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しおりを挟む「あなたは……?」
近付いていくと、見覚えがあるようなないような、眼鏡をかけた真面目そうな顔が、うすぼんやりと街灯に照らし出されている。
門を開けて相対すると、男はじわりと口許を緩めた。
「よかった、まさか会えるなんて。ああ……一度会っただけだから覚えていないかな?専務をしていた大竹です」
そんな重職の人の顔が分からないとは。
万里のこの状態からして、いかに父が会社のことに関心がなかったかが伝わってくるような気がした。
そもそも、父の口から会社の話が出たことはほぼなかった。
申し訳なさに何と言えばいいのか言葉を探していると、大竹は家の中や周囲の様子を注意深く窺っている。
「お父さんが戻ってきたわけではないんだね」
「すみません。父の居場所は俺もわからなくて……」
家族なのに…と思うが、神導からは聞けなかったので、こう言うしかない。
予想していたのか、一つ頷いた大竹は、
「万里君は今どうしているんだ?よかったら、うちに来ないか」
困っていると思ったのだろう、こんな風に言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、母方の知り合いのところにお世話になっているので大丈夫です」
気持ちはありがたいが、今『SILENT BLUE』を離れるわけにはいかない。
少なくとも、神導は父の居所を知っているのだ。
それに、ただでさえ父のせいで迷惑をかけている相手に、万里までもが世話になるわけにはいかないだろう。
断ると、大竹は残念そうな顔をした。
「そうか……なら、よかった。お父さんが見つかった時に連絡したいから、万里君の番号を教えてくれるかな」
「あ……すみません。世話になっている人にスマホを持たせてもらっているんですけど、今日は忘れてしまって」
このとき万里は何故か、咄嗟に嘘をついていた。
この人は本当に信頼できるのか、という疑念が、脳裏を過ったからだ。
大竹は父のせいで被害を被った人であり、万里は謝罪をしなければならない立場だというのに、失礼だろうと自分でも思う。
終電を気にしなければならないような時間に出会ってしまったせいで、申し訳ないが薄気味悪く感じてしまったのかもしれない。
「…………では、お父さんから連絡があったらこの番号に連絡してくれ」
大竹が数字を書きつけたメモを「その時は必ず」と頷きながら受け取る。
「その……、大竹さん、この度は父がご迷惑をおかけして……」
「いや、止められなかった僕も悪かった。お父さんのことじゃなくても、困ったことがあればいつでも連絡してくれていいから」
「ありがとうございます」
落ち着いた、大人の人だ。
スマホを忘れたと嘘をついたことを申し訳なく思ったが、今更である。
「帰りは電車かな?駅まで送ろうか」
「あ……でも駅まですぐなので、歩いていきます」
これ以上気を遣わせては申し訳ないと、別れを告げて歩き出した。
明るくて広い通りに出るとタクシーが止まっているのが見えて、少し自分を甘やかすことにした。
電車を使うのはやめて、タクシーに乗り込んで目的地を告げる。
車が滑り出すと、やけに手が冷たくなっていることに気が付いた。
……緊張していたのだろうか。
現状、大竹に父の居場所を示すことすらできないので、罪悪感かもしれない。
それでも今はできることをやるしかないと決意し直し、ボディバッグからスマホを取り出すと久世からメッセージが来ていて、何故かほっとしてしまった自分に眉を寄せた。
……………………それは一体何の安堵なんだ万里。
もちろん深い意味はなく、これが今の日常だからだ……と思う。
このメッセージが桜峰や店長の桃悟でも『ほっ』と……、
……桃悟からだったら、戦慄しただろう。内容は十中八九お説教だ。
一応、久世でよかった。一応。
『明日の昼に時間が取れそうだから先日の埋め合わせはどうか』という打診だったので、行きたい旨の返信をしておいた。
少し考え、わくわくしているような小鹿のイラストのスタンプを送信する。
久世はこれを見てどんな顔をするだろうか。
何かつっこまれたら、「営業メールなので」と言ってやろうと、万里はこっそり口角を上げた。
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