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物問いたげな視線から、気まずくそっと目を逸らす。
この状況で、それ以外に何ができただろう。
自分はなぜ、この『秘策』をバッグなどに入れず、ただポケットに突っ込んだままここにきてしまったのか。
国広から着替えずにそのまま行けと言われたので、冬耶は現在、出勤した時の格好のままだ。
通常キャバ嬢は、アフターなどのために通勤の格好にも気を遣う。
しかし冬耶は、稀に誘われる同伴やアフターに関してはやんわりと断っていた。
店にいれば、気まずくなっても他のスタッフや国広のフォローが望めるが、長い時間、客と二人きりでいたら、何かボロをだしてしまうかもしれない。
そんな不安もあり、また突然男に戻ってしまったらという懸念もあるため、あまり男っぽくならないよう意識しつつも、プライベートでスカートを履くことはなかった。
そして、晴十郎の家から職場が徒歩圏内なので、バッグを持つという習慣はあまりない。
つまり、あの時あの紙箱をうち捨てでもしない限り、パンツのあまり深さのないポケットに突っ込むくらいしかできなかったのだ。
せめてアウターの方に移しておけばよかった。
今更こんな詮無いことをぐだぐだと考えてしまうのは、つまるところ現実逃避である。
頭の中で迂闊な己と適当すぎる店長をひとしきり呪詛していると。
「ったく、お前は妙によそよそしいかと思えば大胆だな」
軽く腕を取られ、ソファに押し倒されて目を瞠った。
言葉に微かな違和感を覚えて、しかし彼の少し強引な仕草と、照明の影になり鋭くなった瞳にドキッとして、小さな疑問は掻き消える。
突然のことに目を瞬かせて御薙を見上げていた冬耶は、続いた言葉で更に驚くこととなった。
「昨日の今日で店に出るなんて聞いたから、休ませてやりたくて、国広の奴に無理言ったってのに」
「ぇ…」
自宅に呼んでくれたのが、そんな優しい理由だったなんて。
ときめきかけた心を、しかし理性がすぐにクールダウンさせる。
彼は性格が良くて責任感が強いから、こうして優しくしてくれるのだ。
冬耶自身も、これ以上彼を好きになったところで、この体でいる以上、結ばれる選択肢はないのだと。
「ああ、いや、もちろん俺が会いたかったってのが一番だけどな」
ただ黙っている冬耶がどんなことを考えていると思ったのか、御薙はそんなフォローの言葉を重ねた。
この人は、ヤクザなのにこんなにいい人で大丈夫なのだろうか。
冬耶は、……『真冬』は、彼に惹かれていく気持ちを押し殺しながら微笑んだ。
「私、結構頑丈だから、そんなに大事にしてもらわなくても大丈夫ですよ」
御薙が少し驚いたように目を瞠ったのを見て、冬耶はあれ?と思う。
こんなことを言ってしまっては「今日は体調が……」というのが使えないのでは。
ぐっと腕を掴む手に力が入ったのを感じて、冬耶は目を泳がせた。
「ぅ、えと、あの……」
墓穴を掘るとはまさしくこのことだ。
しかも、焦る気持ちとは裏腹に、この先を望んでいる自分がいることに気付いてしまう。
…あの夜も、こうだった気がする。
触れられたところから、温かさが流れ込んでくるような感じがして、嬉しかった。
この陽だまりのような温かい場所から、離れたくない。
でも、途中で男に戻ってしまったら?
不安は大きい。
けれど……。
揺れる心のまま、祈るような気持ちで、冬耶は御薙を見つめた。
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