いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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 久世がラーメンを食べる姿は、思ったよりは違和感がなかった。
 観察する視線に気付いたのか、久世が視線を上げる。
「どうした。伸びるぞ」

「あんたがラーメンとか……あ、」

 言いかけて、うっかり砕けた口調が出てしまって焦って頭を下げた。
「っ…も、申し訳」
「いや、いい、お前の話しやすい方で」
 そう言われても、相手は年上だし流石に友達のように話すのはどうかと思う。
 ただ、『SILENT BLUE』で接客する時の態度では、この場所では不自然だという思いもあり。

「その……久世、さん、が、ラーメンが好きとか……少し意外な気がして」

 中間くらいでくらいで話せないかと試みた結果、大分噛んだ。
 からかわれるだろうかと相手を窺ったが、久世は目を細めただけで何も言わなかった。
 代わりに何かを懐かしむような目でチャーシューをちょいと指す。
「学生の頃は金がなくてな。よく小銭を掴んで近所の中華料理屋に行って、店長の親父に、すラーメンを頼んだもんだ」
「『すラーメン』?」
「麺と汁だけのやつだ」
 ラーメン屋に行くことはそれなりにあるが、『すラーメン』などお目にかかったことはない。「そんなメニューが」と驚くと、久世は苦笑しながら首を横に振った。
「ない。俺がいつも勝手に具はいらないから安くしてくれって頼んでたんだが、そこの親父は「仕方がねえなあ」なんて言いながら、大抵チャーシューをおまけしてくれたよ」
「いい人ですね」
「そんな商売をしてたからな。その店はつぶれちまったが」

 昔の話だ、と言う久世はいくつくらいなのだろう。
 おっさんというには若いし、青年というには世慣れすぎた感がある。
 そんな久世に貧乏な時期があったなんて、意外だ。
 今の自分の境遇を思うとシンパシーを感じてしまう。
 穏やかな声で大切そうに語られるの久世の過去は、何かとても価値のあるもののように感じられて、どうしたことか万里の胸は熱くなった。
 ……その時。

「何だ、頼んどいて腹一杯か?いらないなら俺が食うぞ」

「ああっ!」
 好きだからこそじっくり食べたいと残し気味にしていたチャーシューを二枚もさらわれて、思わず大きい声を出してしまった。
「ちょ、俺の、チャーシュー」
「俺のはタンメンだからチャーシューないんだよ。シェアしろ」
「チャーシューが食いたいならあんたもチャーシュー麺頼めばよかっただろ!」
 大分口調が乱れてしまっているが、目の前にあった肉が奪われるということはそれだけ大事件なのだ。
 代金を久世が払うのだとしても、自分の胃に納まる予定だった肉が奪われるということは(以下同文)。
「うん、美味いな」
 取り返す隙すら与えず、二枚ともペロリと平らげ満足そうにしている男を前に、万里はギリギリと箸を握りしめた。
「(この男は……っ)」

 やはり、久世は敵だ。

 シンパシーなど感じてしまった自分が愚かだった。
 これ以上奪われてなるものかと、万里は餃子の皿を庇うように、ぐっと手前に引きよせた。

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