15 / 85
15
しおりを挟む適当に寛いでてくれ、と通された部屋は十畳ほどのリビングで、テレビの前に適度に使い込まれた革のソファが置いてあり、恐らく部下などが掃除をしているのだろう、生活感を失わない程度に綺麗に片付いていて、居心地の良さそうな空間だった。
奥のドアは寝室に続くものだろうか?冬耶からすれば一人で暮らすには少し広すぎるが、ヤクザの『アニキ』の部屋というと、芸能人の住むような天井の高いだだっ広い高級マンション、というイメージがあったので、それを思えばこじんまりとしている。
もっとも、そのようなセキュリティにとても優れている物件だったら、早朝に一人でこっそり抜け出すことなどできなかったかもしれないけれど。
「ビールでもいいか?」
「あ、飲み物、キッチン触ってよければ、やりましょうか?」
「いい、座ってろ」
「はい……」
断られて、ソファから浮かせかけた腰を再度おろした。
所在なく部屋の主を待ちながら、冬耶は「一体どうしてこんなことになってしまったのか」と苦悩する。
今冬耶がいるのは、先日絶望的な気分で逃げ出した御薙の部屋だ。
またここに来てしまうなんて…。
朝は晴十郎、昼は五十鈴。二人の恩人に元気をもらい、八方塞がりな現状ではあるが、うまくかわしながら時間を稼いで、ほとぼりが冷めるのを待つのもいいのではないか、というちょっとした希望が見えたところだった。
時間を置けば、御薙の気持ちだって冷める可能性はある。
酔っぱらっていた自分が、軽率に連絡先を交換していなくてよかった。
とにかく、物理的な距離を置こう。
そう自分を励ましながら出勤すると、待ち構えていた様子の店長に「顔貸せ」と奥の部屋に連行された。
……嫌な予感しかしない。
そしてその予感は的中した。
「『真冬』、お前には、今日は出張キャストをしてもらう」
「出張キャスト?うちそんなサービスしてましたっけ?」
「してねえよ。けど御薙さんが、今日は自宅で会いたいって連絡してきたから、こちらとしてもデリバリーするしかないんだよ」
「…はい?」
「同伴でアフター、と思えばそんなに特殊なことでもないだろ。頼んだぞ」
「ま、待ってください!店長も見たでしょう?私が…、俺が、男になってるところ…!どういう条件で変化するのかもまだわからないのに、御薙さんの自宅なんてそんな、逃げ場のないところで…」
慌てて無理だと訴えると、国広は「まあそうだな」と頷いた。
同意を得られて、少しほっとする。
「そこは安心しろ、俺には秘策がある」
「え…秘策?」
まさか、国広には、性別が変化するメカニズムがわかったとでもいうのだろうか?
驚いていると、彼は自分の懐から何かを取り出した。
「これを使え」
渡されたのは、1センチほどの厚みの、タバコの箱より小さい紙箱である。
一瞬なんだかわからなかったが、表面に「コンドーム」と書いてあるのが見えて、一瞬気が遠くなった。
「あの…、これを何か…特殊な使い方をすることで男に戻らなくなるとかそういう…?」
「何だよゴムの特殊な使い方って。別に普通に避妊具として使え。試供品で貰ったものだから、金はいらねえぞ」
「いや、コンドームの適切な使用は、とても大切なことだとは思いますけど!でもあの、避妊とか感染症予防とかそういうことではなくて」
「まあとりあえずお守り的に持っとけ。渡しといて何だが御薙さんのあの雰囲気だと、「今日はちょっと体調悪くて……」とか仮病使えば無理に迫ってくるようなことはねえだろーし、服脱がなきゃ何とか誤魔化せんだろ?上手くやれ」
冬耶に拒否権などないのだった。
国広は一体何を考えているのだろう。
いや、彼が銭の花を咲かせることしか考えていないのは冬耶にもわかっている。
恐らく御薙は、『真冬』の借金が早くなくなるようにと今日も指名を入れてくれて、国広はそんな彼の誠実さにつけこんで、出張費などを得たに違いない。
そもそも、『真冬』が実は『冬耶』だとバレたら、金どころではない気がするのだが、不安に思わないのだろうか。
もっとも、もう来てしまったのだから、泣き言を言っても仕方がない。
国広の言う通り、服を脱ぐような展開を上手く避け、やり過ごすしかないだろう。
なんとかかんとか決意を固めていると、瓶ビールとグラスをもった御薙がリビングへと戻ってきた。
ソファの前にあるローテーブルに置くと、冬耶の隣に座る。
「……悪かったな、突然呼びだしたりして」
「いえ、そんな……、あっ、やりますよ」
後ろめたいことが多すぎて、せめてビールを注ぐくらいはやらせてもらおうと、瓶を手に取るため腕を伸ばした。
その時、何かが落ちる微かな音がした。
「ん、なんか落とし……、」
御薙が拾ったものを見て、動きを止める。
「え?……あっ!」
少し遅れて彼が硬直した理由を知り、冬耶もまた硬直する。
落し物は、……国広の託した『秘策』だった。
2
あなたにおすすめの小説
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。
★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら兄たちに溺愛されました~
液体猫(299)
BL
暫くの間、毎日PM23:10分に予約投稿。
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸にクリスがひたすら愛され、大好きな兄と暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスは冤罪によって処刑されてしまう。
次に目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過保護な兄たちに可愛がられ、溺愛されていく。
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな気持ちで新たな人生を謳歌する、コミカル&シリアスなハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞に応募しましたので、見て頂けると嬉しいです!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
僕、天使に転生したようです!
神代天音
BL
トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。
天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる