いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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「よう、久しぶり」

 ご機嫌な大声。店員を呼ぶ声。またそれに応える声。
 がやがやと騒がしい店内で、案内された席に座る見知った顔に挨拶をすると、「万里、お前!」と全員が嬉しそうに迎えてくれた。

 店休日の今日は、大学の友人達との久しぶりの飲み会だ。
 『たまには顔見せろよ』と連絡をもらい、ようやく「行ってもいいかな」という気持ちになれた万里は、指定された居酒屋にやってきた。
 生活が変わってたった二か月だが、もう既に『懐かしい』という感覚である。

「急に休学とかいうから驚いただろ。ろくに連絡もよこさないし」
「悪い、家の方が色々立て込んでて」
 空けてもらった場所に座りつつ、何飲む?と差し出されたメニューの中から『コーラハイボール』を頼むことにした。
 相変わらず強くはないが、乾杯くらいはアルコールでしたい。
 オーダーを取りに来た店員に「よろしくお願いします」と微笑むと、友人達は微妙な表情で顔を見合わせる。
「?俺、変なことしてた?」
「いや、なんか……お前変わった?」
「……小ギレイになった?」
「なんだそれ。前は汚かったみたいな言い方やめろよ」
「いやー……そうじゃなくて。来た時なんかいい匂いしたし」

 何となく、友人達の言いたいことがわかった。
 万里が美容にかける時間は以前とは比べ物にならないくらい増えている。
 というか、以前は『人に不快感を与えなければいい程度』の最低限のケアしかしていなかった。
 今は、髪が伸びてきていると店長に判定されれば、ビル内にある神導の息のかかったヘアサロンで整えてもらい、スキンケアはサボると高確率でバレるので、朝夕欠かせない。
 『バンビ』専用に調香されたフレグランス、最高級の美容液、有名人が通っていそうなエステサロン。
 女性のように己を磨くことには最初は抵抗があったし、何より面倒で嫌だったが、今はできる限り綺麗でいたいと思うようになっていた。
 少しでも、客の払う対価に見合うキャストでいること。
 万里は他のキャストに比べてあまりにも接客スキルも内面も未熟なので、せめて外見くらいは……、と思って頑張っているのである。

「あー……ちょっと、今世話になってる人が身なりにうるさい人でさ」
 とはいえ、それらを全部話すわけにはいかないので、何となく濁すと、「マジか、大変だな」と驚かれた。
 神導も桃悟もチェックが厳しいので、大変なのは本当のことではある。
「みんなは変わりない?」
「変わりはないけど…聞いてくれよ万里~!」
 その後は酔っぱらいに、大学生活での愚痴を聞かされた。




 この後カラオケでも行くか?という誘いに首を振り、万里は戻る前に実家へと足を運んでいた。

 なんだか、とても疲れている。
 久しぶりに友人達に会えて嬉しかったはずなのに。
 楽しいはずの友人達との会話は、どこか幼稚で退屈に感じた。
 親に金を出してもらい、自分で選んで入った大学への文句。
 大して面白くもない日常への鬱憤。
 そういうことが自分にとっても当たり前だったはずだが、文句があれば自分で何とかすればいいと今は思ってしまう。
 何かを変えたり、人の心を動かすような力は今の万里にはないけれど、それは磨いていけば備わるものだと知ってしまったから。
 『SILENT BLUE』の先輩たちのようになれなくても、せめて頑張っている自分でいたい。

 ただ、彼らのような日常が自分の日常ではなくなってしまったことは、少しだけ寂しかった。

 鍵を開け、玄関でスイッチを入れると、電気はまだ止められていないようだ。
 人が住んでいないせいで何となく埃っぽい廊下を歩き、二階にある自分の部屋で服を少し物色した。
 生活費はあるので都度買い足してもいいのだが、あるものは有効活用するべきだ。
 これから先、どんな状況になるのかは全くわからないのだから。

 施錠していると、コツコツという足音が聞こえ、背後で止まった。
 振り返ると門の外に人が立ち止まっていて、暗くてよく見えないが、万里の父くらいの年齢のスーツ姿の男性である。

「君は……もしかして……万里君?」

 どうやら、相手はこちらを知っているようだ。
 もしかしたら会社の関係者かも知れないと、万里は急いで門の方へ向かった。
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