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しおりを挟む「それで?話っていうのは?」
約束通り閉店間際にやってきた神導は、万里を店の奥にあるVIPルームへと誘った。
入るのは初めてだ。普段接客をしているフロアよりも更に落とされた照明が、広いスペースに置かれた応接セットを演出する贅沢な空間だった。
すぐ済むと言ったからだろう、立ったまま話を始める。
「父のこと、オーナーはご存知なんじゃないですか?何か進展があったのなら教えてもらえたらと思って。……あと、家や会社のことで、俺にもっとできることがあれば、何でもやります」
神導に頭脳や口で勝てるとは思えないので、考えていることをそのまま伝える以外になかった。
万里の真剣な表情に、神導はしばし思案してから。
「『SILENT BLUE』はどう?いいお店でしょ」
「オーナー」
はぐらかすなと迫ったが、逆に相手の方がぐっと迫ってきた。
「答えて。今君の質問に答えるのに必要なことだから」
「…………………っ」
アップになっても無駄に綺麗な顔は、真剣な表情になると迫力がありすぎて息を呑んだ。
必要だというのなら、意地を張る必要もない。
「……みんないい人過ぎて……居心地がよくて、」
このままここで、全てを忘れて楽しく過ごしていけそうで恐ろしい。
他のスタッフも、客も、今まで万里が会ったことのないような人ばかりで、何だかんだと働くことが楽しくなってきてしまっていた。
素直にそう告げると、神導はふっと表情を和らげる。
初めて見る、優しい顔だった。
「僕は、万里と初めて会ったときに言ったね。忘れて生きていきたければ、そうしていいって。君は怒ったけど、僕はその選択を無責任だとか薄情だとか思わない。親の負の遺産を子供が背負う必要はないからね」
「……それでも俺は、やっぱり嫌です。俺が父の会社の従業員だったら、一番近くにいたんだから、息子もちょっとは頑張れって思います」
父の行動に違和感を感じていたのに、見過ごしてしまっていた。
父は色々と駄目な人ではあるが、素直なところもある。叱る人間がいれば少しは事態が違ったかもしれない。
そう考えると、自分に責任がないとは万里には思えなかった。
「それが君なりの筋の通し方ってわけだ」
頷く。神導もわかったと頷いた。
「なら、一つ目に答えるね。君のお父さんはちゃんと無事でいるし、僕は、居場所を知ってる」
やはり。
無事でいるとの一言に、万里は少なからずほっとした。
「ただし今はまだ会わせられない。なんか怪しい言い回しになるけど、悪いようにはしないよ」
確かに神導が言うと怪しいことこの上ない。
今日の万里には、その冗談を少し面白いと思う余裕があった。
「二つ目は、僕は既に示してると思うけど、まだわからない?」
言われて、必死に考えてみたが、わからない。
「……すみません」
やれやれとため息をつかれても、腹が立つよりも不甲斐なさの方が堪える。
「今、君を取り巻く環境が悪くないってわかったんでしょ?信頼できる人間とのコネクション作りと、自己啓発。それこそ必要不可欠且つ事態好転への近道じゃないの」
それは、この店で勤務を始めて以来、否応なしにやってきたことではある。
では、神導は利息の徴収などではなく、最初から万里に己の力で道を切り開けと示してくれていたというのか。
急にすっと視界が明るくなったような気がして。
戸惑いながら視線を上げると、神導は先程と同じ、出来の悪い生徒を諭すような、だが温かさを感じる表情でこちらを見ていた。
「まあ、コネクションを自分の力と考えるかどうかは君次第だけどね。ただ、どれだけ個人の能力が高くても、たった一人の力で出来ることっていうのは多くはないと思うよ」
「協力、してもらえるでしょうか」
「相手はちゃんと選ぶんだよ?美味しいものをくれるからって変なおじさんに不用意についていかないように」
「……………………」
どこかで聞いたようなことを言われて、自分はそんなに意地汚い子供のように見えているのだろうかと、万里は怒るより先に不安になった。
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