いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
1 / 120

しおりを挟む

 ついに、夜が来てしまった……。

 高い窓から広がる紫紺の空を見ながら、鈴鹿すずか万里ばんりは暗澹たる気持ちを殺しきれず、ひっそりとため息をついた。
 眼下にはキラキラとビーズをぶちまけたようなネオンが瞬いていて、人々の欲望の渦に吸い込まれそうでゾクリと身震いする。

 金は、あるところにはあるのに、どうしてそれが俺の家じゃないんだろう。

 詮無いこととは知りつつも己の境遇に文句を垂れていると、スタッフが厨房のカウンターの前に集まり始めているのが目に入る。ミーティングが始まるのだ。
 万里はネガティブな思考を首一つ振ることで打ち払い、重い足取りでそちらへ向かった。


 『SILENT BLUE』。
 映画にでもありそうな名前のこの店は、オーナーである神導しんどう月華げっかの認めた人間しか利用することのできない会員制高級クラブである。
 キャストは全員男。客も概ね男。
 料金は、一般的な金銭感覚を持つ万里からすると理解できない額で、需要なんかあるのかと内心疑っていたが、客のいない時間というのがほとんどないくらいには人が来る。

 金は、あるところにはあるのに(以下省略)。

 驚愕することは多いが、スタッフはみんないい人達だ(オーナーを除く)。店長と副店長は少し近寄りがたいが、教育係についてくれた二人などはいい人すぎて、むしろこんな仕事をしていて海千山千の男どもに騙されたりしないのだろうかと、万里が不安になってしまうほどである。
 性的なサービスは禁止で、客もまたそうしたことを目当てにくるわけではないそうだが、業種としては風俗店であり、夜の仕事であることには変わりない。
 まさか、自分がこういった仕事に関わることになるとは、思ってもみなかった。

 万里、腹を括れ。
 もう何度となく思い浮かべた言葉を、もう一度己に言い聞かせる。
 何を思おうと、これからしばらくはここが自分の戦場なのだ。


 全員揃っていることを確認すると、店長が共有事項を話し始め、最後に万里に視線を向けた。
 店長は俳優にでもなれば『抱かれたい男』『結婚したい男』などのランキングで上位間違いなしの容姿をしている。道を歩けばふらふらと女性が寄ってきそうな色男だが、『SILENT BLUE』のような店で店長をやっているということは、女性に興味がないのか万里のようにワケアリか。
「今日から『バンビ』も指名表に載せる。接客している様子を見かけたら他のスタッフはフォローするように」
 『バンビ』は万里の源氏名だ。そういう店だとわかってはいるが、成人男性にこんな名前を付けてしまうセンスに少し引く。

『鈴鹿の『鹿』と名前の『ばんり』にかかってて、なかなかいいでしょ?』

 ……と、からかうように笑った男の顔が脳裏をちらついて思わず眉を顰めると、すかさず店長から「笑顔」と叱責が飛んだ。
 そういう自分はスタッフ相手にはにこりともしないだろうと、文句を言いそうになったがすんでのところでこらえる。
 万里は対お客様用の笑顔で、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。 ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。 秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。 戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。 ●八架 深都(はちか みと) 20歳、大学2年生 好奇心旺盛な性格 ●秋木 晴士(あきぎ せいじ) 26歳、小説家 重度の不眠症らしいが……? ※性的描写が含まれます 完結いたしました!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...