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しおりを挟む翌日万里は、出勤して鹿島の賄いに舌鼓を打った後、いつものように望月と一緒に出勤してきた桃悟を捕まえた。
「店長、少しお時間いただいていいですか」
「どうした」
万里の真剣さが伝わったのだろうか。桃悟は秀麗な相貌にごく僅かに驚きを滲ませた。
「オーナーと話がしたいです。時間を取ってもらうにはどうしたらいいですか?」
一日考えた末、まずやるべきなのは神導と話をすることなのではないかという結論に至った。
連絡が取れないとかいうのならばともかく、かなり頻繁に勤務先に出没しているのだから、まずはそこからだろうと。
今まで、上手くタイミングが合わないからと避けていたのは、どこかに自分にとって都合の悪い情報を聞きたくないという気持ちがあったからだ。
もちろん、神導が話すことが真実とは限らないが、自分の身の振り方の判断材料にはなるだろう。
初対面の時にはわからなかったが、そもそもあの神導が、人の行方一つ探せないというのはおかしい。
『SILENT BLUE』には優秀な人が沢山いて、客もまた社会的成功者や高い能力を持つ人たちばかりなのだ。
父が自分の判断で隠れているのならその計画には穴しかなさそうなのでとっくに発見できていそうだし、何か事件に巻き込まれているにしても何者がやったことなのかくらいは簡単にわかるのではないか。
全てわかっているが何か事情があって万里に何も知らせずにいるのか、万里に知られるとまずいことがあって『SILENT BLUE』で飼い殺しにしているのか。
善意にしても悪意にしても、利用されるのは、そもそも借金をした父が悪いので仕方のないことだとは思う。
ただ、どういうつもりなのかは知っておきたかった。そして、できれば父の安否を。
「長くなりそうな話か?」
「たぶん……そんなには」
「少し待て」
桃悟は万里から少し距離を取ると電話をかけ始めた。
相手は神導なのだろうか。桃悟は客と望月以外には対応が一律なので、わかりにくい。
退屈する間もなく、桃悟は短いやり取りだけで電話を切ると、すぐに万里の方に戻ってきた。
「今日は閉店時間くらいに店に寄るそうだ。話はその時に聞くと」
「あ……ありがとうございます!」
あっさりとアポイントが取れて、驚きながらも店長には感謝感激する。
深く下げた頭を上げると、桃悟は不思議そうな目で万里を見下ろしていた。
「別にそんなに改まらなくても、月華はスタッフの声を無視したりはしないだろう」
今の万里にはそれを肯定することも否定することもできない。
以前、伊達が『自分が見たい相手の姿を追いかけてはいけない』と言っていたのを思い出す。
それでは、神導が万里に見せようとしている姿というのは、どういうものなのだろうか。
代わりに、どうしても気になっていたことを聞く。
「あの…もうひとついいですか?例えばの話なんですけど、五億円の担保っていうと、どういうものですか?」
唐突な質問に、桃悟は意図を聞くことなく答えてくれた。
「質屋はわかるか?」
「え、あ、はい」
「質屋は客が金を返さなかった場合、預けられた品を売って金にする。そこで損が出るようでは商売にならない。担保もそれと同じで、契約が履行されなかった場合にその損失を埋めることができるものでなくてはあまり意味がない。つまり、少なくとも同程度の価値のものでなければ、担保にはならないということだ。大抵は不動産になるな」
当事者の関係性にもよるからケースバイケースだが、と結ばれた解答に、ほんとに例えばなんですけど、と万里は重ねた。
「人……は担保になりますかね……」
桃悟は「何を言っているのか」と笑うようなことはなかった。
代わりに出てきたのは恐ろしい話である。
「相手にとって同程度の価値があればなりうるだろうな。あとは、健康な人間であればバラして臓器を売ればそれなりの金になるかもしれないが」
それかーーーーー!
久世の言う『体』とは……そういう意味だったのだろうか。
男女問わず不自由していなさそうな久世が実は万里のことを……、というよりは信憑性があるような気がして嫌な汗が出る。
「金に困っているのか?五億くらいであれば、死ぬ気で返す覚悟があるのならば都合してやれなくもないが……」
店長にはいつも怒られてばかりなので、そんな風に気にかけてもらえるとは思ってもみなかった、が、今の話を聞いた後では、どうにも頼りたい気持ちになれない。
失うものの方が大きそうな取り引きである。
「お、お気持ちだけ…。ありがとうございます…」
神導と話をする前に、無駄な不安を植え付けられた万里であった。
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