いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

文字の大きさ
26 / 120

26

しおりを挟む

「あなたは……?」
 近付いていくと、見覚えがあるようなないような、眼鏡をかけた真面目そうな顔が、うすぼんやりと街灯に照らし出されている。
 門を開けて相対すると、男はじわりと口許を緩めた。

「よかった、まさか会えるなんて。ああ……一度会っただけだから覚えていないかな?専務をしていた大竹です」

 そんな重職の人の顔が分からないとは。
 万里のこの状態からして、いかに父が会社のことに関心がなかったかが伝わってくるような気がした。
 そもそも、父の口から会社の話が出たことはほぼなかった。
 申し訳なさに何と言えばいいのか言葉を探していると、大竹は家の中や周囲の様子を注意深く窺っている。
「お父さんが戻ってきたわけではないんだね」
「すみません。父の居場所は俺もわからなくて……」
 家族なのに…と思うが、神導からは聞けなかったので、こう言うしかない。
 予想していたのか、一つ頷いた大竹は、

「万里君は今どうしているんだ?よかったら、うちに来ないか」

 困っていると思ったのだろう、こんな風に言ってくれた。
「ありがとうございます。でも、母方の知り合いのところにお世話になっているので大丈夫です」
 気持ちはありがたいが、今『SILENT BLUE』を離れるわけにはいかない。
 少なくとも、神導は父の居所を知っているのだ。
 それに、ただでさえ父のせいで迷惑をかけている相手に、万里までもが世話になるわけにはいかないだろう。

 断ると、大竹は残念そうな顔をした。
「そうか……なら、よかった。お父さんが見つかった時に連絡したいから、万里君の番号を教えてくれるかな」
「あ……すみません。世話になっている人にスマホを持たせてもらっているんですけど、今日は忘れてしまって」

 このとき万里は何故か、咄嗟に嘘をついていた。
 この人は本当に信頼できるのか、という疑念が、脳裏を過ったからだ。
 大竹は父のせいで被害を被った人であり、万里は謝罪をしなければならない立場だというのに、失礼だろうと自分でも思う。
 終電を気にしなければならないような時間に出会ってしまったせいで、申し訳ないが薄気味悪く感じてしまったのかもしれない。

「…………では、お父さんから連絡があったらこの番号に連絡してくれ」
 大竹が数字を書きつけたメモを「その時は必ず」と頷きながら受け取る。
「その……、大竹さん、この度は父がご迷惑をおかけして……」
「いや、止められなかった僕も悪かった。お父さんのことじゃなくても、困ったことがあればいつでも連絡してくれていいから」
「ありがとうございます」
 落ち着いた、大人の人だ。
 スマホを忘れたと嘘をついたことを申し訳なく思ったが、今更である。
「帰りは電車かな?駅まで送ろうか」
「あ……でも駅まですぐなので、歩いていきます」
 これ以上気を遣わせては申し訳ないと、別れを告げて歩き出した。

 明るくて広い通りに出るとタクシーが止まっているのが見えて、少し自分を甘やかすことにした。
 電車を使うのはやめて、タクシーに乗り込んで目的地を告げる。
 車が滑り出すと、やけに手が冷たくなっていることに気が付いた。
 ……緊張していたのだろうか。
 現状、大竹に父の居場所を示すことすらできないので、罪悪感かもしれない。

 それでも今はできることをやるしかないと決意し直し、ボディバッグからスマホを取り出すと久世からメッセージが来ていて、何故かほっとしてしまった自分に眉を寄せた。

 ……………………それは一体何の安堵なんだ万里。
 もちろん深い意味はなく、これが今の日常だからだ……と思う。
 このメッセージが桜峰や店長の桃悟でも『ほっ』と……、
 ……桃悟からだったら、戦慄しただろう。内容は十中八九お説教だ。
 一応、久世でよかった。一応。

 『明日の昼に時間が取れそうだから先日の埋め合わせはどうか』という打診だったので、行きたい旨の返信をしておいた。
 少し考え、わくわくしているような小鹿のイラストのスタンプを送信する。
 久世はこれを見てどんな顔をするだろうか。
 何かつっこまれたら、「営業メールなので」と言ってやろうと、万里はこっそり口角を上げた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

人気作家は売り専男子を抱き枕として独占したい

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
BL
八架 深都は好奇心から売り専のバイトをしている大学生。 ある日、不眠症の小説家・秋木 晴士から指名が入る。 秋木の家で深都はもこもこの部屋着を着せられて、抱きもせず添い寝させられる。 戸惑った深都だったが、秋木は気に入ったと何度も指名してくるようになって……。 ●八架 深都(はちか みと) 20歳、大学2年生 好奇心旺盛な性格 ●秋木 晴士(あきぎ せいじ) 26歳、小説家 重度の不眠症らしいが……? ※性的描写が含まれます 完結いたしました!

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?

cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき) ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。 「そうだ、バイトをしよう!」 一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。 教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった! なんで元カレがここにいるんだよ! 俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。 「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」 「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」 なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ! もう一度期待したら、また傷つく? あの時、俺たちが別れた本当の理由は──? 「そろそろ我慢の限界かも」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...