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 久世とはラーメンを食べ終えるとその場で別れた。
 予想はしていたがラーメン代を払わせてはもらえず、うっかり肉のことでヒートアップしてしまったことを謝ると、「いいって言っただろ」と笑われた。

 別れ際、何となくもう少し話をしたいとか思ってしまったのは、親しい人と会えなくなっていて人恋しいせいだし、ぽんぽんと頭を撫でられて顔が赤くなったのは、子供扱いされて頭に血がのぼったからだと思いたい。

 そういえば、久世はどうしてあんなところにいたのだろうか。
 万里の地元は所謂問屋街の近くにあり、華やかそうな久世の生活(勝手なイメージ)とは結び付かない。
 仕事だろうか。
 ……久世のことは、なにも知らない。




 翌日、次に久世が店に来たらどんな顔をしていたらいいのか、そわついた気持ちのまま早めに出勤した。
 早めの出勤はもちろん勤勉な心掛けからではなく、賄いが目当てだ。
「おはようございます。鹿島さん、なんか食べるものありますか?」
「ああ、鈴鹿、おはよう。何が食べたいんだ?」
 まっすぐにいい匂いをさせている厨房に足を向けると、ウィングカラーのコックコートの男が菜箸を片手に振り返った。
 ツーブロックのベリーショートに人のよさそうな垂れ気味の目元。
 『SILENT BLUE』の厨房はこの鹿島一輝という男が一人で仕切っている。
 経歴はわからないが料理の腕は確かで、料理を目当てにやって来る客もいるという。(席料だけでも高額だというのに……)
 細身でキラキラしいスタッフばかりの『SILENT BLUE』において、鹿島は比較的逞しい兄貴系で、ノリも『親戚の兄ちゃん』風なので、万里にとっては親しみやすい相手だ。

「なんか、米。ガッツリしたもの」
「鈴鹿は健啖だな。少し待ってろ」
 鼻歌まじりに冷蔵庫を物色する背中を見るともなしに見ていると、「おはよう、早いね」と声をかけられて、そちらを見た。

「どう?お客様と話すのは大分慣れた?」

「チーフ……おはようございます」
 セミロングほどの長さのストレートヘアを後ろに束ね、怜俐な美貌に柔らかい微笑を絶やさない、万里のもう一人の教育係だったチーフの伊達唯純だ。
 チーフというのは『SILENT BLUE』では店長、副店長に次ぐ役職なので、本来なら一番店に出ていそうなのだが、営業時間中に彼がフロアにいることはかなり少ない。
 それには少し意外な理由があった。

 賄いはバックヤードで食べてもいいが、厨房の脇にも従業員用のカウンター席がある。
 そこに座るように促され、伊達と並んで座った。
「まだあたふたすることの方が多いですけど、少しだけ慣れました」
「よかった。指名も入ってるみたいだし、安心した」
 にっこりと微笑まれると、妙な罪悪感がある。
 久世とはちっともちゃんとやれていない。
 
「あの……久世様ってどういう方なんですか?」

 思わず聞くと、調理の合間に伊達に紅茶を持ってきた鹿島が口を開いた。
「昴サンはいい人だよな。何出しても喜んで食べてくれる」
 いい人……いい人……?
 いい人な久世は万里の知っている久世ではない、と思う。
 まったく共感できず、今度は伊達を見た。

「それはお客様との関わりの中で、万里が考えていくことじゃないかな」

「俺が……?」
「彼が一輝に見せている顔と、万里に見せている顔は違うと思う。相手によって接し方を使い分けることが、自分を偽ることや相手を騙すことだとは僕は思わない。相手が自分に見せている、見せたがっている部分を肯定することが、『SILENT BLUE』の役割だと思ってるよ」
 自分が見たい相手の姿を追いかけてはいけないと括り、伊達はティーカップに口をつける。

 伊達は綺麗で優しいが、厳しい。
 そして難しい。
「鈴鹿、わかったか?」
「わかっ……たようなわからないような」
 鹿島もわからなかったようなので万里は少しだけほっとした。
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