33 / 85
33
しおりを挟む性別が変わったのは、冬耶の陰陽の気のバランスが崩れてしまったから?
二人の話は、冬耶にしてみればあまりにも非現実的で、騙されているのだろうかと疑いそうになる。
けれど、そんなことをして二人に何の得があるのだろう。それに二人とも、他人を騙して喜ぶような人たちではない。
そうわかっていてなお信じがたい話というか、現実の、しかも自分のこととして受け止めるのがかなり困難な話だ。
だが、頭で理解できなくとも、感覚的に腑に落ちるものはある。
冬耶の体に起こる変化は、現代の医学や科学、生物学などでは説明できそうもない、「変身」としか言いようのない急激な変態である。
それはもう魔法、ファンタジーの領域の話で、そのメカニズムを解き明かすとなると、やはりスピリチュアルよりの話になるしかないのかもしれない。
ひとまず受け入れることにしてみようと思うのだがしかし、一つ引っかかることがある。
この世の中に、陽より陰の気質が強い男性は、冬耶以外にもたくさんいるのではないか。
自分が内向的な性格で、陰側の性質を多く持っているということは理解できるのだが、そんな性格の人間は、世界中には、特に日本にはいくらでもいると思うのだ。
陰陽の気のバランスが崩れることで姿が変わる…、それを理とするなら、もっと他にも自分と似た症例があるはずではないか。
聞くと、五十鈴は腕を組んで唸った。
「うーん、何故あんただけがってとこは、まだわからないんだけどね。私たちも、陰気の強い人間なんていくらでもみてきたけど、鬼になるならともかく性別が変わってしまうってのは初めてだし」
なんだか、鬼になった人はよく見るみたいな口ぶりだ。
流石に冗談だろうと受け流す。
「五十鈴先生には、その陰気や陽気というのがわかるんですか?」
「まあ、昔取った杵柄かね。そっちの爺さんも『視える』人だよ」
振られた晴十郎は芝居がかった動作で肩をすくめた。
「私は、ほんの少し気の流れが見えるだけのことですが。でも、冬耶君を初めて見た時には、驚きましたよ」
「ど、どうして?」
「陽の気がほとんど感じられないにも関わらず、ごく普通にしていましたから」
普通はバランスが極端に崩れると、体調を崩したり、精神に変調をきたしたりするらしい。
そういうこともあって、わざわざ店まで連れて行って冬耶の話を聞いてくれたようだ。
「この陰陽のバランスには個人差がありますから、恐らく体質なのでしょうね。お会いする前の冬耶くんのことを見ていないから、何ともいえませんが」
特異体質ということだろうか。
「バランスが…ってことは、それを整えれば男に戻れるってことなんですかね?」
「まあ、そうなるな。それで最近一時的に戻ったろう」
「え?あれは……」
「男性は陰陽の陽。そして男根は、陽物なんて呼ばれ方をするくらい、陽の象徴だ。男と性交をして、そこから陽気を直接注がれる、つまり精液を中出しされることで、陰に偏っていた気が強制的に整ったって感じかね」
五十鈴の説明に、冬耶はぽかんと口をあけた。
信じ難いが、辻褄が合うのだ。
これまで二度ほど男性に戻ったが、それのどちらとも、性器と口との違いはあるとしても、精液を体内に取り込んだ時だった。
「(いや、待って、それはつまり、)」
国広の「秘策」は正しく男性に戻るのを防ぐための最善策だったというのか。
「(そんな……。何故だろう、ものすごく釈然としない……)」
国広が正しかった上に、冬耶は自発的に男に戻るようなことをしてしまったというわけで。
「……時を……戻したい……」
謎に二重のダメージを受けて、冬耶は机に突っ伏した。
「すみません。もっと早いうちに説明をしておくべきだったのかも知れませんが…」
晴十郎に謝られてしまって、慌てて顔を上げる。
悪いのは軽率な自分で、二人には感謝以外の気持ちはない。
「いえ、大丈夫です。二人とも、話していただいてありがとうございます」
恐らく、少し前の自分では、同じ話を聞いたとしても信じられなかったのではないか。
ここのところの頻繁な性別の変化を体験したからこそ、こんな非現実的な話を受け入れられるのだと思う。
「ま、ちょっと信じられないかもしれないが、これが私たちの推測さ。何か他に聞きたいことはあるかい?」
「じゃあその、今後男性と、その、そういうことをしなければ、このままの体で一生を終えるんでしょうか」
「んー、そうなる可能性が高い、といえなくはないけど、保証はないね。例えば今後、生きがいみたいなものを見つけて熱心に取り組めば、陽の気が高まって男に戻るかもしれないし」
「なるほど。ちなみに、これ以上陰の方に傾くと、鬼……とかになっちゃう可能性は……」
御薙といる時に、性別が変化する時の兆候を感じたことがあった。
男に戻ってしまうかもしれないと焦ったが、確かあの時考えていたのはネガティブなことで、今の話と照らし合わせると、男に戻るトリガーにはなり得そうもない。
だとしたら、もしかして…と、鬼云々の話は五十鈴の冗談とは思いながらも不安な気持ちになったのだ。
恐る恐る訊ねる冬耶に、五十鈴は苦笑で応えた。
「今の時点で人間でいられるから、鬼にはならないかな。可能性として、あんたの体はまだ完全な女性じゃないから、それが完全に変化するってことかもしれない」
完全な女性ではない、というのは、月経がないことだろうか。
自分が出産する、とは、どんな感じなのか、ちょっと想像もできない。
「変化の時に随分と具合が悪くなるようだから、少し自分で制御できるようになった方がいい。人間の体は、もとよりそんなに形状が変化するようにはできていないから、負担は大きいはずだよ」
他に聞きたいことは?と聞かれたので、首を横に振ると、五十鈴はそのようにして話を締めた。
体が変化するときの不調はかなりつらいので、冬耶は素直に頷く。
ただ、何もしなくとも自分はしばらくこの不完全な女性のままなのではないかと思う。
今は、あまりポジティブなことは考えられそうにもない。
皮肉なものだ。
全て終わってから、完全に女性になれるかもしれないという話を聞くなんて。
だが、女性として御薙のそばにいることは何度も考えたけれど、やはり人生を通して真冬を演じ切れるとは思えなかった。
これでよかったのだ。
彼の言う通り、責任を取られるようなところまで話が進んでいたら、お互いにもっと辛い思いをしただろう。
これでよかったのだ、と、そう言い聞かせるように、冬耶は痛む胸を押さえた。
2
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
僕、天使に転生したようです!
神代天音
BL
トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。
天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる