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しおりを挟む職場に行ってしまってもよかったが、まだ少し時間も早いので部屋に来てもらうことにした。
今万里が住んでいるのは、もとはといえば桜峰が住んでいた部屋だ。
万里が『SILENT BLUE』に来たのが、ちょうど桜峰が部屋を出たタイミングだったらしい。後日万里が住んでいることを知ると喜んでくれて、下にあるスーパーのおすすめの総菜やアイスなどを教えてもらった。
そんな気さくな桜峰がいなければ、『SILENT BLUE』に慣れるのに、更に時間がかかっていただろう。
汚部屋ではないと思うが、熱心に掃除をしているわけではないので少々気後れしつつ招き入れると、一歩入った桜峰は驚きの声を上げた。
「わ、内装全然替えたんだ。流石オーナー」
「え……桜峰さんが住んでいた時と違うんですか?」
「俺が住んでた時はもっと……ゴシック?っぽい感じだったよ」
……それがどんな雰囲気なのかは、ふんわりとしかイメージできないが、そのままだったとしたら、今よりも更に落ち着かなかっただろう。
別に万里のために替えたのではないだろうが、近代的な内装になっていてよかった。
リビングへと通し、自分も座る前にやるべきことを思いついた。
「飲み物……は……………お茶、くらいしかないですけど、いいですか?」
「お構いなく」
お茶といっても茶葉から煎れるわけではなく、かろうじて一本買い置きがあったペットボトルだ。
来客用に茶葉を買っておいても、自分では煎れて飲まない上に、間違いなく美味しく煎れられない自信がある。
まずいものを出すよりは、既製品の味の方がいいだろう、と自分を納得させて、グラスに注いで持って行った。
「竜次郎はね、高校の時の同級生なんだ」
万里が何か話さなければ、と思うよりも先に、桜峰が話し始める。
気遣いを有難く思いつつも、その衝撃の内容に目を瞠った。
「同……」
ちょっと……同じ年には見えなかった。
あれだろうか。万里の出身校にはいなかったが、ヤンキー漫画などによくある、何年も留年している不良の先輩のような……。
「竜次郎の実家は松平組っていう博徒系の任侠一家なんだけど、地元の高校だったからみんな知ってて、怖がってる人はすごく多かったよ」
そしてやはり本職の方だったらしい。
こうして説明をしてくれたのは、万里が松平が何者かについて不安に思っていることを察してのことだろう。
桜峰の……恐らく大切な人に対して、本職の方だったとしても、何か違法行為を働いていたわけでもないのに怖がってしまった。
「俺……失礼な反応をしていました……よね」
申し訳なさに肩を落とした万里だが、桜峰は何故かくすくす笑う。
「鈴鹿、すごく驚いてたね。竜次郎は全然気にしてないと思うよ。ハッタリが大事な稼業だそうだから、望ましい反応だったんじゃないかな」
「は、はあ……」
桜峰は、鷹揚だ。
どんな風に生きていればこういう広い心が育まれるのだろうか。
「あの……ものすごく嫌な質問をしてもいいですか。不快に思ったら、怒ってくれていいんですけど」
おずおずと切り出すと、桜峰はどうぞと視線で促す。
「もしも、松平さんのお仕事の関係で、……間接的に、とかでも人が亡くなったとしたら、……桜峰さんは、どうしますか?」
きっと、彼の置かれている立場を考えれば、冗談にはならないことだと思う。
こんなことを聞いていいのかわからなかったが、桜峰ならば、今万里が抱えている悩みに対して、何か答えをくれるような気がした。
桜峰はしばし考えてから、
「うーん……まあきっと、そういうことは、あったかもしれないし、今後もあるかもしれないよね」
そう、軽い調子で返してくる。
「き、気にならない、ですか?」
「気にはなるし、止められそうなら、俺はきっと止めてしまうと思うけど。ただ……」
「ただ?」
「例えば竜次郎の場合だったら、きっとそのことに対して覚悟はあっても、喜んではいないと思うんだ。だからそれを知ったり告白されたりした時は、抱きしめて、俺だけはずっと味方でいるよって言うと思う」
万里は言葉を失った。
そんな考え方を、想像したこともない。
驚いている万里を見て、桜峰は儚げな笑みを見せた。
「俺は、たぶんすごく自分本位な人間なんだ。人が亡くなったことに対して気にしてるそぶりを見せることで、彼に『こんな汚れた稼業をしている自分は湊には相応しくない』なんて離れていかれたら困っちゃうから、気にしてないふりをする」
「…………………」
「鈴鹿は、許せないかな」
「わ……からないです。わからなくて……」
「もしその亡くなったのが自分の母親でも、そしてそれが許せなくても、俺は望まれる限り竜次郎のそばにいると思う」
「!」
恐ろしいことを言っていると思うのに、桜峰の横顔はとても綺麗だった。
この人にとっては、あの男と共に在ることだけが、真実なのだ。
「許せなくても、そばに……?」
「うん……やっぱり、俺は竜次郎以外の人じゃ駄目だから」
桜峰の言葉は、万里に深い衝撃を与えた。
想像したこともなかったが、これは万里の葛藤に対して、一つの答えではないだろうか。
嘘でもいいから久世に『人殺しなんてしていない』と言って欲しかったというのは、つまり信じたかったからだ。
……あれも見ても尚、信じたいと思うほどに、久世へと気持ちが傾いていたのか。
ただ、自分は、こんな風に吹っ切れるだろうか。
久世だけが全てだと……今は、まだ、
「俺は、そういうことを、許せないと鈴鹿もいいと思うよ」
まるで、万里の思考を読んだかのように、桜峰が言った。
「え……?」
「鈴鹿がまっすぐで、通すべき筋を通したい人間だって、俺は知ってるから。鈴鹿が悩んで出した答えを、俺は応援する」
桜峰は、もしもここで万里が彼のことを『人が死んでも構わないなんて、酷い奴だ』と詰っても、それを支持すると言っているのだ。
赦されていると同時に、きちんと考えて自分なりの答えを出せと言われている気がした。
万里は、己に問いかける。
お前にとって一番大切なことは、一体何なのかと。
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