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しおりを挟むそれから数日後。
出勤すると、また久世がスタッフ用のカウンターに座っていた。
万里の姿を認めると、ふっと口元を綻ばせ、片手を上げる。
「よう、バンビちゃん」
今の久世は客なのかそうではないのか。
何と挨拶をするべきか悩み、ぼそぼそと「こんにちは」を言った。
当然のように隣を示されて、やはりそうなるのかと諦めの境地でスツールに腰掛ける。
「なんか……、あんた、もしかして暇人?」
「バレたか」
よく会うなと皮肉ったが、久世はぺろりと舌を出して、怒った様子も見せない。
やり取りを聞いた鹿島が苦笑する。
「なわけないでしょう。聞きましたよ、某地銀との悪巧み」
「人聞きの悪い。悪巧みはないだろ。俺は世界全体にとって利益になることしかしない」
「昴サン視点で」
「まあ、俺視点で」
「これだからな…。ああ鈴鹿、今日は鉄火丼でどうだ?いいマグロを分けてもらえたんだ」
何の話をしているのかわからないがわからないなりに理解しようと懸命にヒアリングしていた万里は、不穏な単語に「(悪巧みだと?)」とひっかかったものの、全ては差し出されたマグロの切り身にさらわれた。
「すごい。美味そう」
「目がキラキラしてるな」
「望月サンの次に食わせ甲斐のあるいいスタッフです」
「おはようございます……あれ、お邪魔でしたか?」
鹿島に「よろしくお願いします」と頼んでいると、ひょいと桜峰が顔をのぞかせた。
恩人の謎の遠慮に慌てて首を振る。
「お邪魔なわけないです!」
「そうなの?なんだかとても楽しそうだったから、うっかり声かけちゃってよくなかったかなって」
「そう見えたか?なら嬉しいんだが、このバンビちゃんときたら、会うたびに口説いてるんだがつれなくてな」
久世が意味不明なことを言い出し、万里は大層慌てた。
「は、はあ!?何言ってんだあんた」
口説かれた覚えはない。……たぶん。
体を担保にという話は、臓器だったオチの可能性が濃厚だ。
あわあわする万里をよそに、鹿島がカウンターから桜峰に声をかける。
「最近珍しいな、桜峰がこんなに早いの」
「はい…今日は俺の係の人が寄り合いでいないので。ここに来れば誰かに構ってもらえるかなと」
「寄り合い」
『係の人』とやらは組合の役員でもやっているのだろうか?
「でも早く来たらいいものが見られた。鈴鹿にこんなに仲のいいお客様ができるなんて」
話がそれてよかったと思っていたのに、また戻ってしまった。
おっとりと微笑まし気に見られても喜べるわけもない。
「違います」
「おい酷いな」
「久世様は優しい方なので、心配はしていませんでしたけど」
にこにこする桜峰に、何故か久世は胸を張って応える。
「ああ、もちろんだ。初日にちゃんと言ったもんな。「『優しくしてください』って言ったら優しくしてやる」って」
それのどこが優しいのかわからないのだが。
流石にツッコミを入れてくれるだろうと期待していたのに、桜峰は、「あ」と何かに気付いたように手を打った。
「『優しくしてほしい』って不用意に男の人に言ったらいけないんですよね?逆効果だって俺の係の人が言ってました」
・・・・・・・・・。
コメントに困る発言に、何となく全員で黙る。
「…………………苦労するな。お前の係の奴」
いつも久世の発言には反発する万里も、これには素直に同意した。
鹿島も苦笑交じりに頷いている。
「えっ、俺、やっぱり竜次郎に苦労をかけてるんでしょうか……。ど、どうしたら苦労をかけずに済みますか?」
焦る桜峰は、本気の本気で言っているようだ。
「桜峰さんって……深窓の令嬢とかなんですか?」
「ふ、普通の成人男性だけど……?」
申し訳ないがちょっと普通には見えない。
この人は一体どんな人生を歩んできたのだろう。
万里は悪いと思いつつも、笑ってしまった。
神導と話をして以降、少しだけ肩の力が抜けて、目の前のことに集中しようという気持ちになっていた。
いつまで続くのかわからないが、この時間を素直に楽しいと思う。
久世とも、何となくうまく話せている、気がする。
久世が、悪意だったらお手上げだが、もしも善意で万里に近付いてきているとしたら、やはり金を借りるのは嫌だった。
……ただ、少し親しい知り合いとして、これから先助言をもらいたい。
そういうコネクションになってもらえたらいいなと、万里はこっそり願っていた。
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