いじわる社長の愛玩バンビ

イワキヒロチカ

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 見間違いかもしれないと目を擦ってみても、残念ながら目の前の光景は変わらない。
 指名客の可能性も考えたが、『SILENT BLUE』にあのような『見たままヤクザ』という容姿の人物が出入りしているのを見たことはなかった。
 通報か、いやこのままではあの車で連れ去られるかもしれない、と慌てていると、こちらに気付いた桜峰が手を振る。

「鈴鹿、お疲れ様ー」

 のんびりした声には、逼迫した様子は感じられない。
 恐る恐る、万里は距離を保ったまま問いかけた。
「さ、桜峰さん?だ、大丈夫ですか?」
「何が?」
「……………………」
 万里が想定したような事態ではないのだろうか。
 仮にあのヤクザ(仮)が桜峰の知り合いだとしたら、挨拶だけして通り過ぎればよかったのかもしれないが、何となく、それができない間合いになってしまっている。
 それに桜峰は他人の悪意に疎そうなので、自覚がないだけで本当に絡まれている可能性もゼロではない。
 だとしたら、連れて逃げなくてはならなかった。
 真偽を確かめるべく、万里は桜峰のいる方向に重い足を進めた。

「……なんだこのガキ」

 近付いてみても、危険性は緩和しなかった。
 香水の匂い。ピカピカの革靴。何故か切られているメンチ。
 先程、野木を初めて見た時にも怖い人かもしれないと思ったが、こちらは可能性の話ではなく、確実にヤクザだ。
 背筋を凍らせた万里に対し、桜峰はやはりのんびりと答えている。
「後輩の鈴鹿だよ」
「…………男か」
 そして何故性別を確認されているのかがわからない。
「うーん……鈴鹿ってかわいい顔だけど女性には見えなくない?」
 桜峰の答えも、どこかずれている。

 謎の空気に耐えかねた万里は、清水の舞台から飛び降りるような覚悟で訊ねた。
「あ、あああああああの……っ、桜峰さん、こ、この方は……?」
「うん?俺の係の人の松平竜次郎だよ」
 あっさりと告げられた言葉に、目を瞠る。

 そんな、まさか、この……反社感ムンムンのお方が、例の『係の人』……?

「何だよ湊、係の人って」
「えーと……俺のことを一番わかってくれてる人ってことかな?」
「喜ぶべきか、他に言い方ねえのかと打診するべきか……」
 ぼやいて頭を掻く姿には、今すぐに乱暴狼藉を働きそうな気配はない。
 恐らく……ではあるが、正しく知り合いのようだ。
 桜峰の交友関係は謎である。

「じゃあ竜次郎、またあとでね」
 桜峰が唐突に切り出し、松平は不満そうに眉を寄せた。
「そいつが来たら俺は用済みか」
「つきあってくれて嬉しいけど……竜次郎、実は時間押してるでしょ」
「……………わかったよ。あとでな」
「一緒に来てくれてありがとう」
 にっこり笑った桜峰に片手を上げ、男はセダンの後部座席に乗り込んだ。
 車はすぐに滑り出す。
 それを見送らずに、桜峰は踵を返した。
「鈴鹿、行こう」
「えっ……あ、はい……」
 いいのかな、と走っていく車と桜峰を見比べながら後に続く。

 ロビーを抜けると、隣を歩く桜峰が、ちらりと万里をのぞき込んできた。
「……何かあった?」
「え?」
「顔色、あんまりよくないよ?」

 驚いて、心配そうな顔を見つめ返す。
 のんびりしているようで、聡い人だ。
 恐らく、万里の姿が見えた時にすぐに気付いて、それで気を引くように声をかけてくれたのだろう。
 『係の人』のことでひとしきり驚いたお陰で、帰りの道中よりは混乱は収まっている。
「ちょっと色々あって……。桜峰さんは、この後すぐに職場に行きますか?」
「うん。でも別に早くに行かなくちゃいけない用があったわけじゃないから。よかったら、一緒にいようか?」

 話を聞く、ではなく、一緒にいると言ってくれるこの人は、万里が言葉にできない気持ちが見えているのではないだろうか。
 客が桜峰を指名する気持ちがよくわかる。
 この人の傍にいると、何故かほっとするのだ。
 万里はもう見栄は張らず、お願いしますと頭を下げた。
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