなのだ。
「人手も足りないことだし、一旦昨晩の通報は置いて、既に身元のわかってる奴らから調べていくか」
 赤穂は加賀に同意し、梅が枝を見る。
「梅ヶ枝さん、被疑者の中に、同じ学校や同じ職場同士というのはいなかったと思いましたが」
「いない。強制的にスマホを調べられれば手がかりがあったかもしれないけどね」

 容疑者の少年たちは全員口を揃えて、一緒に行動していた仲間とはSNSで知り合い、近所に住んでいることがわかったのでつるむようになったと話した。
 なんとも希薄な集まりに感じる。実際、彼らの話を聞いていても、友人と呼べるような間柄ではなさそうだった。
 自白があり、被害者の証言で犯行は確定していたが、赤穂は彼らの態度にどうにもすっきりしないものを感じていた。
 調べていいというのであれば、事件に至った経緯を知りたい。
「では、まずはうちで担当した四人の周辺を当たります」
 赤穂の申し出に、梅が枝も頷く。
「よろしく。こちらは近隣の若者が集まる場所を当たってみよう」
「山ほど目撃証言が出てくることを祈ってるよ」
 ぼやくような加賀の言葉が、解散の合図だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか

相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。 相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。 ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。 雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。 その結末は、甘美な支配か、それとも—— 背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編! https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

溺愛極道と逃げたがりのウサギ

イワキヒロチカ
BL
完全会員制クラブでキャストとして働く湊には、忘れられない人がいた。 想い合いながら、…想っているからこそ逃げ出すしかなかった初恋の相手が。 悲しい別れから五年経ち、少しずつ悲しみも癒えてきていたある日、オーナーが客人としてクラブに連れてきた男はまさかの初恋の相手、松平竜次郎その人で……。 ※本編完結済。アフター&サイドストーリー更新中。 二人のその後の話は【極道とウサギの甘いその後+ナンバリング】、サイドストーリー的なものは【タイトル(メインになるキャラ)】で表記しています。

魔王に飼われる勇者

たみしげ
BL
BLすけべ小説です。 敵の屋敷に攻め込んだ勇者が逆に捕まって淫紋を刻まれて飼われる話です。

俺は今、好きな人と一緒に写真を撮っています

鳥居之イチ
BL
剣道一筋だった四季政宗が家計のために剣道を辞め、始めたアルバイトは遊園地のマスコットキャラクターの中の人だった! しかしマスコットキャラクターでありながら、その怖すぎる容姿から人気が出ない中、ツーショットを撮りたいという申し出が!? その申し出は四季が気になっている隣のクラスの男子で…… この作品は他サイトでも投稿しております。

陥落 ー おじさま達に病愛されて ー

ななな
BL
 眉目秀麗、才ある青年が二人のおじさま達から変態的かつ病的に愛されるお話。全九話。  国一番の璃伴士(将棋士)であるリンユゥは、義父に温かい愛情を注がれ、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。  そんなある日、一人の紳士とリンユゥは対局することになり…。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...